7話 ハリルと小さな痴話喧嘩
ナルカ村でも朝日が昇り、森や湖に暖かな日差しを注ぎはじめている。
村を出発したハリルは、マリやソフィと一緒に街道を歩いていた。仲間の冒険者は昨日のうちに帰還したが、いちど死亡した彼は念のため村で一泊し、三人で帰ることになったのだ。
ミスロザウルを討伐した彼にとって、ミスリーへの帰途は晴れがましい
「聖女さま、もう少し機嫌よくされたら? ハリルが怯えてるでしょう」
ソフィがマリに話しかけるが、それは彼が首をすくめてしまいそうなほど険しい口調だ。
「騎士さまの雰囲気に、ハリルくんは怯えているんじゃありませんこと?」
「わたしが悪いのかしら?」
「そう言ってますの。聞こえなかった?」
二人はケンカ腰でにらみ合い、目線は火花を散らしている。
「言っとくけど、わたしは騎士を廃業したの。覚えておいて」
「あら、あら。そのわりに、聖女とやらにかしずく立派な騎士ぶりでしたけど? でも、相手を間違えてるなんて笑っちゃいますけどね」
「じゃあ、あなたは誰? 昨夜も他の世界から転生して来たって、自分で話してたでしょう」
ミスロザウル討伐が終わり、マリはソフィにすべてを打ち明けた。他の世界から転生して来たこと。元いた世界でプレイしていたゲームとこの世界がそっくりなこと。だからナルカ村もミスロザウルも知っていたこと……などなど。
それを聞いたソフィは「わかりました、聖女さま」と言っただけだった。
それがマリにはショックだったのだ。この世界でたった一人の友だちに突き放された。二人の間に溝ができてしまった。それが悔しくてどうしようもない。彼女はその怒りをソフィにぶつけ、それ以来、二人は衝突しているのだ。
口喧嘩はなおも続いた。
「前の世界でも、聖女さまって呼ばれていたのでしょう」
「それはMMORPGの話だって、何度言えばいいのよ!」
「なに? MMORPGって」
「3Dで作られた仮想現実で……ああ、もう! ソフィに話してもわかりっこないじゃない!」
「そうやって人をバカにする。聖女さまって偉大な方だと聞いてたけど大違いね。何でこんなのにかしずかないといけないのよ」
「だったらかしずくのを止めれば? わたしその方がいいし」
「騎士の立場ってものがあるの! どうしてそれがわからない!」
「あら、騎士は廃業したんじゃなかった? それにわたしは、友だちに面と向かって『聖女さま』なんて呼ばれたくない! ソフィこそ、どうしてわからないのよ!」
二人はもう、つかみ合って喧嘩しかねない危険水域に達している。ハリルはオロオロするばかりでどうしていいのかわからない。ただ、自分がどうにかしなくちゃいけないと思うのだ。
「あ、あの……」
「「なにっ!!」」
二人の怒鳴り声がハモった。
「い、いえ。何でもないです」
彼は、自分の無力さを思い知らされたのだ。
そんな修羅場からハリルを助けるかのように、その一団は砂煙を上げながら近づいて来た。三頭の騎馬とそれに護衛された馬車だ。
「お―――い、ソフィー!」
その中の一人、屈強な騎士がソフィの名前を叫んでいる。彼女は、その人物が誰だかわかると大きく手を振った。
「団長―――っ、ここです!」
一団は三人の近くで停止し、全員が馬から降りてマリの近くにやって来た。
「ソフィ、このお方か?」
「はい、こちらが聖女さまです」
騎士たちはマリに向かい片膝をつく。
「聖女さま、ご尊顔を拝見でき光栄です」
「こちらは第三騎士団長、クロイド閣下」
ソフィはマリに、騎士団の元上司を紹介した。クロイド卿、短い銀髪にグレーの瞳を持つ三十五歳の騎士だ。
「クロイド閣下、マリと申します」
マリは頭をさげる。
「ソフィは聖女さまと勘違いしてますが、決してそのような者ではありません。どうか立ち上がられてください」
「わかりました。ですが、私は聖女さまを出迎える命を受けております。間違いがわかるまで、聖女さまと呼ばせていただいて構いませんか?」
戸惑ったマリだが、それは仕方のないことだと納得し「はい」と答えた。
「では、馬車の方へ。ソフィと連れの男の子も一緒に」
三人は馬車に乗り込み、一団は街道をミスリーへ向かい走りだしたのだ。
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