98話 嵐の逃避行!
デボラたちが暗黒樹で儀式を行っていたころ、ザエル城の地下牢では瀕死のレスリーの治療が行われていた。ユーリとゼビウスが治癒魔法を使うのだが、彼らは神官でない、その効果は微々たるものだ。
「なんとか応急処置をしたが体調は戻りそうもない。これ以上の治療は無理だ」
「いえ、出血が止まれば十分です」
「すいません、先生。僕がもう少し治癒魔法を上手く使えれば」
「ユーリ、あなたのせいではありません。私が暗黒樹の化身候補として育てましたから、神聖魔力の制御が苦手なだけです」
そう言いながらも、レスリーは苦痛で顔を歪めている。
「メイスン卿、ビリジアーニ卿は暗黒樹に向かいましたか?」
「ああ、融合の術式について私が知る限りのことを教えた。今ごろはそれを使っておるだろう。秘密を漏らしてすまなかった」
「話さなければ、ここにいる全員が殺されていました。彼らは、竜神の杖について秘密裏に調べていたようです。メイスン卿が話さなくても術式を使うことができたでしょう」
「そういえば卿に聞きたかったのだが、ビリジアーニ卿は暗黒樹の化身になることができるのだろうか?」
「おそらく術式は成功します。そんなに難しい技術ではありません」
レスリーが話していると、いきなり周囲が騒がしくなった。兵士の悲鳴が牢にまで響いてくる。それが途絶えると一人の女が現れた。
「メイスン卿、救出に参りました」
合成魔王のリリンだ。
「おお、リリンか! お前は私を裏切ってなかったのだな」
「ええ……でも話は後にしてください。すぐにザエル城塞を脱出します」
彼女は三人を牢の奥へ下がらせ、衝撃波を使って牢を破壊したのである。
◇*◇*◇
夕方になり激しく雨が降りはじめた。その中を、レスリー、ユーリ、ゼビウス、リリンが茂みをかき分けながら進んで行く。
「急いで! すぐに追手がかかります」
「そうしたいが、エマニュエル卿がこの状態では無理だ。どこかで休ませないと」
「メイスン卿、リリンは飛行できます。あなた一人なら抱えてここから脱出できるでしょう。合成魔王たちが来る前に離脱されてください」
「しかし卿を置いては」
「私とユーリなら大丈夫。ここのモンスターには気配断ち結界が有効です。休息を取りながら安全に進むことができる」
「しかし、ルーンシア王国へ抜けるにはダークヴァンパイアの領地を通らねばならないし、共和国はあまりに遠い」
「いえ、私たちは魔王ベリアルに保護を求めます。あそこなら近いし、彼らとはいささか顔なじみでしてね。歓迎されるかわかりませんが、私が持ってる情報は彼らにとっても貴重でしょう」
「そうか、そこまで決めているのならもう何も言わん。幸運を祈っておるぞ」
ゼビウスはそう言い残すと、リリンに抱きかかえられ南の空へ飛んで行った。
レスリーとユーリは雨の中をなおも歩き続ける。しかし、レスリーの息は荒く顔は真っ青だ。二人は雨をしのげる洞窟を見つけ、そこで休むことにした。
「先生! 気をしっかり持ってください」
「ユーリ、私はもうこれ以上動くことができないようです」
「そんな、あきらめてはダメです」
「誰があきらめると言いました。いいですか、ここから二日も南へ歩けばベリアルの領地です。そこで魔族を見つけ私の名を告げなさい。それで助かります。そうして救援を乞い、私をここまで迎えに来るのです」
「わかりました!」
「そうそう、これを持って行きなさい」
レスリーは一通の手紙を手渡した。
「これは?」
「それはマリアンヌ……聖女への伝言です。わたしの身に何かあったら、それを彼女に渡して欲しい」
ユーリは戸惑うが、レスリーの真剣な目を見てうなずいた。
「先生! 三日耐えてください! ベリアルに会い必ずここへ戻ってきます」
「頼みましたよ、ユーリ」
ユーリは洞窟を出ると南へ向かう。猶予はない、急がなければレスリーの生命にかかわる。
茂みをかき分けながら先を急ぐのだが、そんな彼の上空を一人の魔族が飛行していた。そして、そいつは少し先に舞い降りたのだ。
(あれは合成魔王のゼバルだ。気配断ち結界を使っているのに、なぜ見つかったんだろう?)
そう考えながら周囲を見渡せば、来た道の所々で木の枝が折れている。
(痕跡をたどられたのか。急いでいたとはいえ迂闊だった。しかし、僕の位置まではわからない。じっとしてればやり過ごせる)
しかし、そう上手くは行かなかった。ゼバルはユーリのいそうな場所に当たりをつけると、炸裂魔法を一面に撃ち放ったのだ。爆発に巻き込まれた彼は吹き飛ばされ、気配断ち結界の効果も失われてしまう。
「ククク、そこにいたのか小僧。お前たちがベリアルの領地へ逃げ込むだろうと予想して、ここら一帯を監視していたのよ」
ユーリは逃げようとするが、炸裂魔法の衝撃で体が動かない!
「エマニュエルはどこだ!?」
ゼバルが迫ってくる!
「そうか、言う気がないならここで死ね! お前などに用は―――」
ふいにゼバルの言葉が途切れた!
そして、唐竹割に頭から地面まで真っ二つに切り裂かれたのだ!!
そこにはユーリと同い年くらいの少年がいた。黒い魔術帽に黒いマントを羽織り、細身の刀についた血をピュっと払うと、そのまま鞘に納める。
「大丈夫? 危ないところだったね。僕の名はハリル、聖女さまの臣下だよ」
その言葉を聞きながら、ユーリは意識を失ったのである。
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