99話 美少年、ユーリ・マイス

 少し時間が巻き戻る―――


 ファムはハリルと別行動をとり、デボラたちを追跡していた。そして、暗黒樹の化身が誕生する一部始終をつぶさに見たのだ。


「世界樹にはフレイアという女神がおるが、暗黒樹にもそういう存在がおるのじゃな。さしずめ暗黒樹の魔女というところか」


 豪雨の中、ファムは偵察を続ける。


「しかし、術式で使っていたあの黄金の魔導杖は何じゃ? アザゼルとの戦いで見せた神聖ブレスといい、信じられない力を持っておる。これは、大至急マリに報告せねばならぬようじゃな」


 そうつぶやき、ファムはそっとその場を立ち去ったのだ。



 ◇*◇*◇



 ハリルは、ずぶ濡れになって森の中を疾走していた。背中にはユーリがいる。彼の指示に従ってレスリーの待つ洞窟まで行ったのだが、そこには誰もおらず、たくさんの足跡だけが残されていたのだ。


「間に合わなくてごめんね」


「ううん、たぶん僕の不注意であそこが見つかったんだ―――それより、ハリル。これからどこへ行くの?」


「野営地をいくつか確保してあるんだ。まずは、雨のしのげる場所へ行かないと。そのあとは仲間と合流して聖都へ帰る」


「聖女さまのところ?」


「うん。僕は聖女さまの臣下だからね」


「凄いね、ハリルは。魔王ゼバルを一太刀で倒すくらいだもの、聖女さまの臣下に選ばれても不思議じゃないや」


 耳元でユーリに褒められ、ハリルは頬を赤く染めるのだった。




 しばらく走って着いたのは粗末な小屋で、乾いた藁が積み上げられている。


「この状況で火は使えないし、服を乾かすあいだ藁を被って体を温めてね」


 ハリルは、部屋の中にロープを張り濡れた服を干しはじめた。それを見たユーリも服を脱ぎ、そして藁の中へもぐり込む。


「あれ、ケガをしてる?」


 ハリルが彼の体に触れると、かなり熱がある。


「ヒール玉を使うから。すぐ楽になるよ」


「ダメ! 僕はヒール玉を使えないんだ」


「えっ?」


「事情があって体の魔力を調整している。ヒール玉を使うと魔力バランスが崩れるって、先生が」


 ハリルは悩んだ。ユーリの具合は明らかに悪いし、このまま放置すれば重症になりかねない。


「わかったよ。でも、体を温めなくちゃいけないんだ。あの、その……君と抱き合うけど、いいかな?」


 少しためらったユーリだが、ハリルの目を見て首を縦に振った。ハリルも藁の中へもぐりこむと、彼をそっと抱きしめる。


「ハリルって温かい」


 ユーリが体をすり寄せてくると、ハリルは全身が真っ赤になった。


(真っ暗でよかった……っていうかユーリは男だよな。僕は何を恥ずかしがっているんだろう)


 そんなことを考えつつ彼を見れば、その顔はドキリとするくらい綺麗だ。


 ユーリは、ハリルの胸に顔をうずめ静かに寝息を立てだした。それを見て安心したのか、ハリルも目を閉じる。


 雨音が聞こえる小屋の中で、二人の少年は夢の中へ落ちて行ったのである。



 ◇*◇*◇



 嵐の夜は過ぎ去り、魔の森に朝日が輝きだした。ハリルとユーリが眠る小屋でも、窓から木漏れ日が差し込んでいる。


「ふあぁ~~~~っ」


 ハリルは目を覚ますと大きく伸びをした。ユーリを見れば、彼はハリルに抱きついたまま幸せそうに寝息を立てている。熱は下がったようだ。


 安心して辺りを見渡すと、いきなり怨念のこもった視線とぶつかった!


 その視線の持ち主は、これ以上ないというくらいの負のオーラを放ち、彼をジトっとした目でにらみつけている。


「ふぁ、ファム、おはよう。来てたんだね。起こしてくれればいいのに」


「二人の仲睦なかむつまじい姿に、起こすのがためらわれての」


 冷たい声に彼は身震いする。

 そうこうしているとユーリが目を覚ました。


「う~~ん。ハリル、おはよう」


 彼は寝ぼけ眼で挨拶するが、腕はハリルに絡みついたままだ。


「ハリルよ、おぬしはよい趣味をしておる」


「い、いや……これには深い事情があって」


「ねぇ、ハリル。このおばさんは誰?」


 その言葉で、ファムの暗黒オーラは臨界点を突破し紅蓮の炎と化した!


 ユーリは怯えてハリルの背中に隠れてしまう。そして、それはファムの怒りに油を注いだのだ。


「わしは、これほど自分を未熟じゃと感じたことはないぞ。殺意を抑えきれん!」


 魔刀メイスイをスラリと抜いたファムを見て、ハリルは死を覚悟した。いや、冗談でなく彼女の怒りはそれくらい凄まじかったのだ。


「さぁ、どちらから先に逝く? な~に、痛みを感じないくらいスパッと切ってやるでな。安心するのじゃ!」


「安心できないって!」


「ハリル、怖い!」


 ユーリが背中にしがみつく。


「ユーリ、離れて、離れて!」


「よし、決まった。二人仲良く真っ二つじゃ!」


 修羅場が最高潮に達したとき、ある人物が小屋へ入って来た。コマリを抱きかかえたマリだ。


「ファム~、ハリルくんは小屋にいた?」


「ま、マリさま! 助けてください!!」


 ハリルはマリに縋りつき、ユーリも後に続く。


「は、ハリルくん! 事情がわからないけど、とにかく服を着て、服をっ!」




 それから二人に事情を聴いたのだ。


「ファム、許してあげなさいよ。ハリルくんも悪気があったわけじゃないんだし」


「ふん! どうじゃか」


 ファムは不貞腐れて背中を向けている。


「それはそうと、ユーリくんね。わたしが聖女のマリです。初めまして」


「初めまして、聖女さま。エマニュエル卿の弟子でユーリ・マイスといいます」


「レスリーの?」


「はい。先生から聖女さまに預かりものがあります」


 ユーリはレスリーに託された手紙を渡す。マリは封を開けしばらく見つめた。それには、今回の事件の経緯が詳細に記されていたのである。


「ありがとう、確かに受け取りました」


 そうしてマリたちは、コマリに乗って聖都へ帰還したのだった。

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