121話 持ち去られた三大神具

 武蔵野に次元の門が現れる数時間前―――


 場所は西聖国のセントエルヴス城。そこの宝物庫には、竜神の杖、竜神の剣、竜神の弓、三つの神具が収められていた。


「くっくっくっ、こうもたやすく三大神具を手に入れることができるとはな」


 宝物庫の中で不気味に笑っているのは、山羊の魔王バフォメットだ。


「竜神の杖に俺の血を付けておいた。その杖がある場所なら、どこにでも瞬間移動できるってわけさ」


 バフォメットに話しかけているのは、もう一人の魔王オセ。彼は、豹の顔を歪ませ話を続ける。


「竜神の杖、竜神の剣だけならいつでも手に入れることができた。しかし、二つでは役に立たん。こうして三つ揃うのを待っていたのよ」


「しかし瞬間移動は凄い能力だな。世界樹の結界は強力だ。その中にこうも簡単に入れるのか」


「俺の切り札さ。サタンでさえこの能力のことを知らない」


「ではなぜ、俺に教えた?」


「今回の計画は一人では実現不可能だ。仲間がどうしてもいる」


「なるほど。能力を教え、それを信頼の証としたわけか」


「そういうことだ―――それより宝物庫の中にいつまでもいるのは不味い。ここから移動するぞ」


 そして次の瞬間、二人の姿は空間にかき消えたのである。




 二人が転移した先は魔の森の一角だ。


「まず、神具の性能を試してみるか。エマニュエル卿の資料もここにある」


 二人は実験を始めた。地面に魔法陣を描き三方に神具を配置する。そして、魔力を流し込むと森の一角に次元の門が出現した。


「うむ、資料に書かれている通りだ」


「オセよ、この空間の裂け目は何なのだ?」


「これは次元の門といって、この裂け目を通って異世界に行ける。サタンはこれを出現させたいため、五千年も三大神具を探し求めていた」


「異世界に興味がなくもないが、まずはアルデシアを手中に収める方が先だろう」


「そう焦るな、バフォメット。これは試しに開けてみただけだ。三大神具にはもっと素晴らしい使い道がある」


「ほぉ、ぜひ聞きたいな」


「それはあとで話す。それより急いでタナトス城へ戻ろう。俺たちが城からいなくなれば真っ先に疑われる」


 そう言いながら、オセが次元の門を閉じようとしたときだ。


「この門を放置したらどうなる? 自然消滅するのか」


 バフォメットがたずねる。


「いや。資料を見る限り、周囲の魔力を取り込みながら自ら存続するらしい。

 ―――それがどうした?」


「門はこのままにしておこう。目くらましに使えるかもしれん」


「なるほど、それはいい」


 二人の魔王は不気味に笑い合い、暗闇の中へ姿を消したのだ。そのあとには、巨大な次元の門だけが残されていた。



 ◇*◇*◇



 三大神具が盗まれたことはすぐに発覚し、この件で、マリナカリーン、アルミナス、フレイア、玉藻前タマモノマエは緊急会議を開いた。


「こうもあっさり盗まれるとはの」


 マリナカリーンは会議卓に頬杖をつき、深いため息をもらした。


「すまぬ! あの部屋で竜神の弓を何千年も保管していたのだ。賊の侵入を許す場所ではないのだが」


 アルミナスが苦悶の表情を浮かべる。


「しかし、どうやって保管場所を特定し盗みおおせたのでしょう。宝物庫は世界樹が何重にも結界を張っています」


 フレイアは信じられないという表情だ。


「神界で竜神の剣が盗まれたときも同じであった。絶対に大丈夫だと自信を持っておったのに、いとも簡単に持ち去られておる」


 玉藻前もフレイア同様、首をかしげる。


「これは憶測じゃが、賊は瞬間移動を使ったのじゃろう。空間から空間へ瞬時に移動する能力で結界の中にすら入り込める」


「そんなことが本当にできるのか?」


「竜神時代のわしはできた。いま使えるのは、ひ孫のコマリじゃな」


「竜神さまが犯人ではないでしょう。他に瞬間移動を使える者は?」


「一人知っておるが名前は言えん。それに、そやつは神具に関わっておらんし、その存在すら知らないであろうよ」


 マリナカリーンが思い浮かべたのは魔王ベリアルだ。


(そういえば、あやつが自ら明かすまで瞬間移動できるとは知らなんだ。特殊能力を持っておれば隠すのが当たり前。犯人探しは難航しそうじゃ)


 彼女が再びため息をつくと、その場にいる全員もため息をつく。


「でも、どうしましょう? 盗まれたことを公表すればパニックになります」


「ああ、密かに犯人を探すしかない」


 こうして、三大神具の捜査が始まったのだ。



 ◇*◇*◇



 マリナカリーンが予想したように捜索は遅々として進まず、時間を浪費しながら一か月が過ぎてしまった。


「お祖母ばあさま、まだ犯人の見当がつかないのですか?」


 疲れ果てた彼女を見ながら、マリがたずねる。


「犯人は転移能力を使う。そのような能力の術者を探して、神族や魔族、人間に至るまで聞き込みをしておるが、該当する者がまったくおらんのじゃ」


「能力をここまで隠しおおすなんて、かなり用心深い犯人ですね」


「ああ、キツネのようにずる賢い。

 ―――それより、マリアンヌ。次元の門はどうなっておる?」


「自衛隊という日本の軍隊が門をくぐり、魔の森を調査しています。ですがアルデシアでは彼らの兵器が使えず、そのためほとんど侵入されていません」


 マリナカリーンは安堵の吐息をもらした。


「それは助かる。最悪の場合、彼らと戦い追い返さなければならん。できれば、そんなことはしたくないからの。一刻も早く神具を回収し門を閉じなくては」


「しかし、神具を奪った犯人は門を開けて何がしたいのでしょう?」


「おそらく陽動ではないかの。わしらの注意を門に向けさせ、その隙に別の計画を進めておるのじゃろう」


「そうですね。実際、わたしたちは門の対応にかかり切りですし」


「門のことはおぬしに任せる。二つの世界が交わる要所じゃ。くれぐれもトラブルにならぬようにな」


「わかりました、お祖母さま」


 武蔵野ゲートの監視のため、マリは日本の実家に戻ったのだ。

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