153話 転生聖女とゴブリン王国の野望

 オベルの森からガルリッツァ連合国へ、空間の門を使ってオリハルコンが運ばれて来た。そして、それを使った新しい闇結晶発電機が作られたのだ。


 新型発電機の性能は素晴らしく、モーターの出力を上げてもビクともしない。巨大な荷車をグイグイ押して行く。また、白熱灯も寿命が大きく延びた。以前は数週間で玉切れしていたが、改良したものは未だに玉切れしていない。


「閣下、レスリー、大成功です!」


 マリは深々と頭を下げた。


「いえ、礼を言うのはこちらです。闇結晶発電機の独占製造を許可してもらえ、感謝の言葉がありません」


「閣下。闇結晶発電機は特殊な魔法技術で作られます。他国には作れません。この技術は連合国に莫大な利益をもたらすでしょう」


「ああ、エマニュエル卿にも感謝している」


 三人は互いに笑い合う。


「それで早速ですが『闇結晶軍事利用禁止条約』についてです。連合国が最初の批准国になっていただけますよね?」


「はっはっはっ、聖女さまは抜け目ないですな。もちろん喜んで署名させてもらいましょう!」


 それから数年後の話になるが、竜族と多くの国のあいだで条約が締結された。高性能魔導杖が普及してなかったこともあり、各国は喜んで署名してくれたのだ。



 ◇*◇*◇



 闇結晶の平和利用に目途がついたマリは、ゴブリアード王国に向かった。あれやこれやで忙しく、王国を訪れたのは一か月ぶりだ。


「凄い! これがゴブリアード王国なの? 人間の城塞よりも立派になってる」


 彼女が驚いたのも無理なかった。王国の城壁は磨き上げられた石造りで、これだけ美しい建造物を見たことがない。


「マリアンヌー、驚きましたかー?」


「どうだ、素晴らしいだろう!」


 ローラとガルが笑いながら出迎えてくれた。


「前に来たときは木造の城塞だったじゃありませんか。こんな短期間で、どうして石造りに変えることができたのです?」


「これは石じゃなく泥を加工したものだ」


「ほらー、竜神がダンジョンを作るとき、土を高熱で溶かして補強するでしょう。あれを応用したものですよー」


 二人の説明によれば、木の城壁に土を塗り、それをコマリのブレスで溶かして石のように加工したらしい。


「そんな技術まで覚えたのですね、コマリは」


「最初は苦労していたが、すぐに美しい壁面を作れるようになった。さすが竜神さまだな」


 マリは驚きつつ城内へ入る。そして、そこには白熱灯が置かれていた。


「白熱灯まであるのですね。完成したばかりでまだ出回っていないはずですが、どうやって手にいれたのです?」


「これはここで作られたものだ。王国にやって来たドワーフたちが、コマリの指導で作っている。闇結晶発電機もあるんだぞ」


「ああ、なるほど。コマリなら、わたしが知っている技術を再現できるかもしれません。でも発電機はオリハルコンを使います。それはどうしたのでしょう?」


 首をかしげていると、コマリがパタパタと走って来た。


「ママー!」


 マリは、彼女を抱き上げ頬ずりする。


「コマリ、こんなに立派な国を作ったのね。びっくりしちゃったわ」


「えへへー」


「でも、オリハルコンはどうしたの? 妖精王さまのところにあったぶんは、すべて連合国に運んだわ。もう手に入らないはずよ」


「おりはるこんはねー、どわーふがもってた。コマリがおねがいしたら、こころよくうってくれたよー。ママにはないしょにしてほしいって」


 どうやら、ドワーフはオリハルコンを隠し持っていたらしい。頃合いを見計らい、マリに高値で売りつけるつもりだったのだろう。


「あの髭おやじ! こんど会ったら絶対に締め上げてやる!!」


 マリはグッと拳を握りしめる。


「まあ、そう怒るな。根はいい奴らなんだ。発電機も白熱灯も、彼らの協力がないと作れない」


「ドワーフ王が、ゴブリアード王国に技術者を派遣してくれたのですよー。ここがこんなに立派になったのは、彼らの協力も大きいのです」


 ガルとローラになだめられ、マリもなんとか怒りを鎮めた。彼女はガンダルヴス王のことが嫌いではない。むしろ好きな人物の一人だ。


「そうですね。すべて上手く行きましたし、大した損もしていない。怒る必要はありません」


 マリが笑うとその場の全員が笑う。


「ただ、ちょっと気になったのだけど」


「な~に、ママ?」


「あなた、ドワーフとどんな交渉をしたの?」


 彼女の質問に、コマリはサッと目を逸らしたのである。




 このあと、新生ゴブリアード王国の門出を祝い盛大な祝宴が催された。今回は長いスピーチはなしだ。美味しそうに料理を頬張るゴブリンたちを見て、ゴン、コマリ、ピーが仲良く笑っている。


「マリ、ゴンを助けてくれてありがとう」


 ミアがマリの横に来て礼を言う。


「ううん、お礼を言うのはわたしの方かな。ミアがいなかったらゴブリンに興味を持つことなんてなかったし。

 ―――そういえば、ミアはすっかりゴンのお母さんらしくなったわ」


「お母さんじゃない! お姉さんと呼んで」


「はい、はい。どちらにしても家族なのは一緒だからね」


「うん、ゴンは家族だよ」


「で、これからミアはどうするの? ゴンと一緒にゴブリアード王国で暮らす?」


「迷ってたけど、ウェグが解決してくれたわ」


「ウェグが?」


 噂をすれば影で、ウェグが会話に入ってきた。


「ああ、俺が瞬間移動でミアを王国に送り迎えすることにした。さすがに九歳で親元を離れるのは寂しいだろうからな」


「さすが、ウェグ。あなたを守護者に選んで本当によかったわ」


「褒めても何も出ないからな!」


 ウェグの照れる様子を見てマリは笑う。それはこぼれるような笑顔だった。



 ◇*◇*◇



 9月20日。マリがアルデシアに戻ってから丸五年経った。この日の朝にアルデシア山脈を眺めるのは、もう習慣になっている。


 朝日を浴びて白銀に輝く山々を見つめ、マリは思いきり伸びをした。


「う~~ん! 六年目もいい年になりそう」


 闇結晶発電機は順調に普及しはじめている。発電所も、電柱も、長い電線も要らない。中に闇結晶を入れておけば長期間使える優れものだ。


 聖都でも多くの場所に白熱灯が設置された。そして、数こそ少ないがトラックが荷物を満載して走って行く。


「白熱灯にトラック、次は何を作ろうかしら?」


 そんなことを考えながら、マリは城壁の階段を降りていく。その足取りは、今まででいちばん軽やかだった。




 番外編 転生聖女とゴブリン王国の野望

 ―――完。


 ◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇


 番外編ですが、いかがでしたでしょうか?

 読者の皆さんの評価はいちばんの励みになります。よろしければ★で採点してくださると嬉しいです。


 番外編はまだ続きます。お暇な方は、もうしばらくお付き合いください。

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