番外編2 転生聖女と神聖ルーン帝国の遺産

154話 ハリル、嵐の成人式!

 アルデシアでは、十六歳の誕生日に合わせて成人式が行われる。大人の仲間入りをする大切な儀式で、家族や親戚、知人が集まり盛大にお祝いをするのだ。


「わたしがアルデシアに帰って来たとき、ハリルくんはまだ十歳だったのよね」


「はい。マリさまに出会った時のことは覚えています。冒険者ギルドにソフィーアさまと一緒に来られました」


 マリとハリルは、竜神宮の応接室で成人式の打ち合わせをしている。


「あと半月でハリルくんも大人になるのか」


 マリは改めてハリルを見つめる。彼の背丈は彼女を追い抜き、ソフィと同じくらいだ。子供っぽさはないが、大人の男という感じでもない。


「それで、成人式はマレル島で行うことになったの。共和国にはあなたの知り合いが大勢いるし、その方がいいでしょう。自治区の家族や親戚の方は、コマリに運んでもらうことにしたわ」


「竜神さまがわざわざ僕のためにですか。なんか恐縮してしまいます」


 彼は嬉しそうに頭を下げる。


「そういえば気になることが一つあるけど―――ファムとは話し合った?」


「い、いえ……まだですが」


 ハリルはファムに命を救われ、彼女の僕になる契約を結んでいる。彼が成人を迎えれば、個人レッスンを受ける約束までしているのだ。


「ファムはあなたと結婚するって盛り上がってるけど、その気がないなら言ってね。わたしが何とかしてあげる」


「ありがとうございます。でも、これは僕とファムの問題ですから、自分で納得できる答えを出さないと」


「そうね、よ~く考えておきなさい」


「はい、そうします」


 打ち合わせが終わり、竜神宮を出て行くハリルの背中をマリは見送った。


「心配してたけど、これなら大丈夫そう」


 彼の後姿は落ち着いていて、すでに大人の雰囲気だったのである。



 ◇*◇*◇



 そして、10月10日。ハリルの成人式が盛大に開かれた。会場はマレル島にあるナラフ宮殿。そこに千人近い招待客が招かれたのだ。


 参加者を見れば、ハリルの父母、家族に親戚。マリをはじめ聖女の臣下一同。式を主宰するナラフと彼の部下たち。ルーシー魔術学園の友人に知人。また、ルナン侯をはじめ共和国の貴族も出席している。


 その中に、ひときわ目を引く一団があった。それは、魔王アマルモンを筆頭に神秘の森に住んでいた魔族たちだ。


「凄いね。魔族まで来ている。ハリルって顔が広いんだ」


 そう言うのは暗黒樹の化身ユーリだ。


「当然ですわ。ハリルさまは魔族のあいだでも信望が厚いのです」


 ハリルの横で微笑んでいるのは魔王イフリータである。


「しばらく会わなかったけど、ハリルってすっかり人気者になってたのね」


 そう言って頬をふくらませてるのは、魔術学園の同級生ルイス。


「さすが、ハリル! 最初に会ったときから、あなたの将来性に注目してたのよ」


 そう言いつつ、彼の肩を抱いているのはソフィだ。この四人は互いに牽制し目線は火花を散らしていた。

 

「別に僕が凄いわけじゃないです。マリさまや獅子王さま、アマルモンさまが偉いから僕も付き合いが広くなっただけで。

 ―――それに、みんなファムの友人ですよ」


 ハリルは、少し離れた場所にいるファムをそっと見た。彼女はナラフの横で高笑いしている。


「はっはっはっ、これでハリルも大人。今夜からエッチのし放題じゃ」


「ファムよ、どうしてお前は下品なのだ! そんなことでは、ハリルに嫌われてしまうぞ!!」


「構わぬ、構わぬ。男と女の仲など寝てしまえばどうにでもなる」


 それを聞いて、ソフィ、ルイス、ユーリ、イフリータが一斉に顔をしかめた!


「ハリル、式が終わったら一緒に逃げよう! 僕は飛べるから、ファムには絶対捕まらないよ」


「そうです、ハリルさま。わたしも飛べます!」


 真顔で提案するユーリとイフリータを見て、ハリルは力なく笑うのだった。



 ◇*◇*◇



 成人式はつつがなく終わり、続いて祝宴が開かれた。その席上、ハリルは大勢の参加者に向かい挨拶する。


「会場のみなさん! 今日は、僕のために集っていただき感謝しています。実は、この場をお借りしてみなさんに聞いて欲しいことがあるのです」


 会場の中を彼はファムの前まで歩いて行く。そして真剣な顔でこう言ったのだ。


「ファム、君のことを愛している。僕と結婚して欲しい!」


 その言葉に全員が騒めいた。ルイスなど唇を噛みしめている。冷静だったのは告白されたファム一人だけだったろう。


「わしに異存はないが……本気か?」


「本気だよ! 父と母に話してあるし、許可をもらってあるんだ」


 一瞬、微笑みかけたファムだが、すぐに表情を引き締めた。


(これはおかしい、話ができすぎておる。何やら裏がありそうじゃ)


「ハリルよ。もしかして、結婚に際して何か条件があるのではないか?」


「うん」


 そう返事をして話す。


「僕が、ファムの夫に相応しいことをみんなの前で証明したい。だから決闘を申し込む。それに勝てたら胸を張って君と結婚できる」


(ふふ……そういうことか。わざと決闘に負け、結婚相手に相応しくないと喧伝する魂胆じゃな。甘いわ。そうはゆかぬぞ、ハリル!)


 ファムの顔に腹黒い笑みが浮かんだ。


「了解した。ただし、わしが勝ったらおぬしは僕でなくただの奴隷じゃ。ベッドの上でなぐさみものになってもらうぞ。それでよければ決闘を受けよう」


「ハリル、止めなよ! それじゃ、勝っても負けてもファムの思う壺じゃない」


 ユーリの言葉に全員がうなずく。どちらに転んでも、彼はファムの魔の手に落ちてしまう。


「そうよ、こんな決闘なんて意味ないわ!」


 ソフィ、イフリータ、ルイスも、必死で彼を思い止まらせようとする。


「みんな、ゴメン。僕はその条件で戦うから」


 言い切った彼を見て会場は静まり返ったのだ。




 ナラフ宮殿の前で二人は立ち会った。


「ファム。マリさまがいるから本気で行くよ。痛いかもしれないけど許してね」


「ふはははっ! わしを相手に大口を叩きおる。それはこっちのセリフじゃ!!」


 二人の殺気が空気を震わせる。


「始めっ!!」


 ナラフの合図と共に二人は抜刀し、そしてハリルが先手を取った。魔導刀サンスイに魔力を込め上段からファムに切りつける。それを彼女はひらりとかわすが、次の瞬間、顔が引きつった。


 彼の一撃は大地を割り、数十数メートルの裂け目ができたのだ!


「こ、これは! こやつの魔力の凄まじさは知っておったが、ここまで成長しておったのか」


 ハリルの攻撃は単純だが威力は桁違いで、それはまるで暴風だ。周囲にあるものをことごとく破壊していく。ファムはかわし続けるが、避けたはずの太刀が体に傷を作るのだ。


「ハリル、わかった! わかったからもう止めてくれ! 宮殿が壊れてしまう!」


 建物が吹き飛ぶ様子を見て、ナラフが叫んだ。


「く、くそっ! 剣圧で近寄ることすらできん。反撃のチャンスを作りたいが、切り結べばメイスイが折れてしまうじゃろう」


 このままでは打つ手がない、ファムがそう思ったときだった。サンスイの刀身が再び大地をえぐり土砂ごと彼女を襲ったのだ。


「しまった! 視界をふさがれたか……ハリルの位置がわからぬ!!」


 目をおおいながらファムは思った。

 このまま負けるのも悪くないか、と。

 だが、彼女の体は心とは逆に動いた!


「奥義、移し身!」


 土砂に身を隠し体を水平移動させる。今度はハリルが彼女を見失ったのだ。


「見えなくても位置はわかる―――そこだっ!」


 土煙が舞い上がる中、ハリルは確信を持って一閃を放つ。だが次の瞬間、真後ろからファムの突きが彼の背中を貫いたのだ!


「ぐふっ! そ、そんな……後ろに回りこまれる隙なんてなかったのに」


 口から血を吐きながら、彼は振り返った。


「ハリルよ、土煙を巻き上げたのがおぬしの敗因じゃ。これは移し身といって、目の錯覚を利用する奥義。わしの体が土砂と共に移動したように見えたじゃろう」


「う、うん。そう見えた。

 ―――ファムは凄いや。勝って結婚したかったのに……悔しいなぁ」


 ハリルは地面に崩れ落ち、マリが駆け寄りヒールで治療する。そして、ファムは見物客に向かって宣言したのだ。


「決闘はわしの勝ちじゃ。しかし、弟子がここまで成長したのは師として誇らしい。なので、もう一度機会を与えようと思う。来年の同じ日、同じ場所でわしらは再戦する。そしてハリルが勝てば、わしは喜んでこやつの妻となろう!」


「今の言葉、この獅子王がしかと聞いた。他の者も異存あるまいな」


 ナラフの言葉に、観衆は熱狂をもって答えたのである。




 こうして、ハリルの成人式は無事に終わった。


 来年の二人の勝負がどうなるのか、それは誰にもわからない。ただ一つ間違いないのは、ファムのエッチが来年までお預けになったということである。

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