53話 蘇るマリの記憶
竜神が降臨して神国はお祭り騒ぎだ。だが、ルーンシア王国の熱狂ぶりはその比ではない。ないしろ、王国は王家が竜神と共に統一したのだ。国民は、竜神の民であることに強い誇りを持っている。
その日、王国首都アルーンには三十万を超える民衆が集まっていた。
彼らの上空を黄金の竜が旋回すると、割れんばかりの大歓声が湧き上がる。それはもう声でなく大気を揺るがす圧力だ。
竜が城の屋根に降り立てば、全員が両膝を地につけて祈りを捧げる。それに応えるよう、竜は何度も咆哮を上げるのだった。
広場で行われた竜神降臨祝賀式典で、コマリは竜から子供の姿に戻った。
「アルベルト陛下、セリーヌ
三人は、マリに抱かれたコマリの前でひざまずいた。聖女のときは片膝だが、竜神に対しては両膝をつくのが習わしだ。
「竜神さま。ご降臨されましたこと、お慶び申し上げます」
しかし、挨拶されてもコマリは振り向こうとしない。
「陛下、この子はコマリと呼んでください。そうしないと喜びません」
「これは失礼を、コマリさま」
「あの……『さま』抜きでお願いします」
陛下は困っていたが、意を決して言い直した。
「コマリ、ルーンシア王国へようこそ」
コマリは満面の笑みで陛下に抱きついた。その光景を見ていた王国の重臣たちが一斉に拍手する。広場には、その音がいつまでも鳴り響いたのだった。
すべての式典が終了し、マリとコマリは陛下の私室に通された。
「バートさま、セリーヌさま、フェリス。改めて紹介します。娘のコマリです。可愛がってくださいね」
「当然です。マリに瓜二つで本当に可愛い」
「バート、自分ばっかりずるいですよ。わたしにも抱かせてください」
セリーヌはコマリを抱き受ける。コマリも嬉しいのか、両手を振って大喜びだ。
「お母さま、次はわたしです」
彼女はフェリスも気に入ったようで、満足そうな顔で抱かれている。
「そいえばミスリーにいたとき、マリが竜神さまのことで訪ねて来たことがありました。コマリのことを知りたかったのですね」
「はい。この子が竜神さまでないかと考えたのですが、確証が持てません。それに、わたしとの関係を含めてわからないことが多いのです」
「王宮には竜神さまの資料がたくさんあります。好きなだけ調べてください」
「ありがとうございます、セリーヌさま」
マリは丁寧に頭を下げる。
「お兄さま、お母さま、あの絵だけでもここで見せてあげたらどうです。この部屋の奥に飾ってあるのですから」
「ああ、そうだ。マリ、国宝の絵画が私の寝室にあります。見てみませんか?」
「はい、お願いします」
寝室に案内されるとその絵はあった。伏せる黄金の竜が描かれ、その前に一人の男が悠然と立っている。
「ルーンシア王家の始祖王、アーセナル・ルーンロード・エルラルさまです」
始祖王はアルベルト陛下によく似ていた。
「バートそっくりでしょう。ミドルネームのルーンロードは始祖王さまからいただたのです」
マリが絵を見つめていると、フェリスに抱かれたコマリがいきなり叫んだ。
「ママー、ぐらんパー、ぐらんパー」
その声を聞いた途端、マリは気を失ったのだ。
マリは再び不思議な空間にいた。
意識を集中すると声が聞こえてくる。
優し気な男の声だ。
「マリアンヌ、バリバリゴーゴーしてはいけないとあれほど言っただろう」
「パパ、ごめんなさい。うるさかった?」
「うるさいのは構わないが、アルーン城でブレスを吐くと国民が怯えてしまう。バリバリゴーゴーしたくなったらアルデシア山脈へ行きなさい」
「あい!」
―――あれは、お父さま?
(そうです。また一つ記憶を取り戻しましたね。あのお方は聖女のお父君、アーセナル・ルーンロード・エルラルさまです)
(お父さまがわたしに、お城でブレスを吐いてはいけないと言ってました。わたしは竜神だったのですか?)
(はい)
(でも、コマリが竜神だとあなたが教えてくれましたが)
(竜神さまの正体はあの竜体です。竜族は代々竜体を子に引き継がせ、いま竜体を持っているのがあなたの娘コマリです)
(コマリは実の娘? そして、わたしから竜体を引き継いだ)
(そうです)
次第に空間が消えて行く。
(もうちょっとだけ! わたしの母は?)
(それは、聖女自身で思い出さなくてはいけません。ですが、これだけは教えておきましょう。母君の名はマリーローラ、そしてあなたはマリアンヌ……)
声はかき消え、マリは意識を取り戻した。
「―――マリ、しっかりしてください!」
「ああ、バートさま。わたしはどれくらいのあいだ気を失っていました?」
「ほんの三十秒ほどです」
「マリ、大丈夫?」
「大丈夫よ、フェリス。いま大切なことを思い出したの」
「どんなことです?」
セリーヌがたずねる。
「わたしの父のことです。父の名はアーセナル・ルーンロード・エルラル。ルーンシア王国の始祖王さまでした」
その言葉に、アルベルト、セリーヌ、フェリスは絶句したのだ。
◇*◇*◇
マリは王国始祖王アーセナルの娘だった。彼女はサラに手伝ってもらい王宮の資料を調べたが、多くの事実がそのことを証明している。そして、彼女自身も父のことを思い出した。
「よかったですね、お姉さま。お父さまのことを思い出すことができて」
「嬉しいけど、矛盾することがあるのよ」
「どのようなことです?」
「わたしは日本で生まれた御堂マリなの。それは間違いないし、小さなころの記憶もある。でも、アーセナルさまも父だわ。アルーン城で一緒に暮らしていたのも思い出せたし」
「二つの記憶があるのですね」
「そうなの。不思議ねー」
理由を考えてみるが、記憶の糸が繋がっておらず全体像がつかめない。
「まだまだわからないことが多いわ。もう少し王宮の資料に当たってみましょう」
「はい、お姉さま」
マリとサラは、一週間ほど調査に没頭したが思ったような成果は得られなかった。仕方ないので、とりあえず聖女自治区へ戻ることにしたのだ。
「マリ、もう帰るのですか?」
「ずっとアルーンにいてくれればいいのに」
アルベルトとセリーヌは残念そうにしている。
「自治区は神国を併合したばかりで忙しいのです。わたしは領主ですしね」
「バートおにいちゃん、セリーヌおばちゃん。コマリはひとりであるーんにこれる。そのときはあそんでくれる?」
「もちろんです、コマリ」
「必ず来るのですよ」
そう言うと、二人はコマリを抱き寄せ頬ずりした。
「お兄さま、お母さま、コマリのお世話はわたしに任せてください」
「フェリス。竜神さまにお仕えするのは王族の義務だ。新しいセイルーン侯としてコマリをしっかり支えるのだぞ」
「はい、心得ています」
別れを済ませ、コマリは竜体に戻った。背中のバックパックに、マリとサラ、フェリスが入ると大空へ舞い上がり、セイルーンへ向かい飛び去ったのだ。
その後ろ姿を、アルベルトとセリーヌはいつまでも見送っていたのである。
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