54話 聖都、新たなる拠点

 6月のクーデター事件が解決し、神国は聖女自治区に併合された。


 自治区の首都はミスリーに移され、ヴィネス侯が聖女の摂政として統治に当たっている。旧首都のセイルーンは『聖都』と改められた。そして、新たにセイルーン侯の爵位をたまわったフェリスが治めることになったのだ。




 7月7日。

 マリとサラ、それにフェリスは、竜のコマリに乗って聖都に舞い降りた。


「うわぁ! 聖都でも盛大な出迎えね」


 セイルーン城の広場に降り立ったマリは、あまりの歓迎ぶりに目を回している。


「当たり前じゃない。自治区とはいえここも王国領なんだから、熱心な竜神教徒が多いのよ」


 竜神に対する熱狂ぶりは、聖都でもアルーンとまったく同じだ。


「アルーンより人口が少ないのが救いね。それでも十万人くらいいそう」


「聖都の人口はミスリーと同じ七万人よ。だけど今は改装中で多くの人が仕事に来てるから、それくらいいるかもね」


「改装中?」


「この城塞に竜神さまと聖女さまが住むから、兄と母の命令で再開発してるの。完成すればアルーン以上にうるわしい都になるわよ」


 フェリスが言うように、数年後、聖都は白亜に輝く美しい都市になる。また、ミスリーの神殿本部がここに移され、聖都の名に恥じない威容を誇るのだ。




 マリは、フェリスに案内されて城の近くにある館に向かった。


「ここがマリとコマリの新居よ」


 コマリは新しい館が気に入ったようで、サラと一緒に庭をかけ回っている。


「ずいぶん広い庭ね」


「竜神さまが庭でお昼寝できるように、って兄から強い要望があったの。それに、飛び立ったり舞い降りたりするのに便利でしょう」


 庭を通り抜け館の扉を開ければ、中にはガルとサンドラが待っていた。


「おう、マリ。先に上がってるぞ」


「騎士の方がこの館に案内してくれました」


 マリは二人かけ寄り再会を祝う。


「この方たちは、マリの臣下で護衛でしょう。一緒に住むだろうと思って、わたしがここに案内させておいたわ」


 ガルとサンドラはマリの使者として王宮に行ったことがあり、フェリスとも面識がある。


「助かるわ。でも、二人は臣下じゃなくて家族よ」


「あら、そうなの。勘違いしてごめんなさい」


 それからみんなで館の中を見て回った。


「ここは竜神さまの御座所だから『竜神宮』と命名されたわ。セイルーン城はわたしが住むことになったし、マリだってお城よりここの方が落ち着くでしょう」


「うん。素敵な邸宅をありがとう。フェリス、これからもよろしくね」


「こちらこそよろしく、マリ」


 そしてこの日から、竜神宮を拠点としてマリの新たな生活が始まったのである。



 ◇*◇*◇



 それからしばらくして、聖竜騎士団が聖都に帰って来た。神国併合に伴う組織改編があり、彼らはミスリーで待機していた。それがようやく終わり、四十五人の団員たちは改めて聖都に赴任したのである。


 マリは彼らの中にソフィの姿を見つけると、かけ寄ってきつく抱きしめた。


「ソフィ、会いたかったわ!」


「わたしもよ、マリ」


 彼女はコマリのことをソフィに話した。


「あの子が竜神さまだってこと、今まで黙っていてごめんね―――怒ってる?」


「ルーンシスタで竜神さまを見せられたときは驚いたし、隠していたマリに腹も立ったけど、もう怒ってないわ。それに竜神さまの正体なんて、内容が重大すぎて話せっこないしね」


「ありがとう、わかってくれて」


 二人は再び抱きしめ合う。そうしていると「コホン!」という咳払いが響いた。


「マリ、ソフィ。仲がいいのはわかるけど、そういうのは人がいないところでやってちょうだい」


 振り返ればフェリスがいて、マリをジトっとして目でにらんでいる。そして聖竜騎士団の団員たちも、ニヤニヤしながら二人を眺めていたのだ。


「ご、ごめんなさい!」


 マリは真っ赤になってペコペコ頭を下げる。


「反省しているなら許してあげる。

 ―――それより、聖竜騎士団のみんなに話があってここに来たのよ」


 フェリスは団員たちに向かって話しだした。


「騎士団本部が完成しているから、騎士のみんなはそこに住んでもらいます。それと、貴族になった団員には館が与えられるわ。場所をしるした地図を渡すから、そこへ行って受け取ってね」


 グレン、ソフィ、ルリ、リン、シス、デリックとギルバートは、フェリスから地図を受け取ると自分の館に歩いて行く。他の団員たちは、フェリスに連れられ騎士団本部に向かったのだ。


「貴族になれるって聞いていたけど、本当だとは思ってなかったよ」


 ルリが地図を見ながら言う。


「それで、リン。あたいは貴族の館なんて入ったことがないんだ。心細いから一緒について来てくれないかい」


「うん、いいよ」


「ルリ姐さん、あたいも一緒に行っていい? 自分の館を受け取る前に、どんな感じなのか見ておきたいんだ」


 そして三人は、拝領したばかりのルリの館に向かったのである。




 到着した男爵邸は想像を上回る豪華さだ。


「いやぁ~、凄いね。あたいの家は貧乏だったからさ、こんなに立派な館だと落ち着かないよ」


 ルリはそう言って、部屋の中をキョロキョロ見渡している。そうしていると扉が開き、執事とメイドが入って来た。


「オニール卿、お茶のご用意ができました」


 そして、メイドがカップにお茶を注いで回る。


「ご用がありましたら呼び鈴を鳴らして下さい」


 退室する彼らを見ながら、ルリは頭を抱えた。


「もしかして、オニール卿ってあたいのこと?」


「そうじゃない。あたいはアルケットだし、シスはベネットだよ」


「これからこんな生活を毎日続けるのかい!」


 テーブルにうつ伏した彼女を見て、シスがいじわるそうに笑う。


「ルリ姐さんってば、だらしなさすぎ。ここはもう姐さんの家なんだよ。主人らしくド~ンと構えないと」


「そうさね、努力してみるよ」


 ため息を漏らすルリにいとまの挨拶をして、リンとシスも自分の館に向かったのだ。


 シスは地図を見ながら目的地に着いた。

 そして門をくぐった瞬間、


「ベネットさま、お帰りなさいませ」


 メイドたちの声が玄関に響き渡り、シスはその場で立ちすくんでしまった。

 このあと、彼女が回れ右をして館を去ったのは言うまでもない。




 その日の夕方―――シスは自分の館に入ることができず、仕方なく騎士団本部を訪れた。扉を開けて中に入れば、そこにはルリがいたのだ。


「偉そうなことを言っておいて、シス、あんたも逃げ出したのかい」


「ルリ姐さんこそ努力してみるんじゃないの?」


「あたいはあきらめたね。貴族の生活なんて性に合わない」


「ハハハ、お前たちらしくて安心したよ」


 そう言うのはグレンだ。


「つか、なんで旦那までいるのさ? 自分の館に帰ればいいじゃん」


「お、俺は仕事だ! 何かあったとき騎士団がすぐ動けるようにな」


「じゃ、あたいも仕事するよ」


「あたいも、あたいも!」


 ルリとシスは嬉しそうに笑い、それを見たグレンもはにかみながら笑うのだった。

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