55話 不老玉を求めて

 聖竜騎士団が正式に活動を始めてから一週間が経った。


 自分の部下を持つことができ、マリはこれ以上ないというくらいご機嫌だ。グレンやソフィと一緒に、団の運営について毎日のように話し合っている。


「団員が四十五人。内訳が、剣士が二十五人、盾持ちが四人、神官が十五人、魔術師が……たった一人? どうして魔術師がこんなに少ないの?」


「この地方は魔術師が少なく貴重なんだ。俺が冒険者ギルドマスターだったときも、魔術師不足に悩まされていた」


「グレンの言うとおりよ。だから、ハリルはあの歳で狩りに出てたの」


 三人は戦力分析に余念がない。


「ギルバートは残留魔力で強化するにしても、一人じゃどうしようもない。やっぱりハリルくんが抜けた穴が大きいわね」


 ハリルは、イブルーシ共和国のルーシー魔術学園に留学している。


「マリ、こういうのはどうだ。ルリは神官だが攻撃魔法も高いレベルで使える。しばらくあいつに魔術師をやってもらうってのは」


「賛成。彼女の攻撃力はかなりのものよ」


「そうね。ルリなら短期間の訓練で戦力になりそうだわ」


 マリが話していると、そのルリが会議室に飛び込んで来た。


「あ、ルリ。ちょうどいいところに。しばらく魔術師として……」


「マリ、そんな場合じゃないって! たった今ミスリーから急報が届いたんだ」


 彼女の慌てぶりに驚きつつ、マリは立ち上がってメモを受け取る。伝書鳩で届けられた小さな書面には、こう記されていた。


『ヴィネス摂政閣下、老衰のため逝去せいきょ


 マリは真っ青になる。そして大慌てでミスリーに向かったのだ。



 ◇*◇*◇



 ここはミスリー城の摂政執務室。クリスが一人でソファにうずくまっている。そこにマリが深刻な表情で入って来た。


「マリ、摂政閣下のご容態は!?」


「蘇生魔法で生き返ることができたけど、かなりの重体ね。今は眠られていて容態は安定してるけど」


「マリの神聖魔法でもダメなの?」


「老衰はどうしようもないのよ。次に亡くなられたら復活できないと思う」


 この世界の人間の寿命は九十歳から百二十歳。ヒールのおかげで長寿が多い。


「閣下はまだ八十歳よ。新しい政府で理想の領地を作るって頑張っていたのに」


 クリスは顔を両手でおおい泣き出した。


(閣下が短命なのは、わたしにも責任があるわ。面倒ごとはみんな閣下に押しつけてきたもの。激務が寿命を縮めたのね)


 マリもソファに座りうずくまる。そして重たい空気が部屋中を支配した。


「ねぇ、マリ……相談があるのだけど」


「なに?」


 クリスは、摂政の机の引き出しからある物を取り出した。直径三センチほどの宝玉ほうぎょくで金色に輝いている。その玉が二つ。


「クリス、それをどこで?」


「マリは知ってるのね、この玉のこと」


「ええ、それは不老玉よ。魔法が込められてて、一つの玉で十歳若返るわ」


 不老玉は、マリがプレイしていたゲームに登場する。ゲームの中でも時間が流れ、キャラは年を取り能力が落ちてしまう。それを防ぐのが不老玉で、彼女は仲間と取りに行ったことが何度もあった。


「もしやと思っていたけど、やっぱりアルデシアにもあったんだ」


 二人は病室へ行き、眠る摂政に二つの不老玉を使った。すると彼の血色は見る見るよくなり、間違いなく若返ったのだ。




「これで安心ね。でも、不老玉なんてどうやって手に入れたの?」


 クリスは話しだした。


「クーデター事件が解決したすぐ後だった。旅の商人が取引を持ち掛けてきたの。不老玉を二つ、金貨二枚で買わないかって」


「一つ金貨一枚? そんな値段で買えるアイテムじゃないけど」


「不審に思ったけど、そんなに高くないから買ったわ。閣下に報告したら、騒動を起こしかねないと言われて使わないことに決めたの。

 ―――でも、こうして使ってしまった。閣下に叱られるわね」


「それは大丈夫。わたしの判断で使ったんだし、閣下もわかってくださるわよ」


「ありがとう、マリ」


「それで、商人は他に何か言ってなかった?」


「言ってたわ。『不老玉はスターニアにまだあります。必要でしたら探しに行かれるとよろしいでしょう』って」


 話を聞き終え、マリは首をかしげた。


(不老玉はゲームでもスターニアにあったけど、場所は秘密で知ってるプレイヤーはほとんどいなかったわ。それを教えて回るなんて不自然ね)


「マリ? どうかした?」


「ううん、なんでもない。それよりわたしはこれで帰るわ。閣下がお目覚めになったらよろしく伝えておいてね」


 クリスにいとまの挨拶をし、マリは飛ぶように聖都へ戻ったのだ。




 竜神宮に帰宅したマリはガルとサンドラを探した。


「お二人は不老玉を知っています?」


「ええ、聖女と一緒に旅をしていたころ一度だけ見ました」


「そういうアイテムがあるのは知っていたが、実際に見たことはない」


「それで、マリ。不老玉がどうしたのです?」


「ついさっきミスリー城で見ました」


 事情を聞いた二人は驚きを隠せない。


「あからさまに怪しいです。不老玉を金貨一枚で売り歩く商人なんて」


「しかもその商人は、不老玉のある場所がスターニアだと知っていました」


「普通に考えれば罠だろう―――それで、どうするつもりなんだ?」


「罠だとしても、誰が何を企んでいるか知る必要があります。それに摂政閣下の年齢を考えれば、少なくともあと三つ不老玉が欲しい。ガルさん、サンドラさん、手伝って欲しいのですが……お願いできます?」


 それを聞いてガルは豪快に笑った。


「ハハハハ、ようやく出番か!」


「ご主人はブーエル討伐に参加させてもらえず、ずっと拗ねてたんですよ」


「ごめんなさい。あれはグレンさんの作戦だったので、二人を呼ぶことができませんでした。それにガルさんは、ブーエル相手だと力を持て余してしまいます」


「ということは、今回はブーエル以上の奴がいるってことだな!」


「はい。不老玉を守っているのは『名無き魔王』といって、魔王でもかなり上位の実力です」



 ◇*◇*◇



 翌朝。マリは騎士団本部でスターニアへ行くことを告げた。


「目的は不老玉と呼ばれるアイテムの取得で、魔王と戦うことになるでしょう。そういうわけで、今回は選抜メンバーで行動することにします」


 団長のグレン、副長のソフィ、その他にルリ、リン、シス、デリックとギルバートの参加が決まる。


「それと、助っ人として知り合いを三人呼ぶので仲良くしてください。出発は明後日の早朝、コマリに乗って現地へ飛びます」


 こうして彼女は、不老玉を入手すべくスターニアに向かったのだ。

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