56話 魔導都市スターニア

 スターニアはアルデシア大陸の西端、ウェスタット公国にある小さな都市だ。


 エルフが多い土地で、彼らは魔法アイテムを作り生計を立てている。特に有名なのが『魔法玉』で、治癒効果がある『ヒール玉』、毒治療の『毒消し玉』は冒険者に必須の人気アイテムだ。そして不老玉も、そんな魔法玉の一つなのだ。




 マリは、スターニアの美しい街並みを上機嫌で歩いていた。供をするのはガルとサンドラ。それにもう一人、目つきの悪い男がいる。


「おい、マリ! 俺はどうしてスターニアなんかにいるんだ!?」


 文句を言っているのはウェグ・ウルフマンだ。


「サンドラさんの睡眠魔法で眠ってもらい、コマリに乗せてここまで運んだのよ」


「違う! どうやって運んだか、なんて聞いているんじゃない。どういう理由で、何の権限があって、お前は俺を拉致したんだ」


「ウェグの力が必要だからに決まってるじゃない。それにわたしは命の恩人よ。頼みくらい聞いてくれてもいいでしょう」


「命を救ってくれたことは感謝している。だがそれは、子供たちの世話をすることで帳消しになったはずだろう!」


 ウェグはマリに頼まれ、共和国に住む八人の子供たちの面倒を見ている。


「いま子供たちは夏休みで、ウェグの助けなんて要らないわよ。助けが必要のはわたしなの。子分なんだから素直に言うことを聞きなさい」


「俺が、いつお前の子分になったんだぁ!」


 興奮するウェグをサンドラがなだめる。


「まぁ、まぁ、まぁ。そんなに怒るものじゃありませんよ、ウェグ」


「そうだぞ。マリが言い出したら聞かないのは、お前も知ってるだろう。ここはあきらめて頼みを聞いてやれ」


「ガルガンティスとサンドラはマリの子分かもしれんが、俺は違う!」


 ウェグの猛抗議をマリは笑い流す。


「そういえば、お二人がウェグと親しいとは知りませんでした」


「俺とサンドラが共和国へ狩りに行く話はしただろう。こいつとは、かなり前から付き合いがあるんだ」


「勝手に話題を変えるな!」


 マリとガルの会話にウェグが強引に入ってきた。


「わかった、わかった。お前に強化術を教えてやるから、ここは堪えろ」


「えっ、強化術を教えてくれるのか?」


「ウェグは、知りたがっていましたものね」


 ガルの提案にしばらく悩んだウェグたが、やがて納得したのか首を縦に振った。


「今回だけだぞ」


「ありがとう、ウェグ」


 こぼれるようなマリの笑顔を見て、彼は恥ずかしそうに目を逸らしたのだ。




 三人は、とある魔法ショップに到着した。サンドラを先頭に店内に入れば、女主人がかけ寄って来る。


「サンドラ!」


「久しぶり、イナーシャ」


 イナーシャと呼ばれたのは、薄紫のドレスをまとった金髪の女エルフだ。


「珍しいことがあるもんだ。それに一緒にいるのは聖女じゃないか」


 笑顔で声をかけられたマリだが、その人物に見覚えがない。


「ん? どうした、キョトンとして?」


「イナーシャ、口外無用ですよ。聖女は記憶を失くしています」


 イナーシャは驚くがすぐ冷静になる。


「事情があるみたいだね。聞かなかったことにするよ。で、今日は何の用だい?」


「じつは、不老玉について調べています」


 その言葉に彼女はため息をもらした。


「またそれかい。もう何件目だろうね。多くの国から不老玉を求めてスターニアに集まって来ている―――まあ、ここじゃ何だ。わたしの館に来ておくれ。状況を説明するからさ」




 マリは、他のメンバーと合流してイナーシャの館へ向かった。着いたのはエルフらしい清らかな建物だ。


「こちらがこの館の女主人で、イナーシャ・パナドゥーリャさん。ここをベースキャンプとして使わせてもらえることになりました」


 マリが紹介する。


「わたしがイナーシャだよ。遠慮は要らない。聖女のパーティーを世話できて、こっちは名誉なんだ」


 彼女は、スターニアで起きていることについて説明した。


「不老玉を求めて多くのパーティーが来ている。集まりだしたのは一か月くらい前からかね」


「どんなパーティーです?」


「そうさね。国が抱える腕利きの騎士……そんな感じの連中だよ」


「マリ。各国の精鋭が来ているなら、わたしたちも急いだ方がいいんじゃない」


 焦るソフィにマリは釘を刺す。


「慌てる必要ないわ。可哀想だけど先行したパーティーは全滅します」


「そんなに難易度が高いのか?」


「そうよ、グレン。不老玉はスターニアにあると言ったけど、正確にはスターニアに面した『魔の森』にあるの」


「「「魔の森!」」」


 数人の声が同時に響いた。


 魔の森というのは、アルデシア大陸の西側に広がる森林地帯のことだ。その面積は王国の五倍くらいある。闇魔力の濃い場所で、そこに棲むモンスターは信じられないくらい強い。


「魔の森に古い神殿があってね、不老玉はそこに奉納されてるの」


「マリ、神殿に行くのが目的なんだろう。なら、気配断ち結界を使って戦闘を避ければいいじゃないか」


 ルリが提案する。


「残念だけど、ここは爬虫類や昆虫のモンスターが多いの。彼らは特殊な感覚器官を持っていて気配断ち結界が効かないのよ。そういう理由で、ここは魔の森の中でも特に難易度が高いわ」


「ははは……魔の森ってだけで高難易度なのに、その中でも難易度が高いって」


「あまり脅かさないでよ、マリ」


 リンとシスは笑顔を引きつらせている。


「そんなに心配しなくてもいいって。わたしの魔法があれば攻略できるから。でも安全性を高めるため、みんなには新しい技をマスターしてもらいます」


「新しい技?」


「そうよ、グレン。強化術という身体能力を高める技術で、ステータス上昇魔法に重ね掛けできるの。さらに能力が上がるわ。その訓練に半月使います」


「そういう話なら賛成だ。万全な体制で臨みたいからな」


「さすが元冒険者ギルドマスター、狩りをよくわかってる。準備もなく戦闘を始めるのはド素人のやることよ」


「マリ、どうしてそこでわたしを見る!」


 ソフィの抗議に全員が笑うのだった。



 ◇*◇*◇



 翌日、パーティーメンバーの訓練が始まった。ガルとサンドラが全員に強化術を教えている。


 マリは別行動で、イナーシャの工房で魔法玉を作っていた。


「すまないね。以前、あんたに作ってもらったんだけど、在庫が切れて途方に暮れてたんだ。ヒール玉はなんとか作れても蘇生玉はどうにもならない」


「いえ、いえ。住む場所から食事までお世話になってます、これくらいは」


「しかし聖女の力って凄いね。ヒール玉は普通の神官でも作れるけど、一個一個に魔法を込めないといけないんだ。あんたは数千の玉に一気に魔法をかけるから、効率がまるっきり違う」


 魔法玉は、魔力吸着金属の粉をガラスに混ぜたものだ。それを高熱で溶かし、魔力を込めながらガラス玉に仕上げる。そして玉を砕けば、中の魔力が放出される仕組みなのだ。


「どういう素材をどれだけ使うか。魔力を込めるときの温度や冷やし方にノウハウがあるんだ」


「難しいのですね。それで、これらの玉はいくつ作ればいいんです?」


「蘇生玉が一万個、ヒール玉は五万個かね」


 マリは目まいがした。


「玉はそこに五十列五十段あるだろう、それで二千五百個だよ。それが1ロットで二時間で完成する。八時間働けば一万個できるって寸法さ」


「六万個なら六日でできますね」


「そうだろう。給金とは別に、できた玉の一割を進呈するからさ。頑張りなよ」


 マリは蘇生玉を一万個、ヒール玉を十万個作ると、その一割を聖都へ持ち帰った。また、色々な種類の魔法玉も作った。気配断ち結界玉、移動速度上昇玉、魔力増強玉は使い道が多く重宝する。




 そうして二週間。


 訓練は順調で、メンバーの全員が強化術をマスターした。もともと全員が神国でトップクラスの冒険者だ。呑み込みも速い。


(これなら魔の森を攻略しても大丈夫ね)


 マリは、鍛え上げられたパーティーを見渡し満足そうにうなずいたのだ。

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