57話 ハリルと共和国パーティー

 マリがイナーシャの工房で魔法玉を作っていたころ、各国から派遣されたパーティーは魔の森攻略に取りかかっていた。だが、ここのモンスターはレベルが高い。すでに彼らの多くが全滅していたのだ。


 その日も、とあるパーティーが魔の森に踏み込んでいた。


「魔の森と言われるだけあるな。モンスターの強さが段違いだ。弱いのもいるがその場合は数が多いときている」


 黄金の三騎士のリーダー、クリフが周囲を警戒しながらつぶやいた。


 彼らは不老玉獲得のために共和国が送り出したパーティーで、クリフに率いられた二十人の精鋭たちだ。


「大丈夫か、お前たち?」


 三騎士の一人、マークが少し離れた場所にいる二人の子供に声をかけた。


「大丈夫です。ただ、ルイスの体調がよくないみたいで……」


「ハリル、余計なことを言わないで! わたしなら大丈夫だから」


 それはハリルとルイスだ。


「ハリル、ルイス。お前たちは志願してこの作戦に参加したんだ。学生だという甘えは通用しないからな」


「そう言うな、クリフ。子供たちだけじゃない、他の兵も息が上がっている。幸いここは見晴らしがいい。しばらく休まないか」


 彼らがいるのは赤い土の開けた場所で、モンスターに襲われてもすぐに対応できるだろう。


「そうだな、休憩するか」


 二十人のパーティーはめいめいに腰を下ろし、水を飲んだり携帯食をかじる。


「これで行程の半分を消化したか」


 クリフは地図を広げて確認する。


「その地図は本物なのか? 街で入手したものだしイマイチ信用できないが」


「今までの地形はすべて地図のとおりだ。この辺りに詳しい者が作ったのは間違いない」


「それで、あとどれくらいだ?」


「一時間も歩けば神殿がある。不老玉はそこにあるそうだ」


「しかし、不老玉なんてものがあるとはな。未だに信じられん」


 マークが吐き捨てるように言う。


「不老玉は間違いなくあるわよ。前にわたしも使ったことがある」


 そう言うのは、銀髪をベリーショートにした女魔術師だ。名はアリス・ショア。共和国に用心棒として雇われた冒険者で、クラスは伝説級。


「アリスも不老玉を探しているのか?」


「そうよ。そうでもなきゃこんなパーティーに参加しないわ。子供を連れて魔の森で遠足なんて、あんたたちどうかしてるんじゃない」


 アリスは、ハリルとルイスを不機嫌そうに見る。




「ルイス、本当に大丈夫?」


「平気だってば!」


 ルイスは強がるが、顔は真っ青だし肩で息をしている。


 ハリルは少し後悔していた。彼がこの作戦に参加したため、ライバル意識の強いルイスまで参加することになったのだ。


(どうして気が回らなかったんだろう。ルイスに何かあったら僕の責任だ)


 そう思い彼がため息を吐いたときだ。


 ……、……、……。


 ハリルは顔を上げ辺りを警戒した。


「どうしたの?」


「しっ……かすかにだけど変な音がする」


「え? わたしには聞こえないけど」


「いや、間違いない!」


 彼は異常を確信し、リーダーのクリフに向かって叫んだ。


「リーダー、変な音が聞こえます! 用心してください!」


「ん? 何も聞こえないぞ! それより出発する。使えない者は容赦なく置いて行くからな」


「いや、クリフ! あの子の言うとおりよ。変な音がするわ!」


 アリスの言葉で、パーティーの全員が立ち上がり戦闘態勢を取った。




「ほぉ、あの位置で気がつくとはさすがじゃの。あの魔術師の少年、勘が鋭い」


 かなり離れた岩の上で、その女は笑いながらハリルたちを観察していた。


「ロクなパーティーがおらんかったが、こいつらはちょっと期待できそうじゃ」


 女が見ていると、岩の隙間や地面の割れ目からワラワラと大量の蟻が現れ、クリフのパーティーを取り囲んだ。


「さぁ、お手並み拝見」




「おい。こいつはヤバイぞっ!!」


 マークは叫び剣を構える。


 彼らは巨大な蟻に取り囲まれ、しかも三つの集団に分断された。クリフやアリスのいる十人の集団、ハリルとルイスの二人、それと残りの冒険者たちだ。


「くそっ、囲まれた!」


 蟻は膝の高さの半分くらいしかないが、数が多く千匹はいるだろう。


「わたしが突破口を作る! それに合わせて走りなさい!!」


 アリスが衝撃波を発生させると、それは竜巻となって蟻を吹き飛ばしていく。


「ルイス、行くよ!」


「ダメっ、走れないのよ! 置いて行って」


 ハリルはとっさにルイスを肩にかついだ!


 周囲を見渡すとクリフたちはかなり先を走っていて、その後ろの集団に蟻が襲いかかっている。すでに何人かの犠牲が出ていた。


「動くものを優先的に攻撃しているんだ。これなら何とかなる」


 ハリルは目を閉じて集中する。十秒ほど魔力を貯め、囲みの薄い場所をめがけ火炎弾を放った! それは蟻を焼き殺し囲みを破る一本の通路になったのだ。


「よし、上手く行った」


 ハリルもルイスを連れて走りだした。




 その様子を先ほどの女が見ていた。


「あの女、どこかで見たことがあると思っておったが、アリスじゃったか。あの衝撃波は見覚えがある」


 そして彼女はハリルに目をやる。


「それにしてもあの坊や、やるのぉ! 女の子を庇うところが最高じゃ。だが、あの速さでは囲みを抜ける前に捕まるか。可愛いのに残念じゃな」




 女が言うように、ハリルが火炎弾で作った道は塞がれつつあった。


「あと少し、あと少しっ!!」


 懸命に走るハリルだが、ふいにつんのめる。ルイスの足に蟻が噛みつき動きを止められたのだ。そして、またたく間に彼女の全身に蟻が群がった!


「きゃぁ―――っ!」悲鳴を上げるルイス!


 助けようと魔法で蟻を吹き飛ばすが、数が多くどうにもならない。すでに彼自身にも蟻が噛みつき、全身に激痛が走っている。


「もうダメかっ!!」


 そう思ったときだ。彼に向かって叫ぶ声が聞こえたのだ!


「気をしっかり持つのじゃ!」


 声のする方を見ると、人影が一つ、蟻を吹き飛ばしながらかけて来る。そして、ハリルのそばまで来ると剣で蟻を薙ぎ払った。その剣筋は恐ろしく速く、気がつけば彼やルイスの周辺には一匹の蟻もいない。


 ハリルはとっさに火炎弾を放ち、もう一度囲みを破る道を作った。


「いい判断じゃ。さぁ、走るぞ!」


 その女はルイスを背負って走りだし、彼もその後を追う。走って、走って、走り続けて、気がついたときもう蟻はいなかった。




「はぁ、はぁ、はぁ」


 ハリルは座り込み、荒い息を続ける。


「まだまだじゃな。この程度で音を上げるなど鍛え方が足りん」


「はぁ、はぁ……ありがとうございました」


 助けてくれた人を見れば、それは同年代と思われる可憐な少女だった。


 ミディアムの黒髪は洒落たウェーブがかかり、頭にはつばの広い黒帽子をかぶっている。服装は黒が基調のワンピースで、丈は短く太ももが露わだ。その上から魔術師風の黒マントを羽織り、腰のベルトには細身の剣を差している。


 少女はすぐに毒の手当てをしてくれた。


「あの、ルイスは?」


「娘は間に合わなんだ。首筋を噛み切られて死んでおる」


 地面に横たわったルイスはすでに息がなく、顔は死者の表情だ。それを見たハリルは嗚咽おえつをもらした。


「恋人か?」


「そんな仲じゃありません。でも……」


「好きだったんじゃな」


「はい」


「正直じゃの。坊やの態度によっては助けてやらんこともないが」


 少女はハリルに輝く緑の玉を見せた。


「見たことないじゃろうが、これは蘇生玉といってアルデシアにほとんど残っておらん貴重なアイテムじゃ。これを使えば生き返ることができる」


「お願いします! 助けてやってください」


「何でもするか?」


「何でも……ってどんなことですか?」


「坊やはわしの所有物になれ。つき従って何でも言うことを聞く。それが交換条件じゃ」


「ルイスが助かるなら従います!」


(ふふ、この娘を連れ出して大正解。欲しいのは坊や一人じゃが、交渉に使えそうだったからの)


 少女は腹黒い笑みを浮かべ宣言した。


「契約成立!!」


 そして、小さなペンチのような器具を取り出し蘇生玉を挟む。くっと力をこめると玉は粉々に砕け、玉の中から蘇生の光りがあふれ出した。そしてそれは、ルイスの体内に吸い込まれていったのだ。


 十数秒後、ルイスは目を開け動きだした。


「あれ、ハリル。わたしたち助かったのね」


 彼女は上半身を起こし、ハリルの横にいる少女に気がついた。


「ルイス、この人に助けてもらったんだよ。お礼を言わなくちゃ」


「礼は不要じゃ。どうせ彼氏を取られたって恨まれるからの。それより安全な場所へ移動するぞ」


 少女は歩きだし、ハリルとルイスはその後を追うのだった。



 ◇*◇*◇



「どうだ、見つかったか?」


「いいや、現場に行ったが遺体すらない。おそらく蟻たちに巣穴へ引き込まれたんだろう」


 クリフの問いにマークが答える。


「くそっ、兵の半数を持ってかれた!」


 彼らは巨大蟻に囲まれたあと突破を図ったが、逃げられたのはクリフとアリスを中心にした十人だけだった。


「アリスがいなかったら全滅していただろうな」


「それで、これからどうするの。この人数で不老玉を取りに行くつもり?」


「いや、撤退だ。とても行ける状態じゃない」


「ああ、不老玉獲得は最初から無理だったんだ。気に病む必要はない。坊ちゃん、嬢ちゃんは可哀想だったがな」


「マーク。あいつらは学生だが軍人という自覚はあったはずだ。戦友として冥福を祈ってやろう」


「そうだな」


 そして、彼らは早々に共和国へ帰還したのだ。

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