58話 謎の少女、ファム・ラヴィーン

 マリが魔の森の攻略準備を整えたころ、イナーシャが最新情報を教えてくれた。


「市中に魔の森の地図が出回ってたよ。全滅を免れたパーティーが譲ってくれたんで現物を持ってきた」


 マリは地図を受け取り確認する。


「これは偽物だわ。地形は正確だけど神殿の位置がまったく違う」


「しかし、この地図を作った奴はどういうつもりなんだ? 正確な地形がわかるなら神殿の位置を知ってるだろうに」


 グレンの疑問にうなずきながら、マリはしばらく地図を眺めていた。


「誘導が目的だと思う。問題はその理由ね。

 ―――これは想像だけど、パーティーの火力を調べている感じがするの」


「火力って、どれくらいの攻撃力を持ってるかってこと?」


「そうよ、ソフィ」


 みんなの会話を聞きながら、イナーシャがポツリとつぶやく。


「強そうだったんだがねぇ。あんな連中でも歯が立たないんだ、魔の森は」


「どんなパーティーでした?」


「殺気だった軍人だったよ。そういえば、二人の少年兵とはぐれたから生きていたら保護して欲しい、って頼まれたんだ」


「少年兵?」


「ハリルとルイスという十一歳の子供だよ」


 それを聞いて全員が顔を見合わせたのだ。



 ◇*◇*◇



 マリは予定を早めて魔の森へ入った。ハリルとルイスを捜索するためだ。入手した地図を見ながら進むと、彼女たちも蟻の大軍に襲われた。


「ソフィ、グレン、デリック、群れから離れている蟻を優先的に。密集してるのは魔術師組が焼き払う。ガルとウェグは神官と魔術師の護衛を」


「マリは人使いが荒いねぇ!」


 そう言いつつルリが火炎弾を放つ。


「文句はあと、今はこの蟻をどうにかしないと」


「リン姐さんの言う通りだよ。マリの人使いが荒いってのは同意だけどさ」


「ほら、ほら、三人とも無駄話しない! 蟻は猛毒を持ってるからリンとシスが治療する。これだけ数が多いとどうしても咬まれちゃうからね」


「数が多いってレベルじゃないでしょう! 千匹近くいるんだけど」


 ソフィが真顔で苦情をいう。


「蟻は数が多いからパーティーの実力を見るのに適しているの。力押しでどの程度の火力を出せるか、しっかり確認しておかないとね」




 戦うマリたちを、少女は昨日と同じように岩の上から眺めていた。


「おおっ、本格派パーティーが登場しおった! 待っていた甲斐があったわ」


 しばらく見ていると、彼らは全ての巨大蟻を駆逐くちくしてしまう。


「あの数を叩き潰したのは見事じゃが、それでも攻撃力が不足しておる」


 そう言いつつ、少女はため息を漏らしたのだ。




「マリ、片付きましたよ」


 サンドラが肩で息をしながら報告する。


「ご苦労さま」


「それじゃ先に進みましょうか」


「本当は巣の中へ入りたいんだけどね。蟻は襲ったパーティーを巣穴に引きこむからお宝があるのよ。それを見つければ一財産……」


 マリは未練がましく巣穴をのぞき込んでいる。


「ハリルの捜索が先決でしょう! まずは地図に描かれている場所へ行くわよ」


 ソフィに叱られ、彼女は渋々歩き出したのだ。



 

 一時間経ち、マリたちは地図に記された神殿に到着した。そこで待ち構えていた巨大モンスターと戦ったのだが、それは三十分で決着してしまう。


「強いが思っていたほどじゃない。さっきの蟻の方が面白かったな」


 デリックが剣を担ぎながら言う。


「これは魔王じゃないからね」


「ここは本物の神殿じゃないのか」


「そうよ、それは最初からわかってたの。ここへはハリルくんの捜索に来ただけ。探して見つからなかったら戻りましょう」


 マリたちは念入りに探したがハリルは見つからず、その日はスターニアに引き上げたのだ。



 ◇*◇*◇



 少女も、マリたちの監視を止めハリルのところに帰っていた。そこはスターニアの安宿だが一応個室だ。


「どうじゃ? 娘の容態は」


「熱がどうしても下がりません。ヒール玉を使ったのですが」


「精神的な疲れじゃ、それでは治せまい」


「あの……」


「何じゃ?」


「僕はハリル・ディオンといいます。寝ている子はルイス・バーンズ」


「ああ、紹介がまだじゃったか。一人でいると名前に頓着しなくなってしまう。わしはファム・ラヴィーン。よろしく、ハリル」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


「おぬしは子供じゃが礼儀正しいな」


「あの……失礼ですが、ファムさんも同じくらいですよね。僕は十一歳です」


「あ、ああ……わ、わしも十一歳じゃ。同い年だしタメ口でいいじゃろ」


 それを聞き、ハリルはふぅーと息を吐いた。


「そうするよ。でも、ファムのしゃべり方は変わってるよね」


「いやな、わしは老剣士に拾われ魔の森で育てられた。口調はその老剣士から移ったのじゃ。小さいころから魔の森で鍛えたから強いじゃろ」


 これは真っ赤な嘘だ。

 彼女の正体はじきに知れる。


「うん、凄くて驚いたよ。速い剣捌きはずいぶん見てきたけど、それでもファムの剣筋は見切れなかった」


「ハリルの攻撃魔法も見ておったが、おぬしもなかなかのものじゃぞ」


「ファムに比べたら足元にも及ばないって。少し自惚うぬぼれてたけど、同じ十一歳でどうしてこんなに違うんだろう、って自信をなくしちゃった」


 微笑むハリルを見て、ファムは胸がキュンとなるのを自覚した。


「ハリル。契約は忘れておらんじゃろうな」


「覚えてる。これからファムにつき従って言うことを聞く。そう約束したし絶対に裏切らない」


「では、さっそく聞いてもらうとしようかの」


 ファムはハリルを床に押し倒した。

 そして舌なめずりする。


「ふぁ……ファム!!」


「言うことを聞くと言ったばかりじゃろう」


「聞くとは言ったけどさ」


「もしかして、おぬし初めてか?」


 頬を染めた彼を見てファムはさらに興奮した。


「可愛いのぉ! わしは上手いぞ、丁寧に教えてやろう。まずレッスン1じゃ」


「ま、待って! ルイスが横で寝てるって」


「愛する女のとなりで別の女を抱く。興奮する場面じゃろう。わしも略奪愛にときめいておる」


「わかった、わかったから僕から降りてよ」


 抵抗が激しく、彼女は渋々ハリルから離れた。


「ハリルは嘘つきじゃの」


 ファムはジト目で彼を見ている。


「せめてルイスのいないところで」


「ではこうしよう。わしがこの娘を故郷まで送ってやる。そのあと、おぬしは進んでわしのレッスンを受けるのじゃぞ」


 しばらく考えたハリルだが、ファムは命の恩人だ。あきらめて首を縦に振ったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る