59話 名なき魔王討伐!

 翌朝、マリたちは再び魔の森へ入った。今日は本物の神殿へ行き魔王を討伐するつもりだ。転生してから初めての本格的な狩りに、彼女はもうウズウズしていた。


「嬉しそうです、マリ」


「わかります? サンドラさん」


「あら、もう狩りは始まっています。サンドラって呼び捨てにしてください」


「はい、サンドラ」


「マリから呼び捨てにされると昔を思い出して嬉しくなります。これからずっとそうしません?」


「狩りのときは呼び捨てがいいですが、いつもそうだとコマリの教育上好ましくありません」


「そうですか、残念です」


「マリは堅苦しいなぁ。俺もガルの方がいいぞ。それに、ウェグは呼び捨てにしてるだろう」


「ウェグは、わたしの子分なので呼び捨てでいいのです」


「おい! 俺はお前の子分じゃないと何度言ったらわかるんだ!?」


 そんなバカな会話をしながら、マリたちは不老玉が奉納されている神殿へ向かったのである。




 神殿には、すでに二つの人影が潜んでいた。

 ファムとハリルだ。


「この奥に魔王がいるんだろう。戦う気なの?」


「戦う! そのためハリルを連れて来たのじゃ。万が一のときは、渡した蘇生玉でわしを生き返らせるのじゃぞ」


 ハリルの体に緊張が走る。


「気負うでない。おぬしが直接やり合うことはないからな。わしも、美味しいところだけいただくつもりじゃし」


「え? それってどういう……」


「しっ! 待っていた客人の登場じゃ」


 ファムの声と同時に十一人のパーティーがやって来た。そして魔王のいる部屋へ進んで行く。




 マリたちが、神殿のいちばん奥にある大広間へ踏み込むとそいつはいた!


 体高は十メートル、全長も二十メートルはありそうな二足歩行の巨大トカゲだ。全身は筋肉の鎧と鋭いトゲでおおわれている。


「この魔王は言葉を持たないので名乗らない。だから『名なき魔王』なの」


 魔王は低く身構えながら唸り、マリたちを激しく威嚇している。


「トゲには毒があるから注意して! 毒の治療はリンとシスが担当」


「「あいよ!」」


「ソフィは回避防御しつつタゲを取って」


「任せといて!」


「グレンとデリックは、メインアッタッカーとして体力を削る」


「「わかった!」」


「ギルバート、ルリ、サンドラは、隙を見つけて火炎弾を撃ち込んで。ウェグに護衛させるわ。ガルはわたしと神官の護衛を」


 了解! 全員の声が揃い戦闘態勢に入る。


「攻撃開始!!」


 マリの合図と共にソフィが切りかかり、魔王の注意を一身に引きつけた。そして、グレンが背後に回り攻撃を開始する。デリックの巨大な剣が魔王の体勢を崩すと、すかさず三人の魔術師が火炎弾を撃ち込むのだ。




 戦闘が始まりしばらくすると、グレンがマリのそばへやって来た。


「どう、手応えは?」


「攻撃が通ってない! 時間がかかるぞ」


「グレン、弱点を探して」


「わかった」


 この魔王には弱点らしい弱点がない。それだけにパーティーの火力の高さが問われる相手だ。


(腹が弱いけど、さっきから四つん這いで弱点を見せようとしない。目や口の中、関節部分を地道に突くしかないか)


 連携は訓練しただけあり、これ以上は望めない練度になっている。しかし、魔王の体力は底なしで長期戦に突入していたのだ。




 マリたちの戦いを、ファムは物陰からじっと見守っていた。


「やはり火力不足か。わしが登場するまで時間がかかりそうじゃな」


 そうつぶやき奥へ下がる。


「ファム、どうだった? 戦いの様子は」


「強いパーティーじゃが、それでも攻撃力が足りん。魔王と戦うのだから予想できていたが」


「あの、僕も見ちゃダメ?」


「ダメじゃ! 魔王が相手だと部屋全体が死地になる。ハリルが狙われたら間違いなく瞬殺じゃ」


 ファムは態度を決めたのか、その場に座り目をつぶった。


「何をしてるの?」


「たわけっ、瞑想の邪魔をするでない。わしは魔力が少ないでの、こうして魔力を貯められるだけ貯めておるのじゃ」


 そう言って再び目を閉じたが、その姿は寝ているようにしか見えなかったのだ。




 魔王戦は長引き、マリたちはかれこれ三時間くらい戦っている。聖女の恵みのおかげでメンバーの体力に問題はないが、精神的疲労がかなり蓄積していた。どんなに体力が残っていても集中力には限界がある。マリの脳裏には『撤退』の二文字が浮かんでいたのだ。


「マリ、俺とウェグが元の姿に戻れば攻撃力がかなり上がる」


「ダメよ、ガル。二人の正体は明かしたくない。このメンバーでどこまでやれるか試したいの」


「そうか、魔王戦は今回だけじゃないしな」


「それと、もう予備の剣が二本しかないわ。誰かの剣が折れたら撤退するからね」


「ああ、了解だ」




 そのころ、ファムは相変わらず寝て……いや、瞑想していた。しかし、彼女の横にハリルの姿はない。我慢できず魔王の部屋をのぞきに行ったのだ。


 彼が部屋の中に入ると、そこでは見知った人たちが懸命に戦っている。それを見て思わず声を上げてしまった。


「マリさま! ソフィーアさま!」


 その声に魔王が反応した!

 ハリルを見据えると、目にも止まらぬ速さで突進したのだ。


「しまった!!」マリが叫ぶ!


 パーティーの後衛には必ず護衛がついている。しかし、いきなり現れたハリルには守り手がいないのだ。彼女はとっさに周囲を見渡すが、ウェグは魔術師に、ガルは自分と神官の護衛につきっ切りだ。彼のそばには誰も行けそうもない。


 魔王のスピードは速く、ハリルは思わず目をつぶってしまった!


 だが来ると思った衝撃はなく、彼は恐る恐る目を開けた。そこには、魔王の突進を細い刀で受け止め切ったファムがいたのだ!


「たわけっ! あれほど無茶をするなと言ったであろう」


 彼女の刀は魔力を帯び光り輝いている。


「今の防御で止め用に温存しておいた魔力を使い果たした。どうする? どうするか考えろ!」


 ハリルと少女の乱入に驚いたマリだが、即座に指示を飛ばす!


「ハリルくん、その子の持ってるのは魔導刀よ」


 それを聞きファムにも意味がわかった。


「魔力をこの刀へ送るのじゃ! 魔力は火炎系がよい、早くっ!!」


 ハリルは集中し、ありったけの魔力をファムの魔導刀に流し込む。すると、刀は強烈な光に包まれた。


「おおっ、この魔力はなんじゃ? あやつ、こんなに魔力を持っておったのか!」


 ファムが後退すると、それを追いかけるように魔王が突進する。その刹那、彼女はカウンターを放った!


 その一太刀は魔王の右肩から左わき腹を切り裂き、切り口から炎が噴き出した。魔王は激しい咆哮を上げ、その場で突っ伏して動かなくなったのだ。


「ようやく決着がついたな」


 グレンがそう言って膝を折ると、全員がその場で座りこんでしまった。


 マリは、ハリルを助けてくれた少女の前へ行き頭を下げる。


「どなたか存じませんが、ご助力感謝します」


 うむ……と言いかけ、ファムはマリの顔を見て固まってしまった。


「あの、わたしの顔に何か付いています?」


「いや、すまん。何でもない」


 平静を装う彼女だが内心は焦っている。


(こやつは聖女じゃ。不味い奴に出くわしたものだのぉ)


「わたしはマリと申します。このパーティーのリーダーをしています。あなたの名前をお聞かせください」


「わ、わしはシェラというものじゃ」


「シェラさまですか。改めて、助けていただきありがとうございました」


「あれ、ファム? 名前が違ってるけど」


(これ、ハリル! 黙れ、黙れっ!)


 ファムが心の中で叫んでいるとサンドラがやって来た。そして、彼女の顔をしげしげと見つめる。ファムは目を逸らし冷や汗を流しだした。


「あっ! あなたファム・ラヴィーンでしょう。その魔導刀も見覚えがあるわ」


「誰なの? ファム・ラヴィーンさんって」


(マリ。この女は暴竜討伐をした聖女の五英雄、その一人ですよ)


 サンドラが小声で耳打ちすると、さすがにマリも驚いたのだ。

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