60話 隠れエルフの里
神殿よりさらに深い森の中にそれはあった。隠れエルフの里。マリたちはファムに案内され、そこで休息を取ることにした。
「魔の森にこんな場所があったのね」
「ここはエルフの集落で、不老玉はここで生産されておるのよ」
マリとサンドラは、ファムと一緒に里の民家にいる。ファムの素性を知られたくないので、他のメンバーには席を外してもらった。
「それで、今回の不老玉騒動はファムが仕組んだのですか?」
「そうじゃ」
「どうしてそんなことを?」
「里の長老から話があるじゃうが、わしからも話しておこう」
ファムの説明はこうだ―――
名なき魔王は隠れ里のエルフと共存していた。老いた魔王はエルフの作る不老玉を欲し、エルフは魔王に庇護を求めた。しかし、エルフの最長老が亡くなり状況が変わったのだ。
「不老玉が作れなくなったのじゃ。このままでは魔王が滅びてしまう」
「魔王は基本不死でしょう」
「そうじゃが、名なき魔王は復活タイプでな」
魔王は長い時を生きる。寿命があるかどうかさえ定かでないくらいに。ただその生態は様々で、滅びと復活を繰り返す魔王もいる。
「復活と言っても記憶は消去される。それが恐ろしかったのじゃろう。魔王は自暴自棄になり暴れだしたのじゃ」
(忘れたくない思い出があったのかな?)
そう考えるとマリは切なくなった。
「それで長老から討伐を頼まれた。強引にでも生まれ変わらせた方がよいと判断したのじゃ。しかし今のわしは子供の体、一人では魔王に勝てん」
「それで、不老玉を餌にして強いパーティーを呼び寄せようと思った―――と」
「そうじゃ、集まった連中を偽の神殿へ行かせて力を試した。わしの
マリは事情を呑み込み、改めてファムを見た。
(この人が五英雄の一人なのか。人助けをしているし悪い人ではないみたいね)
「どうした? 人の顔をしげしげと見つめて。わしのことも思い出せんのか?」
「知ってたのですね、ファムは。わたしの記憶がないこと」
「会ったときから様子が変じゃったし、そうではないかと考えておった」
「暴竜討伐でお世話になっているのに、その記憶がまったくないのです。よかったら当時のことを教えてくれませんか?」
ファムはしばらく考える。
「いや、止めておこう。愉快な話でないし、教えた方がよいならサンドラが話しておるじゃろう」
「そうですか……残念です」
うなだれるマリをサンドラが心配そうに見る。
「話が変わりますが、ファムはこれからどうします? 昔みたいにマリの下で働くのですか?」
「それもよいが、今はその時期ではあるまい。わしはもうしばらく放浪するよ。よい
「
マリは小首をかしげた。
「ハリルのことじゃ。あやつはわしと契約を交わした。すでにわしの所有物じゃからな!」
そう宣言するファムを、マリとサンドラはジト目で見るのだった。
三人で話しているとエルフの娘がやって来た。
そして、ファムの耳元で何かささやく。
「おお、そうか! 生まれたか」
ファムは喜び勇んで娘について行き、マリとサンドラも後を追う。
着いたのは小さな祭壇で、卵からかえったばかりの魔王がピーピーと鳴き声を上げていた。それを、長老をはじめ多くのエルフが見守っている。
魔王といえど赤ちゃんは可愛く、マリはなでようと手を伸ばした。
―――――カプっ!
「痛い、痛い、痛―――いっ!」
そして、見事に指を咬まれてしまったのだ。
「元気のいい子じゃ。これで里も安泰じゃな」
「十年もすれば完全復活なさるでしょう。若い魔王さまに不老玉は必要ありません」
「ファムから聞きましたが、最長老さまが亡くなり不老玉の生産ができなくなったそうですね」
「はい、そうです」
「残念です。できれば欲しかったのですが」
「聖女さま、残っている不老玉があります。数が少なく申し訳ないですが、それでよければ差し上げましょう」
長老の合図で、箱に収められた不老玉が運ばれて来た。
「これで問題が解決しました。ファムさまと聖女さまのおかげです」
「長老よ、礼はわし一人でよい。聖女は欲にかられ不老玉を取りに来ただけじゃからな。すべてわしの手柄じゃ、はっはっはっ」
「ファムは昔っから変わりませんねぇ」
嬉しそうなファムを見て、サンドラはため息をつくのだった。
里の長老との会見が終わり、マリはみんなのところに戻った。
「話は済んだ?」
ソフィがたずねる。
「ええ、事情もすべてわかったわ。お礼をもらったらスターニアに引き上げよ」
「お礼って?」
「これよ」
マリは金色の魔法玉を見せた。
「不老玉を五十個もらえることになったの」
不老玉はメンバー全員に三個づつ配った。摂政とクリスにも同じ数だけ渡し、残りは王国に贈る予定だ。
◇*◇*◇
ハリルは共和国へ帰ることになった。ファムとウェグがつき添い帰国する。
「ファム、ハリルくんと結んだ契約についてあれこれ言いません。それは二人の問題ですからね」
「マリは話せる。サンドラとは大違いじゃ」
「ただ、成人前のエッチは厳禁です!」
「ダメか?」
「絶対にダメですっ!!」
「まぁ、マリには逆らえん。十六歳までお楽しみはお預けじゃ」
「ウェグ。今回はありがとう。ハリルくんをよろしくね。それと子供たちにもよろしく伝えておいて」
「ああ、わかった」
「それと魔法玉を渡しておくから、あなたや子供たちのために使ってね」
「なんじゃ、わしにはくれんのか?」
「ファムの分もちゃんと用意してあるから」
そう言って二人に小さな袋を手渡した。ファムはすぐに袋を開け、ゴソゴソと中身を確認する。
「ちぇ、蘇生玉はたったの十個か」
「ファムは死にそうにないでしょう。それだけあれば十分です。それに、袋には別の玉をたくさん入れてあるから」
ファムが改めて袋の中を覗けば、紫色の玉が数多く入っている。
「これは?」
「魔力増強玉よ。魔導刀を使うならあった方がいいでしょう。それにはハリルくんの分も入ってるから、必要に応じて彼にも分けてね」
それから、マリはハリルに向かい合った。
「ハリルくん、みんなと別れは済ませた?」
「はい。ソフィーアさま、デリックさん、ギルバートさんとも話せました」
「そう、良かったわ。あなたが共和国にいても、わたしの大切な人に変わりないわ。それだけは忘れないで」
「ありがとうございます」
三人はマリに別れの挨拶をして、ルイスの待つ宿屋へ向かう。合流したあと共和国へ向かうのだ。
翌日、マリのパーティーもコマリに乗って聖女自治区に帰還した。ミスリー城に着くと、ヴィネス侯が元気な姿で出迎えてくれる。
「閣下、健康になられ何よりです」
「ご心配をおかけしました、聖女さま」
マリは、スターニアでの経緯を摂政とクリスに説明した。そして入手した不老玉を手渡す。
「閣下、それにクリス。これからも自治区のことで苦労をかけると思います。その前払いと思って受け取ってください」
「感謝します、聖女さま。せっかくいただいた寿命です。それに
「ありがとう、マリ」
二人は深く頭を下げる。
こうして、不老玉騒動はとりあえず幕を下ろしたのだった。
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