61話 忌まわしい記憶

 名無き魔王を討伐し不老玉を入手したマリは、温泉で長旅の疲れを癒していた。


「う~ん。収穫の多い狩りだった」


 彼女は肩まで湯につかり満足そうに笑みをこぼす。


「討伐も楽しかったけど、聖竜騎士団の戦力が大幅に上がったのが嬉しいのよね」


 今回の遠征で多くの団員が強化術をマスターした。またハリルに再会し、現代魔術のことを詳しく教えてもらった。彼の説明を参考にして、ルリとギルバートが習得に励んでいる。


「魔法玉もたくさん作ったし、わたし抜きでもかなり高度な作戦ができるわ」


 そう言って喜ぶマリだが、その笑顔は次第に曇って行く。


「それでも、ファムが来なかったら名無き魔王に勝てなかった……」


 聖竜騎士団のベストメンバー、それにガル、サンドラ、ウェグを加えても魔王を倒し切れなかったのだ。


「彼女は五英雄だけあって実力がまったく違う。伝説の聖女はあんな部下を持っていたのか」


 ソフィは、あの域まで到達できるだろうか?

 行けたとして、どれだけ時間が掛かるだろう?

 そう考えるとため息しか出てこない。


「それに装備を何とかしなくちゃね。ファムの魔導刀は素晴らしかったわ。あれくらいの武器を、聖竜騎士団のみんなにも使わせてあげたい」


 ゲームの話だが、マリは名剣名刀を数多く持っていた。この世界がゲームとリンクしてるなら、それらのアイテムがアルデシアのどこかにあるはずだ。


「いったいどこにあるのだろう?」


 彼女は湯に沈みブクブクと泡を吐いた。




「お姉さま……お姉さまっ!」


 揺すられたマリは現実に引き戻され、ザバっと湯から顔を出した。


「サラ、どうしたの?」


「どうしたではありません。お湯の中で溺れかけてましたよ」


 サラが可愛い顔を膨らませている。


「ああ、ごめんなさい。考えごとに夢中になっていたから。探し物が見つからず、どこにあるのだろうって」


「探し物……ですか?」


 彼女はしばらく考えた。


「そうだ! お姉さまの探し物とは違うと思いますが、庭で珍しいものを見つけたのですよ」


「なぁに?」


「見ればわかります」


 温泉宿の庭に出るとそれはあった。

 黄金に輝く板状の何か? だ。


「わかった。これって竜体のうろこね。生え変わったので落ちたんだわ」


 持ってみると想像以上に軽い。そしてマリはあるアイデアがひらめいたのだ。


「サラ、ガルさんを呼んで来て」




 やって来たガルにマリは相談する。


「これを盾に加工することはできます?」


「コマリの鱗か。これはちと厄介だぞ」


 ガルの言葉通り、それはどんな加工器具も受け付けないのだ。三人で思案していると、サンドラがコマリを抱きかかえて様子を見に来た。


「どうしたのです? みんなで難しい顔をして」


 事情を聞いたあと、彼女はあっさりと問題を解決してしまう。


「コマリに加工させればいいではありませんか」


 竜に変身したコマリは、ガルの指示に従いレーザーブレスで作業を開始した。しかし、彼女のブレスをもってしても加工が難しい。


「さすが竜神の鱗だな。コマリのブレスが通らない素材は初めてだ」


 半日ほどかかり盾はようやく完成した。思わぬところでアイテムを入手できたマリはご機嫌だ。


「『竜神の盾』いかにも強そうじゃないですか。これなら魔王戦でも絶対役に立ちます!」


「確かに素晴らしい盾だが、マリのパーティーには盾持ちがおらんだろう」


 それを聞いて彼女はガックリと肩を落とした。盾がいくら頑丈でも、魔王の一撃で盾ごと吹き飛ばされるのがオチだ。盾は剣以上に使い手を選ぶ。そして、そんな人材はマリの周りにいない。


 作ったばかりの竜神の盾は、速攻で倉庫の肥やしになったのである。



 ◇*◇*◇



 その日の夜、マリはベッドで休んでいた。その横では、サラとコマリがスヤスヤと寝息を立てている。寝つけない彼女は、そっとベッドを抜け出し居間へ向かった。そこでは、ガルとサンドラが楽しそうに話していた。


「ガルさん、サンドラさん、まだ起きていたのですね。昼間は本当にありがとうございます。おかげで竜神の盾を作ることができました」


「あの盾に相応ふさわしい奴が見つかりそうか?」


「聖竜騎士団にも盾使いがいますが、魔王と戦えるような人材はいませんね」


 マリは、ふーっと息を吐く。


「そうそう、魔王で思い出しましたが、ファムが怒ってましたよ。あんな貧弱な装備で魔王と戦うのは無茶ですって」


「彼女の言うとおりです。装備は何とかしなくてはいけません。王国の資料では、伝説の聖女は素晴らしい武器や防具を持っていたそうです。わたしが聖女なら、それらをどこかに保管しているはずですよね」


「その場所を思い出せないんだな」


「はい、昼間からずっと考えているのですが」


 そんな話をしていると、部屋のドアがバタンと開いてコマリが飛び出して来た。目が覚めて、マリがベッドにいないのに気がついたのだろう。泣きじゃくる彼女を抱きかかえてあやしてやる。


「ほら、ママはここにいるでしょう。どこにも行きませんよ」


 そう言った瞬間、マリは三たび不思議な空間にいたのだ。




 そこは暗い、暗い空間だった。

 そして悲しい咆哮が響いている。


(これは暴竜? コマリの声?)


 ―――気がつくと横に少年がいた。


(聖女よ、そろそろ術をかけてよいか?)


(妖精王さま、もう少しだけ! せめてコマリが泣き止むまで)


(コマリはわかっているのです。これから眠りの術をかけられ、あなたが去ってしまうことを)


(シルフィの言う通りだ。辛いのはわかるがこれ以上待っても……)


 うなずいた聖女を見て、妖精王はコマリを深い眠りに誘う。しかし巨大な竜は決して眠ろうとせず、聖女を見つめポロポロと大粒の涙を流すのだ。


(コマリ! 愚かな母を許して)


 聖女の頬にも止めどない涙が流れた。それを見た竜はゆっくりとまぶたを閉じ、そして深い眠りに落ちて行ったのだ。


 聖女は泣き叫んだ。胸を掻きむしりながら。その泣き声は、アルデナ山のふもとにいつまでも響き渡ったのである。




「ママー、ママー」


「大丈夫ですか、マリ!」


 呼びかけられ、マリは目を覚ました。


「また例のやつか。記憶が戻ったんだな」


「はい……暴竜になったコマリを封印する記憶でした」


 彼女の頬に涙が流れる。


「ママ、なかないで! コマリはもうなかないから。いいこでいるから」


「いいのよ、コマリ。あなたはちっとも悪くない。悪いのはママなの」


 マリは涙を拭くと笑って見せる。そして、コマリを抱いて寝室へ戻ったのだ。


 居間に残された二人は、深刻な顔で互いを見つめ合った。


「今回はちと厄介だぞ」


「はい、ご主人。いままわしい記憶まで一緒に蘇ったかもしれません」


「ああ、困ったことにならなければいいが」


 ガルは腕を組んで黙り込み、サンドラは悲しい顔でうつむいたのだ。




 翌朝、サンドラは恐る恐るマリにたずねた。


「マリ、昨夜は心配していたのですよ。もう大丈夫ですか?」


「はい。悲しい記憶でしたが、きちんと受け止めることができました。それに、嬉しいことも思い出せたのですよ」


 マリはこぼれるような笑顔だ。


「嬉しいこと?」


「はい。探していたアイテムのことです。妖精王さまに預かってもらったことを思い出しました。近いうちに訪ねてみようと思います」


「それはよかったですね。

 ―――それで他に何か思い出せました?」


「いえ、今回はそこまでですけど」


 それを聞いてサンドラは胸をなでおろした。


(聖魔戦争の記憶はまだ戻ってないようね)


 聖魔戦争―――それは、聖女とサンドラにとって辛い過去だ。


(あんな記憶、二度と戻らなければいいのに)


 笑うマリを見ながら、彼女は心の底からそう思うのだった。

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