62話 ハリル、共和国に帰還する

 ここで場面が大きく替わり、これからしばらくハリルとファム、そしてウェグの物語になる。



 ◇*◇*◇



 ハリルはマリと別れたあと、宿屋で待機していたルイスと合流した。彼女はすっかり元気になり、笑顔で彼を迎えてくれたのだ。


「ルイス、前に紹介したけどもう一度しておくね。こちらが僕たちの命の恩人でファム・ラヴィーンさん。そして、横にいるのが彼女の知人でウェグ・ウルフマンさん。共和国へ帰る護衛をしてもらえることになったんだ」


 ルイスは頭を下げるが、目線はファムと激しい火花を散らせている。


「小娘、言っておくぞ! おぬしの命と引き換えにハリルはわしのしもべとなった。これからは手出し無用じゃ」


 大人げなく勝ち誇るファムの前でルイスは唇を噛みしめ、それを見たハリルは苦笑いすることしかできなかったのだ。




 旅支度を整えた四人は、ウェスタット公国からアルセルナ連盟を経由してイブルーシ共和国へ向かった。マリにもらった移動速度上昇玉のおかげで楽に移動できたが、連盟と共和国の国境には魔の森が広がっている。ここを越えないと共和国に帰還できない。


「ねぇ、ファム。共和国からスターニアに行くときもこの森を通ったけど、二十人のパーティーでさえ苦労したんだ。たった四人で抜けられるの?」


 ハリルは心配そうな目でファムを見る。


「大丈夫じゃ、わしは安全な道を知っておる。少し遠回りになるが危険は少ない。

 ただ……」


「ただ?」


「一つだけ難所があるのじゃ」


「それじゃ、そこだけ気配を消して行けばいい。気配断ち結界玉があるしな」


 ウェグが言う。


「残念じゃが、そこにいるのは大トカゲのモンスターで、気配断ち結界が役に立たないのじゃよ」


「本当に大丈夫なの? トカゲに食べられるのは嫌だからね」


 ルイスが嫌な顔をする。


「な~に、難所と言っても何度も通っておる。わしから離れなければ大丈夫じゃ」


 彼らはファムに案内されて魔の森へ入って行った。殿しんがりはウェグが守る。そして巨大トカゲと戦ったのだが、彼女はいとも簡単に撃退したのだ。


「やっぱりファムは凄いや!」


 ハリルは尊敬の眼差しで彼女を見ている。


「いつもはもっと苦戦するのじゃが、今回は魔力増強玉があったからな。十分な魔力を供給できるなら、この魔導刀サンスイは無敵よ」


 ファムは白銀に輝く愛刀を自慢げに見せた。


「魔導刀、ってなに?」


 ルイスが首をかしげる。


「聖剣は知っておろう。あれは神聖魔力を剣に封じ込めたものじゃが、攻撃魔法でも同じことができないか試行錯誤されておる」


「魔剣だね。僕も噂は知っているよ」


「そうじゃ、ハリル。その魔剣の試作品の一つが魔導刀でな。刀自体は魔力を宿しておらぬが、使い手の魔力を導くことで魔剣と同じ効果が出せる」


 ファムが言うように魔導刀サンスイの威力は絶大で、魔の森のモンスターを易々やすやすとなぎ倒していったのだ。



 ◇*◇*◇



 8月8日の夕方。


 ハリルとファムの一行は、ようやく共和国の首都ルーシーに到着した。宿屋に入るなり、ハリルとルイスは靴も脱がずにベッドに倒れ込んでしまう。


「ウェグ、二人の様子はどうじゃ?」


「疲れが溜まってたんだろう。気持ちよさそうに寝ている」


「無理もない。あの歳で魔の森は辛いからな」


 ファムとウェグもソファに座り寛いだ。


「ファム、俺の役目は終わったから家へ帰る。ここでお別れだ」


「ほぉ、おぬしは家を持っておるのか。そんな裕福には見えんが」


 ファムは、値踏みするようにウェグを眺めた。


「そうか、マリから援助を受けておるのじゃな。ウェグは可愛がられておるの」


「止めてくれ! 俺はマリの子分じゃない」


「おぬしがどう思ってるか知らんが、マリはそう考えておらんぞ。ウェグを見るあやつの目は『もっとこき使ってやろう』という嬉しそうな目じゃった」


「お前は聖女の英雄だしマリに使われて本望だろうが、俺は違う。そういうのはご免こうむりたいね」


「何じゃ、知っておったのか。わしが五英雄の一人だと。おかしいの、そのことは秘密にしておるのじゃが―――マリかサンドラにでも聞いたのか?」


「いや、聞いてないが」


「では、なぜ知っておる?」


 ファムは、魔導刀を抜き刃をウェグの首筋に押し付けた。


「こら、物騒なものはしまえ! お前とはナラフのところで何度も会っているだろうが。この淫乱な匂いは一度嗅げば忘れられん」


「ナラフのところ? ウェグ・ウルフマン? もしかして、おぬしはウェングか」


「マリから聞いてなかったのかよ」


「なるほど、ウェアウルフの族長か。マリが大事にするはずじゃ。ウェングの逃げ足はアルデシア最速じゃからな」


「お前は喧嘩を売ってるのか!」


「いや、褒めておる。おぬしのスピードにはわしでさえ遠く及ばんでの。じゃが、偽名を使うならもうちっとマシな名を名乗れ」


「ほっとけ!」


 ウェグは不貞腐ふてくされファムに背中を向けたのだ。




「ところでウェグ。家へ帰る前にわしの頼みを一つ聞いてくれんか?」


「気乗りせんが、マリの仲間じゃ断れん」


「明日、わしはハリルのことで共和国と交渉をしなければならん」


「交渉?」


「そうじゃ、ハリルは契約してわしのしもべになった。しかし、あやつは軍属で共和国の同意がなければ軍籍を抜けられない。その交渉をするのじゃ」


「交渉などせず、ハリルを連れてどこへなりと行けばいいだろう」


「それも考えたが、やはり非合法は気が引ける。それに、わしはここでハリルと所帯を持ちたい。あやつといると、胸がこうキュンと締めつけられるのじゃ」


「胸がキュン……って、お前、何歳だよ」


「わしに喧嘩を売っておるのか?」


 ファムは、再び魔導刀の切っ先をウェグの喉元に突き立てる。


「お、俺が悪かった。それで頼みって何だ?」


「交渉が終わるまでハリルの護衛を頼みたい。明日の夜まででよい」


 そして翌日。ファムはハリルの軍籍を解くため、黄金の三騎士の一人クリフの館に向かったのだ。

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