140話 再び動き出した闇の魔導士会
場面が変わり、ここはグレゴ衆国の首都グレゴン城塞である。
今から三か月前のことだ。大賢者イライアス・ワイズマンの邸宅に数名の訪問客があった。
「これは、これは。幹部の方々お揃いで。ようこそいらっしゃいました」
客が応接室に入ると会談が始まった。
「ワイズマン、魔の森侵攻計画は失敗だったな」
男の一人が含み笑いしながら言う。
「莫大な損失を出し、入手できた闇結晶がわずか五十キロとはどういうことだ」
別の男は険しい表情で詰問した。
「確かに金銭的には大損害でした。しかし、我らの戦力は温存されております。合成魔王五人と闇結晶技術を用いた高性能魔導杖が五百本、未だ闇の魔導士会の手にあるのです」
イライアスが話している相手は、闇の魔導士会の幹部たちだ。
「終わったことはこれ以上問わぬ。それより、お前が提出した新しい計画について聞きたいことがあるのだ。今日はそのために来た」
「スローン帝国クーデター計画ですな。それでどのようなことでしょう?」
「根本的な疑問だが、あの国で政権交代させて我々にどんな利益がある?」
「はっきり申し上げてクーデター自体には何の益もございません。真の目的は神秘の森に眠る闇結晶でございます」
「やはりそれか。しかし、そうであれば別の疑問が生じる」
「そうだ、神秘の森は竜神の縄張り。あそこの闇結晶は欲しいが、それが理由で今まで手を出せなかった。それはお前も知っているだろう」
「はい、あのダンジョンには竜神に与する魔王たちが住みついております。また、聖女の部下も見回りしている様子。竜族を相手に干渉するのは無謀でしょう」
「それをわかっていて、なおも神秘の森を狙うと言うのか?」
「はい」
「ならば、詳しい内容を聞かせてもらおう」
イライアスは計画のすべてを説明した。すると、聞き終えた幹部たちの顔に笑みが浮かぶ。
「ワイズマン、期待しておるぞ」
「今度こそ大量の闇結晶を手に入れることができよう」
こうして、闇の魔導士会が動きだしたのだ。
◇*◇*◇
スローン帝国南部にある城塞都市サースロン。そこの街並みを、黒い衣装を身にまとった三人の男女が歩いていた。
「お師匠さまー、スローンへ帰るのは久しぶりですねー」
「最近はエトナ城塞に籠っておったからな。
―――それはそうと、アロルン。語尾を伸ばすのは止めよと何度言ったらわかるのじゃ。聞いていると無性に腹が立つから止めよ」
「まぁ、まぁ、話し方なんて人それぞれだろう。それより目的地が見えてきたぞ」
彼らは、マリナカリーン、弟子のアローラ、用心棒のエリックだ。そして、大きな魔法ショップの中に入って行く。
「ごめん、店の主はおるか」
その声を聞き店員が奥へ下がると、しばらくして恰幅のいい男が出てきた。
「私が店主のサイトルです。お客様は?
お召し物から察するに魔術師協会の方とお見受けしましたが、どういったご用向きでしょう」
「闇結晶のことで話があるのじゃ」
それを聞いた店主は一瞬、顔をしかめる。だがすぐに笑顔に戻った。
「どのようなことですか?」
「これを売りたいのじゃが、いくらで買い取ってくれる?」
マリナカリーンが目で合図すると、アローラが布にくるまれた闇結晶を店主に見せる。それは指の先ほどの大きさだ。
「おおぉ、これはまた大きな闇結晶ですな。安く見積もっても金貨三十枚はくだらないでしょう」
「闇結晶が値上がりしてるのですかー? 普通なら金貨二十枚ほどですよねー」
アローラは探るような目で店主を見た。それに気が付いたのか、彼はそれ以上しゃべらず黙り込んでしまったのだ。
「これ、店主。腹の探り合いは好かん。知っていることをすべて話すのじゃ。そうすればこの闇結晶はくれてやろう」
悩んでいた店主だが、やがて話しだした。
「これから話すことは他言無用に願います。じつは、領主の命令で闇結晶が極秘に買い集められているのです」
「極秘に?」
「はい。仲間のあいだで『近々、軍事行動があるのでは』とささやかれています」
「闇結晶など戦争に使われんじゃろう」
「そうなのですが、闇結晶を使った高性能の魔導杖が開発され、その製造のために闇結晶が必要になっている、という噂がありまして」
「なるほど。それで、領主はどこと戦争をはじめるつもりなのじゃ?」
「現政権の転覆を企んでいるとか。それ以上のことは私共ではわかりません」
マリナカリーンは闇結晶を渡して念押しする。
「よいか、おぬしが話したことは絶対に漏らさぬ。その代わり、わしらが来たことも誰にも話さぬように」
「心得ております」
店主がうなずくのを確認し、マリナカリーンたちは店をあとにしたのである。
「お師匠さまー、やはり闇結晶がスローン帝国に集まっていましたねー」
アローラは、魔術師協会の闇結晶担当者として流通ルートに目を光らせている。それで、今回の異変がマリナカリーンの知るとことになったのだ。
「スローンは神聖魔力が濃く竜神教徒が多い土地じゃ。闇結晶に興味を示す国ではないのだが」
「しかし店主の話では、ここの領主は戦争に闇結晶を使うそうじゃないか」
「闇結晶を使った高性能の魔導杖を製造する、と言っておったな」
「でもー、高性能魔導杖は魔術師協会が独占していて厳重に管理されています。簡単に作れるものではありませんよー」
アローラの言葉を聞き、マリナカリーンはしばらく考え込む。
「マリリン、何を考えている?」
「エリックよ、少し前に暗黒樹事件があったであろう。そのとき、マリアンヌがこんなことを言っておったのじゃ。『魔の森侵攻軍が闇結晶を用いた高性能魔法杖を使用していた』とな」
「それが本当なら大変ですよー! そんな杖が普及したら戦争の様相が変わってしまいます!」
「高性能とはいっても、わしやアロルンが使っておる暗黒樹の杖より性能は劣るじゃろう。まあ、それでも十分に脅威だが」
「お師匠さまー、魔の森侵攻軍は闇の魔導士会が率いていました。今回も、彼らが裏で糸を引いているのでしょうかー?」
「おそらくそうであろう。これは、徹底的に調査せねばならぬようじゃな」
こうしてマリナカリーンたちは、マリとは別に動き始めたのだ。
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