3話 冒険者になろう!

 翌朝、マリとソフィは酒場で再会した。


「昨日は危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました」


「そんなにかしこまらないでよ。わたしはもう騎士じゃないから」


「もう騎士じゃない?」


 ソフィは苦笑いしながら説明する。


「実はね、退団したんだ」


「もしかして、昨日の事件が原因で辞めさせられたのですか?」


「違うわ。退団は別の件で決まっていたの。昨日は、最後のお勤めだから挨拶回りしてたのよ。偉い人に会うから正装してたでしょう」


 なるほど。あのときは鎧をつけてなかったし警備中の騎士の格好じゃなかった。とりあえず迷惑はかけてないようだ。


「それにしても無事でよかったわ。でも、あんなガラの悪い場所に二度と近寄らないでね」


「ごめんなさい。街に不案内で……つい、迷い込んでしまいました」


 冷や汗を流しながらマリはごまかした。用を足したかった、なんて口が裂けても言えない。


「ミスリーは初めて? 困ってるなら相談に乗るわよ」


 はい、と答えながらマリは悩んだ。転生して来た、そんな話をして信じてもらえるだろうか?


「あの……」と、言いかけて口をつぐむ。


 やっぱり信じてもらえないだろう。自分自身でさえ信じられないのだから。




 そのあと、この世界についてソフィから話を聞くことができた。


 やはりここはアルデシア大陸で、その他の地名もゲームと同じだ。地理だけでなく多くのことがそっくりそのままで、自分の知識がこの世界で通用するとわかり、マリはホッと胸をなでおろす。


 そうそう、ソフィは自身のことも話しててくれた。彼女は男爵家の長女で、騎士になるため父の領地からミスリーへやって来た。騎士は十二歳から見習い教育を受けはじめ、十六歳で本採用される。十七歳の彼女は正騎士二年目だ。


 そんなことがわかる頃には、二人はすっかり打ち解けていた。


「五年も頑張ったのにもったいないね、正騎士」


「カッとなって先輩に手を上げてしまったの。その人は大貴族の子弟だから大問題になったわけ」


 ソフィの容赦のない戦いぶりを思い出し、マリは先輩騎士に同情してしまう。


「退団したし、わたしは父の領地に帰るわ。

 ―――マリはどうする?」


「わたしは冒険者になる。ソフィに借りたお金も返さないといけないしね」


「冒険者にならないかって、わたしも誘われたけど……それって楽しいの?」


 この質問にマリの瞳がキラリと輝いた! その表情は、よくぞ聞いてくれました、と言わんばかりだ。


「こんなにワクワクすること他にないって。パーティーメンバーにそれぞれ夢があってね、助け合いながらそれを実現するの!」


「マリの夢って?」


「わたしのパーティーを作って大陸を冒険して回るわ。珍しいアイテムや金銀財宝を集め、それを元手にクランを作る! そのクラン名とエムブレムをアルデシア全土にとどろかせるのよっ!!」


 クランというのは志を同じくする冒険者の集まりのことで、ゲームの中でマリのクランを知らない者など一人もいなかった。


 もう一度、この世界でそれを再現する!


 そう考えると体の奥からフツフツと熱いものが込み上げてくる。彼女は興奮して立ち上がり、片手を腰にあてガッツポーズを決めていたのだ!


「壮大な夢ね」


「夢じゃないよ。これから冒険者ギルドへ行って登録するつもり。噴水の広場にある四階建ての建物がそうでしょう」


「マリの話を聞いているとこっちまで嬉しくなってくるわ。よし、決めた! わたしが最初のメンバーになってあげる」


 真っすぐなソフィの青い瞳を見て、マリの心臓はドキドキと音を立てた。


「いいの?」


「もちろん、これからよろしく!」


 ソフィが差しだした右手を、マリはためらいつつもしっかり握ったのだ。



 ◇*◇*◇



 夕刻、二人は冒険者ギルドの扉を開いた。


 室内は大勢の冒険者で賑わっていて、フロアに入るとさっそく声をかけられる。ソフィの知り合いでデリック・アンダーソンという剣士だ。黒い髪を刈りあげた二十六歳の大柄な男で、冒険者として人望が厚い。


「よう、ソフィ。ギルドに何か用か?」


「冒険者になろうと思ってね。登録を済ませたらご同業よ」


「ほぉ、どういう風の吹き回しだ? この前誘ったら故郷へ帰るって」


「いい相棒が見つかったの」


「そりゃいい、冒険者にとって仲間は何より大切だ。お前は腕も立つし、いい冒険者になるぜ」


「デリックに紹介しておくわ。こちらがわたしの相棒、マリよ」


「マリ・ミドーです」


「デリック・アンダーソンだ。よろしくな」


 マリとデリックは互いに握手する。


「そいえば、横にいる男の子は誰なの?」


 ソフィが見やった先には、十歳くらいの少年がいた。男の子らしく短く切りそろえた髪は濃い褐色ブルネット琥珀色アンバーの瞳で目元が愛らしい。黒いローブを羽織り、つばの広い黒帽子を手に持っている。


「こいつは、ハリル・ディオン。俺のパーティーの新しいメンバーだ」


「この子がハリル? 噂は聞いてる。天才少年魔術師だって」


「ああ。まだ十歳だが、魔術師協会が認定した正魔術師だぞ」


「魔術師は経験より才能だって聞いてたけど、本当なのね」


 ソフィはハリルと呼ばれた少年を見つめ、そして微笑んだ。


「お姉さんは今日から冒険者になるの。あなたは先輩ね。よろしく、ハリル」


 少年は顔を真っ赤に染めた。


「ソ、ソフィーアさま、そんな言い方をされると困ってしまいます……み、みんなあなたに憧れているん……です……」


 最後は小さく口ごもる少年の髪を、ソフィは嬉しそうになでた。すると、彼は恥ずかしさのあまり部屋を飛び出して行ったのだ。


「おいおい、うちのメンバーをイジメるなよ」


「悪いことをしたかしら」


 二人は大声で笑い合ったのだ。




 冒険者たちとの雑談を切り上げ、マリとソフィは冒険者登録を済ませた。マリは神官。ソフィは剣士。普通なら経験のない彼女たちはFランクなのだが、ソフィが騎士だったこともありCランクからのスタートになった。


「これで明日から狩りよ」


「早く行きたいなー。期待しててね、便利な魔法をたくさん使えるから」


「へぇ、どんな魔法なの?」


「それは明日のお楽しみ」


 嬉しそうに笑うマリを見つめ、ソフィも笑う。


「明日は早くに出発するからね。今夜はもう宿屋へ戻りましょう」


「そうね」


 こうして二人は肩を並べ、冒険者ギルドを後にしたのだ。

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