2話 美しき女騎士、ソフィーア
街で仕事探しを始めたマリだが、いきなり深刻な状況に陥ってしまった。決意とか覚悟ではどうにもならない大問題が発生したのだ。
「公衆トイレはどこにあるのだろう……ゲームにそんなのなかったし」
どうする?
「酒場に行けば何とかなるかな? でも、無一文で貸してもらえるのかしら」
考えあぐね歩き続けるが、足はしだいに小走りに変わっていく。路地裏を走り回りようやく茂みを見つけると、マリはそこへ飛び込んだ!
そして用を済ませ、素知らぬ顔でその場を立ち去ろうとしたとき、彼女は唐突に自分が陥っている危機に気がついた。今いる場所は倉庫街でひと気がなく、治安が悪いという言葉を絵に描いたような場所なのだ。
背中に悪寒を覚えこっそり歩き出そうとしたとき、どこからか現れた四人組の男に行く手をさえぎられた。
「へっへっへっ、お嬢ちゃん。俺たちのシマで粗相はダメだよなぁ」
男たちは
そして、抜き身の剣を持った四人がじわじわ近づいて来ると、彼女はすくめた首を両手で抱え、その場にうずくまってしまったのだ。
(ああ、さようなら。わたしの新しい冒険)
その時だった!
鋭く
「そこで何をしている!!」
男たちは声のした方へ振り返り、マリも恐る恐る目を開け同じ方向を見た。そこに居たのは
スラリとした長身に長い脚、タイトな白いパンツに黒のロングブーツ。顔は小さくベリーショートのブロンドヘアで、澄んだ青い瞳に小麦色の肌が美しい。
その女騎士が言葉を続ける。
「大人しく解散するなら見逃すけど?」
「わかったよ。騎士様には逆らわねぇ」
男たちが彼女の横を通りすぎ、最後の男がすれ違おうとした瞬間、そいつはいきなり剣を振りかぶった!
ズザッと鈍い音がして血しぶきが飛び散る! 倒れたのは襲いかかった男の方で、女騎士が抜剣から切り払ったのだ。
「やってくれたな!」
「仕かけたのはそっちでしょう!」
口で応じる彼女だが手はそれ以上に速く動き、剣先が流れるように走ったかと思うと二人目が切り倒された!
力の差は歴然だ。男たちは不用意な判断を呪うがすでに遅く、手を出した相手は凶暴な笑みを浮かべている。
三人目の男が破れかぶれでナイフを投げた!
女騎士は余裕の表情で身をかわそうとするが、すぐに顔が引きつった。投げられたナイフの射線上に人がいることに気がついたのだ。
(このままではあの
剣で弾くタイミングは逸している。彼女は自らを盾にしてナイフを左肩で受けた。激痛でひるんだところを四人目の男に切りつけられ、そのまま膝をついてしまう。
それを見て悲鳴をあげるマリ!
彼女は
(どうやったらヒールを使えるのっ!?)
戸惑うマリだが、混乱する頭とは逆に口が勝手に呪文を唱えている。そしてその直後、女騎士はまばゆい光の渦に飲み込まれたのだ!
意識を失う寸前の女騎士だったが、光を浴びると激痛が嘘のように消えていく。
「よくもやってくれたわね!」
彼女は、男たちをにらみつけると野獣のように飛び跳ねた! そして彼らは、荒れ狂う剣風の前になす
静寂の中、マリは茫然としていた。目の前には肩で息をする女騎士と男たちの死体が四つ。頭はまだ混乱し、自分が何をどうしたのかすら覚えていない。
「大丈夫?」
「はい」
ホッと
(どうしたのかな?)
マリは小首をかしげた。すると、女騎士は真剣な顔でこうたずねたのだ。
「あなた、処女?」
パァ―――ン! 加減なしの平手打ちの音が倉庫街に鳴り響いたのである。
四人死亡という凄惨な結果になった事件だが、事後の処理は早かった。騎士の立場と男たちの素性を考えれば当然だろう。
取り調べから開放されたマリは、女騎士の後ろをトボトボと歩いていた。
「あの、まだ怒ってます?」
「別に」
女騎士は答えるが、見るからに不機嫌そうだ。
マリは、小走りで彼女を追い越し回れ右をすると「ごめんなさいっ!」と勢いよく頭をさげた。そして、腫れあがった左頬に右手を当て呪文をつぶやく。すると、先ほどと同じようにまばゆい光が発生して腫れが一瞬で引いたのだ。
女騎士は驚きながら自分の頬を何度もなでた。
「あなたのヒールってずいぶん派手ね」
「ヒールってこんなものじゃないですか?」
「わたしの知ってるヒールとずいぶん違うような気がするけど」
考える仕草をするが、すぐマリに向き直る。
「まぁ、いいわ。わたしはソフィーア・スタンブール。ソフィって呼んで」
「マリ・ミドーです。わたしもマリで結構です」
「そう。じゃ、マリって呼ばせてもらうわ」
笑顔になったソフィを見て、マリも微笑む。
ソフィは宿屋まで案内してくれた。無一文なのを白状すると笑いながら立て替えてくれ、食事のお金まで持たせてくれたのだ。
朝から何も食べてないので本当にありがたく、マリは何度も頭をさげた。食事はソフィと一緒にしたかったが、彼女は事件の報告のため騎士の
◇*◇*◇
ソフィは、報告へ行く前に宿舎に戻り血だらけの服を着替えた。負傷した肩を調べるが傷跡は見つからず、それどころか古い傷まできれいになくなっている。
「ヒールは何度もかけてもらったけど、これは本当に凄いわね」
鏡に写った自分の体を見ながら、彼女はマリのヒールを思い出していた。
光り輝く高レベルなヒール―――そんな魔法を使える人物に、ソフィは一人だけ心当たりがあった。それは、アルデシアの伝説に登場する純潔の女神官で、巨大な神聖魔法を操るその人は『聖女』と呼ばれている。
彼女は聖女を連想し、マリに向かい『処女?』とたずねたのだ。
しばらく考えていたソフィだが、やがて結論を出した。
「伝説のお話よ、あまりにバカバカしい」
彼女は気持ちを切り替え、どう事件を説明しようかと考えながら、騎士団長のいる詰所へ向かったのだ。
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