聖女に転生したら幼い竜になつかれてしまいました。チートで無双する困った子ですが、可愛いので一緒に暮らしていこうと思います。

お気楽ドードー

一章 転生聖女とダークヴァンパイアの陰謀

1話 マリ、異世界に旅立つ!

 朝日が昇り始め、とある民家の一室にも秋の清んだ空気が流れ込んでいる。そこには一人の少女がいて、深呼吸すると伸びをして凝り固まった体をほぐした。


 彼女の名前は御堂マリ。

 十七歳の女子高生だ。


 これから登校する、というわけではない。今日は休日で、それを見込んでマリは徹夜でネットゲームをしていたのだ。そのため全身が筋肉痛で目の下にはクマができているが、それでも彼女は楽しくて楽しくて仕方ない。


 パソコンのモニターを見つめ、キーボードを叩いてチャットに書き込む。


「そろそろ限界かな、いちど落ちるねー」


 するとすぐに返信があった。


「聖女、乙」


「聖女は昼からもインするんでしょ」


「マジでタフだもんなー、聖女は」


「じゃ聖女、1時ころにね~」


 仲間のカキコに心がなごむ。




 聖女というのはゲームでのマリの通り名だ。


 このゲームはMMORPGと呼ばれるもので、多くのプレイヤーが仮想空間につどい冒険する。彼女はサービスが始まった時からのベテランプレイヤーで、レベルは99になっていた。これ以上のレベルはまだ実装されてなく、無意味に経験値だけが貯まっている状態だが、それでも冒険が楽しくて止める気になれない。


 眠たい目をこすりながら、ふと考える。どうしてこんなに夢中になっているのだろう? と。


 このゲームに出会ったきっかけは鮮明に覚えていて、それはネットで目に留まったあるキャラクターの画像だった。美しい女神官で彼女を強烈にひきつけた。長く艶やかな黒髪に白く透き通った肌、目元は涼しくエメラルドの瞳が印象的だ。ほっそりした体を白いローブで包み込み、その姿はこの世のものとは思えない不思議な気品にあふれている。


 それを見たあと、マリは魔法にかけられたようにログインしていたのだ。


 キャラクターだけではない。仮想現実の世界はあまりに美しく、彼女の心をわしづかみにした。中世を描いたファンタジー世界。十万を超えるプレイヤーが、まだ見ぬ何かを求めて冒険するフロンティア。そして、彼女もそこを旅する一人になった。

 ―――美しい女神官として。




「ふぁ~、お昼のインに備えて寝ておかないと」


 大きなあくびをしながらパソコンの電源を落とそうとした時だ。


「……」


「えっ?」


 今、声のようなものが聞こえた気がした。

 確かめようと耳を澄ましてみる……


「……聖女……」


 こんどはかなりハッキリ聞こえる。心に直接響く不思議な声。


「聖女? それってわたしのこと?」


 その瞬間、視界が大きく揺れた!


「えっ? わたし……どうなって……」


 意識はどんどん遠のいていく。

 死への恐怖は感じない。

 それでも最後に残った意識でつぶやいた。


「お母さん、お父さん、ごめんなさい。お兄ちゃん、本当にごめんね」


 ―――そして、マリは旅立ったのだ。



 ◇*◇*◇



 意識が戻ってくるのを感じ、マリはゆっくりまぶたを開いた。彼女が立っているのは噴水がある広場で、目の前には立派な四階建ての建物がある。何かの事務所だろうか、多くの人が出入りしていた。


 ここはどこだろう?


 辺りを見渡せば北の方角に荘厳な城があり、初めて見るはずなのになぜか名前を知っているのだ。


「ミスリー城! だとしたら、さっきの建物は冒険者ギルド?」


 まさかと思い周囲を確認すれば、宿屋、酒場、武器屋、薬屋……みんな見知った位置にある。


「間違いない、ここはミスリーの商業区だわ!」


 城塞都市ミスリー。それは、彼女がプレイしていたゲームに登場する都市だ。アルデシア大陸の北に位置するミストレル神国の首都であった。




 あまりのことに驚くマリだが、戸惑ってばかりもいられない。この状況を理解するため頭をフル回転させる。


 ゲームの世界に転移した?


 そう考え視線を自分自身に向けて見れば、着ているのは白いローブで、先ほどまで自室で着ていた服とは違っている。


「これってゲーム内のコスチュームね」


 そこまでわかるとあることに思い当たり、それを確かめるため噴水にかけ寄り水面をのぞき込んだ。映ったのは艶やかな黒髪にエメラルドの瞳。そう、そこにはあの美しい女神官の顔があったのである。


 マリは理解した。自分が使っているゲームキャラクターに転生したことを。


 彼女はヘナヘナと座り込んでしまった。怖かったのではない。憧れていた女神官になれたことが嬉しく、思わず力が抜けたのだ。


「喜んでる場合じゃないって!」


 そう自分にいい聞かせるが、喜びが込み上げて来るのを抑えきれない。


 噴水の前でペタンとお尻をつき、両手で自分の顔を触りながら幸せにひたっていた彼女だが、行き交う人々の冷たい視線に気がつきようやく我に返った。立ち上がるとスカートのほこりを払い、なに食わぬ顔でその場を離れたのだ。




 マリは雑踏ざっとうの中を走りだした。ここがミスリーならぜひ見たい景色がある。


 城壁の階段を探しその上に登れば、そこは少し寒く朝の空気が心地いい。彼女は大きく伸びをして北の方角を見渡した。そこには刈り入れが終わったばかりの麦畑が一面に広がっている。


 その先に目をやると、なだらかな丘、うっそうとした森、ゆるやかに流れる川があり、さらに視線を北へ向ければ、朝日を浴びて白く輝く山々が東西に連なっていた。


「あった! アルデシア山脈だわ」


 この世界の北端は一万メートル級の山々のおおわれ、それはアルデシア山脈と呼ばれている。


 視界に広がる風景を見ながらマリは思う。みんな知ってるけど、みんな初めてみたいな不思議な感覚。この世界をもっと見たいし、もっと知りたい。彼女は、小さな拳を胸の前でギュと握りしめ「よしっ!」と小さくつぶやいた。


「そういえば、このゲームってスタート時の所持金がなかったけど」


 服のポケットを探ってみるが、やっぱりお金は持っていない。


「どうやら最初の冒険は仕事探しね」


 幸いなことに、街は活気にあふれていて働き口くらいありそうだ。日は昇ったばかりで時間は十分にある。彼女は、軽ろやかな足取りで城壁の階段を降りて行く。


 マリの新しい冒険はこうして始まったのだ。

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