132話 解き放たれる竜の力!

 それからしばらくして、オベロンとシルフィが王の間に入って来た。護衛の玉藻前タマモノマエとヨルムンガンドも一緒だ。


「聖女よ、決着がついたようだな」


「はい、バフォメットは倒しました。ですが、このまま放置すれば復活してしまいます。妖精王さまの力で封印することができそうですか?」


 彼は四散した肉片を調べた。


「うん、大丈夫だ。これだけ損傷が激しければ確実に封印できる。

 ―――シルフィ、闇結晶を取ってくれ」


 はい、と言いつつ、彼女が闇結晶をオベロンに渡そうとしたときだ!


 ガガン! ガラガラガラガラ、ガラン!!

 大音響と共に部屋の壁が破壊され、そこから巨大な竜の首が現れた!


 驚いたマリだが、冷静さを取り戻すと黄金の竜に向かい声をかける。


「コマリ、どうしたの?」


 その問いかけを無視し、竜はバフォメットの死骸に顔を寄せた。そして、悲しげな咆哮をあげだしたのだ。


 クオォ――――――!

 クオオオォォォォォォ!


 低く重たい音が部屋にこだまする。すると死骸に変化が現れた。散らばった肉塊の中から金色の液体が流れだし、それはスライム状になったのだ。


「もしかして、これが竜元素なの?」


 注意深く観察していると、黄金のスライムはさらに変化して小さな竜になった。そして、ピー、ピーと鳴き声をあげたのである。


「クオォ―――」


「ピ―――、ピ―――」


 二体の竜は、互いに共鳴するかのように鳴く。すると大きな竜が口を開け、目の前の空間を歪めだした。やがて次元の門が開き、小さな竜はその前に立った。しかしそこから動こうとせず、何度も何度も振り返っている。


 グオォォオオッ!!


 母竜が吠えるとあきらめたのか、子竜は門の中にすごすごと入って行った。そして次元の門は消えたのだ。


 それは竜体の子別れだった。母竜から生まれた子竜が別の次元に旅立って行ったのである。


 別れの儀式が済むと竜はコマリに戻った。そして、マリの腕の中で寝息を立てはじめる。スヤスヤと眠るわが子を抱きながら、彼女は優しく微笑んだ。


「お疲れさま、コマリ。今日は大きな仕事を二つもやり遂げたわね」


 こうして『竜の力事件』は、すべての幕を下ろしたのだ。



 ◇*◇*◇



 以下は後日談である―――


 今回の作戦で千人以上の魔族が負傷したが、幸いにも滅びた者はいなかった。


 タナトス城塞の破損もわずかで、誰が城主になるかでベリアルとアザゼルが話し合っている。タナトス領を縮小した上で、神秘の森のアマルモンが領主になる線で落ち着きそうだ。




「お姉さま、ナラフさまの容態はどうですか?」


「元気よ。さすがに神聖ブレスを何発も食らったのは堪えたみたいだけど」


「よかったです」


「サラも、何ともなくてよかったわ」


 竜神宮の寝室のベッド中で、マリはサラを抱きしめた。その横でコマリとピーが仲良く寝息を立てている。


「そういえば、ピーはずっとトカゲの姿だけど、どうして赤ちゃんに戻らないの? 以前は、あんなに人の姿になりたがっていたのに」


「家族はみんな人の姿ですから、トカゲの姿に引け目を感じていたようです。でも今回のことで、みんながトカゲのピーちゃんを褒めてくれました。それで、この姿が誇らしいんですよ」


 サラは母親の眼差しで、黄金のトカゲの背中を優しくなでる。


「ホントね。陰から見ていたけど、あのときのピーは最高にカッコよかったもの」


 そう言いながら、マリもピーをなでようとしたときだ。


 ―――カプっ!


 寝ぼけながらも、彼女の手にしっかり咬みついたのである。




 場面は変わり、ここは魔の森の自衛隊基地。


「先生。聖女さまは、次元の門をどうなさるつおもりでしょう」


「さぁ、どうする気でしょうね。マリアンヌのことですから忘れているのかもしれません」


 レスリーとユーリは、互いに顔を見合わせ苦笑いするのだった。



 ◇*◇*◇



 事件が解決した一か月後、マリは魔の森の自衛隊基地を訪れた。バフォメット討伐の謝礼をするためである。


 互いに正装したマリと秋山三佐が会談した。


「三佐には本当に感謝しています。自衛隊の協力がなければ倒せない強敵でした」


「お気になさらず。これは政府の命令で、我々はそれに従ったまでですから」


 秋山も笑いながら応じる。


「ところで、娘さんの容態はどうですか?」


「おかげさまで、すっかり健康になりました。元気に走り回っていますよ。本当に凄いですね、アルデシアの医療技術は」


 日本訪問のとき、マリは秋山の娘の香織を治療した。それは日本政府の知るところとなり、治療の依頼が殺到したのだ。彼女は、暇を見つけては魔の森の自衛隊基地に行き難病患者を治している。


「政府のお偉いさんたちは、すっかりマリアンヌさんのファンですよ」


 秋山は苦笑いする。


「そういえば次元の門ですが、日本政府の要請通りしばらくこのまま、ということでよろしいのですね」


「はい。門を開けたオセとバフォメットが滅びてしまい、閉じる方法がなくなってしまいました」


「見つかるといいですね、閉じる方法が」


「懸命に探していますが、仮にその方法が見つかっても百年は現状を維持するつもりです。そうしないと、日本政府は思い切った投資をできないでしょう」


 これはマリの嘘だ。次元の門はコマリの魔力消去で消滅する。しかし彼女はそうしたくなかった。武蔵野いる父と母が亡くなるまでそばにいてあげたい。


「この基地は仮の施設ですが、すぐに本格的な工事が始まります。街を作り病院を建設し、多くの難病患者がここを訪れることになるでしょう」


 秋山は嬉しそうに話す。


「それはそうと、治療代は本当にチョコレートでいいのですか?」


「ええ、構いません」


 治療の報酬についてマリは悩んだ。お金をもらっても意味がないし貴重なものも困る。そこで思いついたのがチョコレート。これは正解だったようで、チョコは引く手あまたの大人気だ。特にアルベルトとセリーヌは気に入ったらしく、もっと欲しいとマリをせっついている。


 こうしてアルデシアと日本の友好条約が結ばれ、小さいながらも交流が始まったのである。


「アルデシアはヒール、日本はチョコ、これくらいなら問題ないでしょう」




 それからしばらくして、自衛隊基地にマリ宛の高級チョコレートが届けられた。それはコンテナに満載されていたのだ。


「あははは、こんなに沢山……菓子折り数箱でよかったのに」


 ガックリと膝をついたマリだが、コマリは大喜びでコンテナごとアルーン王宮へ届けたのである。

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