133話 日々平穏、アルデシアはなべて事もなし

 バフォメットが滅ぼされ、アルデシアにいつもの日常が戻ってきた。討伐に参加した仲間たちも、それぞれの領地に帰り休暇を楽しんでいる。マリものんびりしたいのだが、日本政府との交渉が続いていてそうもいかない。魔の森の自衛隊基地に行き、秋山三佐と話し合う毎日だ。


 そして、そのことで一つ問題が起きた。


 竜になったコマリに乗って基地へ行くのだが、交渉のあいだ彼女は外で待機することになる。遊びたい盛りなのに、これでは可哀想だし時間の無駄だ。


 そこでマリは一計を案じた。


 竜神宮と武蔵野の実家は次元の門でつながっている。実家と基地を門でつないでしまえば、竜神宮から基地まで、実家を経由して瞬時に行けるだろう。これならコマリに負担がかかることもない。


「コマリ、もう一つ次元の門を作れる?」


 マリの問いにコマリは首をかしげた。


「う~ん、ママはじえいたいきちにいければいいんでしょう?」


「そうよ」


「なら、もっとかんたんなのがある~」


 コマリは竜体になり空間を歪めだした。現れたのは次元の門とは別の門で、くぐった先は自衛隊基地のすぐ近くだ。


「これはねー、くうかんのもんっていうの」


「なるほど、瞬間移動を応用した門ね。次元を超えないぶん、こっちの方が安全に使えそう」


 空間の門は素晴らしく便利で、基地への往復時間が大幅に短縮されたのだ。




 快適さに味をしめたマリは、空間の門を温泉宿にもつなぐことにした。今までは温泉に入りたいと思っても、コマリに宿まで連れて行ってもらい、湯につかるまで一時間近くかかっていた。それが門を使えばほんの数分だ。


「お姉さま、これは快適です!」


「でしょう! ちょっと空いた時間があれば手軽に入れるからね。一人で自由に使えるから、誰に気兼ねすることもないし」


 マリとサラは感激しっぱなしで、寒い夜に体を温めようとか、夏場の避暑に使おうとか、夢はどんどん膨らんでいく。


 そんな二人を見てコマリは鼻高々だ。


「ママ~、コマリえらい?」


「偉いなんてものじゃないわ。これはもう移動革命よ。本当にありがとう」


 そして、わが子の頭を何度もなでてやる。


「そんなにうれしいなら、みすりーやあるーんにももんをつなげてあげる」


 その提案にマリは少しだけ考えた。


「それはダメよ。そんなところにつなげたら、面倒な人たちが厄介な問題を抱えて、ママのところに押しかけて来るからね」


 腹黒い笑みを浮かべる彼女を、コマリはきょとんとした顔で見つめるのだった。




「そういえば、お姉さま」


「なぁに、サラ?」


「門で思い出したのですが、あの可愛らしい竜体の子供は、コマリが開けた門をくぐってどこへ行ったのでしょう?」


 三大神具に封じられていた竜元素は、バフォメットを依り代にして新たな竜体へ進化した。そして、竜神が開けた門から別の世界へ旅立ったのだ。


「どこだろうね?」


「コマリが開けたのでしょう。どこにつなげたのかわからないのですか?」


「あの門はコマリでなく、竜体の意思が開けたみたいなの」


「竜体の意思?」


「竜体はわたしたち竜族に寄生しているだけで、別に意思を持ってるのよ」


「それでは、あの子竜は旅立った世界で、お姉さまやコマリのような人を見つけ寄生するのですか?」


「おそらくそう」


 サラは小首をかしげた。


「わたしには上手く想像できません」


「実を言うと、わたしもよくわからないのよ」


 マリが笑うとサラも一緒に笑うのだった。



 ◇*◇*◇



 9月20日の早朝。


 マリは聖都の城壁の上で、朝日を浴び白銀に輝くアルデシア山脈を見ていた。今から三年前のこの日に、日本からアルデシアに帰って来たのだ。


「バフォメット討伐で、多くの人に借りを作ってしまった。ナラフ、ベリアル、アザゼル、オベロンさま、それに大勢の人たち。

 ―――返すのが大変そう」


 そう言いつつも、彼女の顔に笑みがこぼれる。それらは不快なことでないし、むしろ多くの仲間ができたことが嬉しい。


「そういえばサラが話していた子竜だけど、新しい世界でどんな仲間ができるのかしら?」


 マリは考えてみる。


「竜体が精神に寄生するのなら、あの子が行った先はやっぱり日本よね。人間の精神が住みいいのはわたしたち竜族で証明済みだし、次元的にアルデシアと日本は近い位置にあるもの」


 もし子竜が日本に行ったとしたら、地球の現代文明は滅んでしまうだろう。竜体は魔力を発生させ、自分が住みやすいように環境を作り変える。そして、魔力は爆発という現象を相殺そうさいしてしまうのだ。火薬やエンジンが使えなくなった世界は、文明の様相を大きく変えてしまうに違いない。


 難しい顔で考えていたマリだが、やがて納得したのか再び笑顔になる。


「小さいとはいえ、あの子は竜神さまだわ。悪い世界にはしないでしょう」


 そんなことを考えながら、彼女は城壁の階段を降りていく。その足取りは、いつもと同じく軽やかだった。




 四章 転生聖女と解き放たれる竜の力

 ―――完。


 ◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇


 この作品はこれで完結です。この後、番外編が少しありますが、それは完結後に書き足したもので、本編はここで終わりになります。


 いかがでしたでしょうか? 

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