41話 今日もアルデシア山脈は白銀に輝く
奇襲作戦が終了し、マリはヴァンパイア化された者たちの治療に取りかかった。
第二王妃は、実の子であるアルベルト殿下とフェリシア姫殿下がいたせいか、黒いオーラの減少が著しく問題なく元の姿に戻せた。しかし、王や第一王子、第一王妃の治療は難航したのだ。
これにはやむを得ない事情があった。マリはあとで知ったのだが、王宮で権力闘争があり、アルベルト殿下を『バートさま』と親し気に呼ぶ彼女に対して、反アルベルト派が強い疑念を持ってしまった。不信感ゆえに黒いオーラが減少せず、治療の妨げになったのである。
ヴァンパイアにされた者は三十人ほどいたが、そういう事情もあり、治療に成功したのは殿下に近しい十人だけだ。
「バートさま、フェリス、力になれなくてごめんなさい。条件が合わないとヴァンパイア化を治すのは難しいようです」
「いいえ、母が助かっただけでも十分ですわ。これだけ残れば王家の再興に支障ありません」
「そうですよ。妹だけでなく母まで治療していただき、心から感謝しています」
「お兄さま、お母さまが目覚めたとき家族がそばにいないと心細いでしょう。マリの相手はわたしが務めます。どうぞ、そばへ行ってあげてください」
「そうだな―――それではマリ、私は失礼させてもらいます」
殿下は
「ふふ……お兄さまは上機嫌ね」
「バートさまが次期国王陛下ですもの」
「マリのおかげよ。これで兄に敵対する王族は根こそぎいなくなったわ」
フェリスもよほど嬉しいのか、口の端が吊り上がるのを隠そうともしない。
「言っておくけど、それは
「わかってる。兄と親しい者は助かり、そうでない者は助からなかった。本当に素敵な偶然ね」
「もう、フェリスったら! わたしは、誰がバートさまの味方で誰が敵なのか知りませんでした。本当だから信じて!」
懸命に抗議するマリを見つめながら、フェリスは嬉しそうに笑うのだった。
夕方になり第二王妃が目を覚ました。セリーヌ・ルーンヴェース・エルラル、豪華な金髪を
彼女はすぐに聖女に拝謁した。マリの前でひざまずき最上級の礼を尽くす。
「聖女さま、お初にお目にかかります。アルベルトとフェリシアの母、セリーヌと申します。子供たちから事情を聞きました。王国と王家を救っていただいたご恩、決して忘れません」
このあと彼女は、謁見の間に二人の人物を招き入れた。それはヴァンパイアにされた王族で、午前中にマリが治療できなかった者たちだ。
「この二人はわたしの
二人を見れば、アルベルト派に鞍替えできて安心したのか黒いオーラが減少している。この状態なら治療できるだろう。しかしここで治療したら、マリが意図的に反アルベルト派を治さなかった証明になってしまう。
それは不味い。
マリはそう考えたが、助かる者を見捨てられるほど彼女の心は強くないのだ。
ヴァンパイアから人に戻った二人は別室に運ばれて行く。それを見届けたセリーヌは満足気な笑みを浮かべ、マリに深々と
「聖女さまのお心遣い、しかと伝わりました」
どんな心遣いがどう伝わったのだろう? マリは想像して
◇*◇*◇
翌日、マリと奇襲部隊はミスリーに帰還した。
彼女は登城すると宰相執務室に入り、ヴィネス侯爵に討伐の報告をする。
「宰相閣下、作戦は成功です。魔王ブーエルをグレンさんが討伐し、王宮からダークヴァンパイアを一掃しました」
「感謝します、聖女さま。それで、王国はこれからどうなるのでしょうか? それがいちばんの気がかりです」
「ルーンシア国王はヴァンパイアになっていて、わたしの魔法でも治療できませんでした。第一王子も同様で、とても残念です」
「では、戦争中止の決定は誰が?」
「アルベルト殿下と母君のセリーヌさま、それに王国宰相のミルナルド侯爵が王国の実権を握るでしょう。お三方と話し合いましたが、神国への軍事侵攻は取り止めると確約してくれました」
それを聞いた宰相は胸をなでおろした。
「またも聖女さまに救われましたな。これで何度目でしょう」
「今回は、グレンさんと奇襲部隊の手柄です。わたしは殿下や姫殿下に協力し、後始末をしたにすぎません」
「もちろん、彼らには十分な恩賞を与えるつもりです。ですが、王国との交渉が上手く運んだのは聖女さまがいらしたからこそ。相応の献上品を用意しますから、受け取られてください」
いつものマリであれば、この申し出を断っただろう。しかし今回は気持ちが揺らいだ。くれるというなら欲しいものがある。
「では閣下、グレンさんと奇襲部隊をもらえませんでしょうか? 今回のことで痛感しました。一人では何もできません。わたしは自分の騎士団が欲しいのです」
自分のクランを持つことは、マリが転生したときからの夢であり目標だった。騎士団とクランは少し違うが、自分の手足となる組織、という点では同じだ。
また、この提案は宰相にとっても都合がよかった。彼女が騎士団を持てば、神国に腰を落ち着けてくれるだろう。統治者として聖女という権威は手放したくない。
「喜んで差し上げましょう。ですが、騎士団の創設には時間がかかります。そうですな、6月までお待ちいただけますか?」
「ええ、構いません。わたしもやりたいことがありますし、それまでのんびり休暇を楽しみます」
こうして二人は、互いに満面の笑みで握手を交わしたのである。
◇*◇*◇
その日の夜、マリが自宅へ帰るとコマリとサラがかけ寄って来た。彼女は二人を抱きしめ、戦争を回避できた喜びを改めてかみしめる。
そして夕食を済ませたあと、ガルやサンドラと討伐のことを話し合った。
「マリ、無事に討伐できたようだな」
「はい、お二人には心配をかけしました」
マリは頭を下げる。
「そういえば、作戦中に面白い人物に会ったのですよ」
「誰です?」
「獅子王ナラフです」
それを聞き、サンドラはしばらく考えた。
「マリは、ナラフのことをどれくらい知っていますか?」
「そうですね。イブルーシ共和国に面するルーン海、そこに浮かぶマレル島を支配している魔王で、魔法に弱いことくらいです」
「わたしは、聖女の供で何度か会ったことがあります。敵か味方かわからない、つかみどころのない魔王でした」
「敵意は感じませんでしたよ」
マリは王宮で出会ったナラフを思い出す。不思議な感じのする魔王だが、悪い印象はない。
「それにしても、暴竜、ブーエル、ナラフ、新しい展開はありますが、謎が少しも解けません。むしろ深まっていくばかりです」
「すべてを知っていたのは伝説の聖女と大魔王ラキトルですが、大魔王は三百年前に滅んでしまいましたからね」
「真相は闇の中……ですか」
マリは難しい顔で考えていたが、それはすぐに笑顔に変わった。
「考えても仕方ないことは、そのままにしておきましょう。それより温泉に行きたいです。休みをもらいましたし」
「ハハハ、それがいい。マリらしくてな」
「そうですね、ご主人。マリらしいです」
ガルとサンドラは大きな声で笑ったのだ。
◇*◇*◇
スケルトン襲撃に端を発した魔王ブーエルの陰謀は阻止された。暴竜は竜神に戻りマリと一緒に暮らしている。戦争を未然に防ぐことができたし、ルーンシア王国も正常な状態に戻るだろう。
すべての問題を解決したマリは、ミスリー城塞の城壁に立ち、朝日を浴びるアルデシア山脈を見つめていた。
「転生した時も、こうして眺めていたのよね」
今でも、その時のことを鮮明に思い出せる。
「家族や友達が大勢できたし生活も安定した。嫌なことも多かったけど、本当に充実した日々だったわ」
マリは、白銀に輝く山々をしばらく見続けた。そこには
彼女は大きく深呼吸をすると、やがて振り返り城壁の階段を降りて行く。その足取りは、半年前と同じく軽やかだった。
一章 転生聖女とダークヴァンパイアの陰謀
―――完。
◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇
今回で一章が終わります。いかがでしたでしょうか?
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