40話 獅子王、ナラフ!

 グレンは部屋の隅を見据えて怒鳴った!


「そこにいるな、姿を現せ!」


「クククっ、さすがだな。気配を消していたが見つかってしまった」


 そこには一人の魔族が立っていた!


 背丈は二メートルを超え、全身は筋肉の鎧でおおわれている。そして何より肩から上が異様だった。体つきは人間だが、そこには黄金の獅子の顔があったのだ。そいつは豪華な衣装を身にまとい王の威厳をかもし出しながら、グレンたちを興味深げに眺めている。


「人の身でブーエルを倒すとは面白い。どうだ、この俺とも遊んでくれないか?」


「そう言われちゃ引き下がれないな」


 グレンは魔族に剣先を向けた。


「旦那、用心して! こいつはアンデッドじゃない」


 リンが叫ぶ!


「このことを聖女さまに報告しろ!」


「でも……」


「いいから行け!」


 三人はためらっていたが、決心したのか王の間を飛び出して行った。


「部下を死地から逃がすか。優しいんだな」


 獅子の顔が笑いで歪む。


「ここは狭い。もっと広い場所で遊ぼう」


 魔族は天井を破って屋根へ飛び出し、グレンも開いた穴から後を追ったのだ。 




 一方、広間では事態の収拾が完了していた。保護された王族や重臣は、安全な場所へ移動して休息を取っている。問題はヴァンパイア化された者たちだが、その中には王や王妃たち、第一王子もいたのだ。


「バートさま。ブーエル討伐が終わればヴァンパイアになった方を治療します。もうしばらくお待ちください」


 マリが話していると、ルリ、リン、シスが広間に飛び込んで来た。


「三人とも、ちょうどいいところに戻ったわね。ブーエルはどうなった?」


「聖女さまっ! ブーエルは倒したけどもう一人いたんだ!!」


「何ですって!」


「ブーエルとは別に、それ以上に凄そうなヤツがいた。しかもアンデッドじゃないんだ。いま旦那が戦ってる! 王の間だよ!!」


 それを聞いたソフィが飛び出して行く!


「待って、ソフィ!」


 マリが止めるのも聞かず、彼女はそのまま走り去った。


「この場はルリさんに任せます!」


 そしてマリも後を追うのだった。




 グレンは、獅子の魔族を追って屋上に出た。そこは広く平らな屋根で、魔族は中央に悠然と立っている。


「さあ、始めようではないか」


 グレンは、無言で突進すると凄まじい剣速で切りつけた。


「ほぉ、これは凄い! 魔法で強化しているだけのことはある」


 魔族は、両手に持った短剣で彼の攻撃をいなし続けている。


「くそっ!」グレンはさらに剣速を上げた。


 いく太刀か魔族に当たるものの、ダメージを受けている様子はない。彼はいちど後方に飛び退き体勢を立て直した。


「こいつはバケモノかっ!」


 そして中段に構え、素早い踏み込みで一気に間合いを詰める。


「なるほど、突きを放つつもりか。斬撃が効かないなら突きが上策だと判断したのだな。面白い、俺の体を貫けるか受けて立とう!」


 魔族は笑いながら構えた。そして、グレンがスピードに乗った剣先で魔族の胸を突こうとした、その瞬間! 


「もらったわ!」


 真後ろからソフィが渾身の力で切りつけた!

 だが、そいつは小揺るぎもしないのだ。


「男の突きは、本命の接近を悟らせないためのフェイクか。上手いと褒めたいが残念だったな。その程度の力では俺の体に傷を付けられん」


「ソフィ! せっかく花を持たせてやったのに、その様はないだろうが」


「無茶言わないでよ! あの斬撃を食らって立ってる方が異常なだけでしょう」


 信じられないという表情でソフィが言う。


「で、これからどうする?」


「どんな相手も弱点がある。それを探すだけよ」


「だな」


 二人は同時に切りかかった。そして弱そうな部分を狙う。アキレス腱や喉元、わきの下などを容赦なく切りつけると、魔族は徐々に出血していった。


「グハハハハっ、楽しいぞお前たち! こんなに楽しいのは久しぶりだ!! もっと楽しみたいが余興はこれでお終いだ」


「何だと!?」グレンが叫ぶ。


「怒る気持ちはわかるが、客人が見えたのでな」


 魔族は背中から翼を生やし、それが目にも止まらない速さで羽ばたくと、グレンとソフィが同時に吹き飛んだ!


「悪いな、しばらく気絶していてもらう」


 その言葉通り、グレンとソフィはぐったり倒れたままだ。それを見ていた魔族は、やがて眼を逸らし別の方向を見据えた。そしてそこには、駆けつけたマリの姿があったのである。




「久しいな、聖女。三百年ぶりか」


「ナラフ、ここへは何用で来たのか!」


 ナラフと呼ばれた獅子の魔族は平然と答える。


「ブーエルが面白いことをしているという報告があってな。それを見物しに来た」


「それは残念であったな。ブーエルは滅却した」


「ああ、知ってる。俺は一部始終を見ていた。あいつは雑魚ざこだと思っていたが、人間に滅ぼされるなんて弱いにも程があるだろう」


「ブーエルと手を組んだのではないのか?」


「手を組む? 止めてくれ。どうして俺があんな奴と組まないといけない」


「そなたも暴竜が欲しいのかと思っていたが」


「暴竜を制御できる者などおらんよ。大魔王ですら叶わなかったことを、ブーエルごときにできるわけがない。それは、お前がいちばん知っているはずだ」


 マリはこのとき、しめた、と思った。ナラフは自分のことを伝説の聖女と勘違いしている。このまま聖女の演技を続け、情報を得ようと決めたのだ。


(でも、情報が欲しいと悟られたら怪しまれる。ここは逆に攻めるべきね)


「ナラフ、そなたの支配地はマレル島であろう。ここは、わらわを慕う者が暮らす領地。早々に立ち去るがよい!」


「久しぶりに会ったというのに、お前は相変わらずだな。わかった。特に用事もないし、今日は大人しく帰るとしよう」


(えっ、帰っちゃうの? 聞きたいことがあるんですけど)


「さらばだ、聖女よ!」


 ナラフは翼を広げ南の方角へ飛び去ったのだ。




「確かに帰れと言ったけど、そんなに素直に帰ることないじゃない!」


 マリはため息をつき、倒れているソフィとグレンを見た。


「やはり気を失っているだけね。ナラフには殺気がまるでなかった。というか、彼がその気なら部隊は全滅してたわ」


 そして二人に近寄り目を覚まさせる。


「う~ん」


「ソフィ、大丈夫?」


「大丈夫だけど……マリ、あの獅子顔は?」


「帰って行ったわ」


「帰った?」


「うん、特に用事もないから帰るって」


「何よ、それって! わたしたちは、あいつに遊ばれただけってこと?」


 ソフィは、激しい怒りと悔しさで顔を歪ませたのだった。




 マリとソフィ、グレンが広間へ戻ると、すでに隊員が集合していた。アルベルト殿下、フェリシア姫殿下のおかげで混乱なく事態は収拾している。


 こうしてアルーン城奇襲作戦は終了した。午前8時に始まったそれは、わずか二時間で終わるという、まさに電撃作戦だったのだ。

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