39話 魔王ブーエル討伐!

 午前8時になり、アルーン城塞の門がギギギと音を立てて開かれた。数十人の門番が検問しているが、グレン率いる奇襲部隊は誰にも気づかれることなく悠々と入って行く。そして、三人づつに分かれ城に突入した。少人数に分散したのは気配断ち結界の効果を高めるためだ。


(今のところ順調ね。難しいのはここからだわ)


 マリは、最後尾を走り城の階段をかけ上る。そして王宮区画の広間に入ると、そこにはすでに奇襲部隊が整列していた。


「戦闘が始まれば気配断ち結界は効果を失う。そのあとは時間との勝負だ。打ち合わせとおりに自分の仕事をまっとうしろ。そうすれば必ず成功する!」


 グレンの合図で隊員がいっせいに散開し、広間にはマリとソフィ、それにアルベルト殿下、フェリシア姫殿下の四人だけが残された。


「マリ、グレンさんは凄いわね。突入からここまで数分しかかかっていない」


「本当にそうね。奇襲作戦のエキスパートだと聞いてたけど、ここまで手際がいいとは想像してなかったわ」


 マリたちが話していると、隊員に拘束された王族や重臣が次々と広間に連れて来られた。その中にはヴァンパイアになっている者もいる。


「バートさま、フェリス。ヴァンパイア化してない方で、協力してくれそうな人がいたら説得をお願いします」


「わかりました」


 そう言って殿下は初老の男に話しかけた。


「ミルナルド、私たちがわかるな」


「はい。アルベルト殿下にフェリシア姫殿下であらせられます」


「そうだ。それとあちらのご令嬢が誰だか知っているか?」


 ミルナルドと呼ばれた男は、マリを見て目を見開いたのだ。


「ま、まさか……聖女さまですか!?」


「そうだ。聖女さまが、ブーエルの魔の手から王国を救いに来てくださった」


 彼は縛られたままだが、それでも体を起こしてマリにひざまずこうとする。


「バートさま、説得に応じてくださった方は縄を解かれて結構です」


 その言葉に従い縄が切られていく。そして、解放された全員がマリに向かい片膝をついたのだ。


「マリ、この者は王国宰相を務めるミルナルド侯爵です」


「はじめまして宰相閣下、聖女のマリです。突然の無礼な来訪、どうかお許しください。こうするしか方法がなかったのです」


「とんでもございません! 聖女さまが助けに来てくださったのです。とがめる者など一人もおりません。どんなことでも協力いたしましょう」


「では早速ですが―――」マリは説明する。


 王宮は奇襲部隊とダークヴァンパイアの戦場になっていること。混乱を避けるため衛兵を王宮に入れないこと。全員この部屋から出ないこと。


「まだダークヴァンパイが残っていて、わたしのいるここがいちばん安全です」


「わかりました。そのように手配しましょう」


 


 それから一時間ほど経ち、散らばった隊員たちが戻って来た。その中にデリックとギルバートもいる。


「お二人とも無事でなによりです。それで王宮内はどうなっていますか?」


「聖女さま、ダークヴァンパイアはすべて殲滅せんめつしました」


「デリック、シナエルはどうだった?」


 聞いたのはソフィだ。


「聖女さまの言われたように戦ったんだが、楽勝だったな」


「ああ、あの助言は的確で本当に助かった。この調子なら、グレンもブーエルを倒せるさ。そうすれば作戦終了だな」


 ギルバートの言うように、このまま行けば奇襲作戦は成功するはずだったのだ。



 ◇*◇*◇



 そのころ王の間では、グレンが魔王ブーエルと対峙たいじしていた。ブーエルはまだ闇魔力を抑えた人の姿だが、それでも圧倒的な存在に気圧けおされそうになる。


「魔王ってのは伊達じゃないな。ガリエルやキルエルとは威圧感がまるで違う。怖くて足がすくんじまいそうだ」


 それでもニヤリと笑いグレンは剣を構えた。


「そうか、ガリエルとキルエルはお前たちが滅ぼしたのか。だが、二人を退けたくらいでいい気になるなよ!」


 ブーエルが激しい咆哮を上げた!


 どす黒いオーラが部屋をおおい尽くし、体はみるみる変化していく。牙をむきだし瞳は赤く輝きだした。その姿はすでに人でなく、二本足の魔獣だ。


「旦那、ビビってる場合じゃないよ」


「そそ、当たって砕けろって言うじゃない」


 ルリとリンが茶化す。


「リン姐さん、砕けちゃダメでしょう」


 シスは冷静に突っ込んだ。


「お前たち、好き勝手言いすぎだろう!」


 グレンが笑いながら文句を言う。


「人間、ふざけるのもいい加減にしろっ!」


 ブーエルは一気に襲いかかって来た!

 左右の手の爪でグレンを切り刻もうとするが、彼はそれを剣でいなしていく。


「聖女さまが言われたように、速度はたかが知れてるな。これならソフィの剣捌けんさばきの方がよほど速い」


「なるほど、お前たちは聖女の手下か。あいつ魔法で強化されているなら力押しでは無理だな。

 ―――では、これでどうだっ!」


 ブーエルの赤い瞳が輝きを増した!

 だが、グレンは平然と立ったままだ。


「どうしたことだ!? 俺の魅了魔法は大魔王なみの威力だぞ!」


「へへっ。あんたの魔法は、聖女さまから聞いて知ってるんだ。無効化させてもらったよ」


「魔法の無効化だと! なぜ人間にそんな真似ができる? お前はただの神官じゃないな!」


「今ごろ気がついても遅いって」


「ならば先に始末してやる!」


 ブーエルがシスに向かい突進しようとした、その刹那、グレンの剣が彼の背中から胸にかけて貫いた!


「ぐふっ……ここまで速いとは」


「お前たちは強靭きょうじんな生命力に頼りすぎだ。能力が高くても隙だらけなんだよ」


「ふふ、それで勝ったつもりか。この程度の傷など一瞬で回復する!」


「聖女さまはダークヴァンパイアの能力を知り尽くしている、その対策もな」


 グレンの突き立てた剣が白い煙を吹き出した。


「な、なに? 傷が回復しないだと!」


「だろうな。この剣は聖剣なんでね」


「そんなちゃちな聖剣で、この俺が滅ぼされるはずがない!」


「聖剣は、神聖魔力を貯め込む剣だと思われがちだが実は違う。神聖魔力を集める剣と言った方が正解に近いのさ」


 ブーエルは、ルリ、リン、シスを見て、彼女たちの神聖魔力の大きさに初めて気がついた。


「そうか、女神官の神聖魔力をこの剣に……」


「ようやくわかったか! この剣にはそこにいる三人の神聖魔力が注がれている。お前の体の中には、剣の形をした神聖魔法結界がぶちこまれているのさ」


 煙は勢いを増し、剣がブーエルの体内でシュウシュウと音を立てる。


「滅びろっ! ブーエル!!」


「せ、聖女ならともかく……お前らみたいな雑魚ざこどもに……」


 やがてブーエルは沈黙し灰になった。そして床の上に崩れ落ちたのだ。


「はぁ、はぁ……なんとか勝てたな」


「やったね、旦那! 惚れちまいそうだよ」


「うんうん、格好よかったよ!」


 ルリとリンが持ち上げる。


「旦那は格好いいけどさ、あたいらは突っ立ってただけじゃん。やっぱ、トライアングル神聖魔法結界の方が見栄えがいいって」


 シスは美しく勝ちたかったらしい。


「じゃあ、神聖魔力を剣に送るときのポーズでも考えるかね」


「こんなポーズとか。いやっ、えいっ」


「い、いや……リン姐さん。そんなポーズならない方がいいって」

 

 三人が笑っているとグレンの表情が一変した。


「どうしたんだい、旦那?」


「しっ、静かにしろ。もう一匹いるぞ!」


 三人は即座に戦闘態勢を取る。グレンも剣を構え直し周囲をうかがうのだった。

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