38話 アルーン城、電撃奇襲作戦!

 グレンが指揮を執り、ブーエル討伐作戦の準備が着々と進んでいった。


 マリは、ルリ、リン、シスにステータス上昇魔法を教え、彼女たちは短期間でマスターした。マリの魔法に比べれば効果も持続時間も劣るが、今回の奇襲作戦を成功させるには十分だろう。


 グレンの戦友である奇襲部隊の隊員、三十人も勢揃いした。もともと優秀な冒険者で、魔法で強化された彼らの戦闘力は驚くほど高い。その中に、デリックやギルバートもいたのである。


 そして、ダークヴァンパイア殲滅せんめつの決め手になるのが十五人の神官たちだ。ルリ、リン、シスを筆頭に、全員が高い神聖魔力を持っている。神国はスケルトン襲撃に対応できなかったことを反省し、マリの残留魔力を使って対アンデッド神官の育成に力を入れていた。その努力の成果が彼女たちである。




 そして3月20日、ついにすべての討伐準備が整った。


 マリはグレンから作戦の全容を聞かされ、その緻密ちみつさに驚いてしまった。ミスリーからアルーンまでの潜入ルートはおろか、王宮内のマップ、衛兵の配置、ダークヴァンパイアやヴァンパイア化された者の数まで、完全に把握していたのだ。


「よくここまで調べましたね」


「実際にアルーン城に潜入して調査しました。ルリの気配断ち結界がどこまで有効なのか、確かめる必要もありましたし」


 下調べの大切さはマリもよく知っていた。これでもゲーム時代は数百人のクランを率いていたのだ。大掛かりな討伐作戦を指揮したこともある。そんな彼女でさえ、グレンの作戦準備には感心してしまったのである。


(この人は戦術の天才だわ。剣士としても優秀だけど、むしろ軍師として力を発揮しそう。ぜひとも手元に置きたい人材ね)


 そんなことを考えつつ、マリはグレンを眺めていた。


「あの……私の顔に何か付いていますか?」


「い、いえ……そうではなく、作戦について確認したいことがあるのです」


 物欲しそうな顔をしていたのだろうと反省し、彼女は話題を変える。


「わたしも同行しますが、問題ありませんか?」


「ああ、そのことでしたか―――宰相閣下から聞いています。聖女さまもルーンシア王宮へ行かれ、ヴァンパイア化された王族の治療をされるそうですね」


「はい。そのために、わたしとアルベルト殿下、フェリシア姫殿下、それにソフィが一緒に行動することになります」


「構いません。むしろ、討伐後の処理をお任せできてありがたいくらいです」


 そう言ってグレンは頭を下げる。


「それで聖女さま。作戦は明日の午後9時に開始します。城のバルコニー前広場に集合ですが、問題ありませんか?」


「はい。必ず時間までに参りましょう」



 ◇*◇*◇



 翌日―――

 たっぷり昼寝したマリは、夜の8時半に集合場所に到着した。すでにそこには奇襲部隊が整列していて、少し離れた場所にソフィと殿下、姫殿下がいる。


「こんばんは、バートさま、フェリス。昼間はよく眠れましたか?」


 マリがたずねると、二人は苦笑いして首を横に振る。どうやら寝てないらしい。


「わたしはぐっすり寝たわよ」


 ソフィは不敵に笑った。

 そんな彼女の横に立ち、マリは説明する。


「わたしたち四人は作戦に参加しません。討伐が成功したあと、城内の混乱を収拾するのが仕事になります」


「マリ、任せて下さい。王国おける王族の権威は絶対です。私と妹の命令を聞かない衛兵など一人もいません」


「お兄さまの言われるとおりですわ。ダークヴァンパイアさえ何とかできれば、城内はわたしたちで掌握しょうあくして見せます」


「お二人の力に期待しています」


 四人で話しているとグレンがやって来た。


「聖女さま、そろそろ作戦を開始します。遅れないようついて来てください」


 そして、ルリ、リン、シスが部隊全員に魔法をかけると、彼らはアルーンへ向かい走り出した。マリも、自分たちに魔法をかけて後を追ったのである。




 ミスリーからアルーンまで、何の問題もなく走破した。途中いくつか関所があるのたが、突破しやすい場所は前もって調べてあり、いとも簡単に通過して行く。そして翌日の午前3時には、アルーン近郊の森に身を潜めたのだ。


「みんなご苦労だった。今から午前8時の突入まで休憩を取る。念のため、神官は手分けして全員にヒールをかけてやってくれ。ただし、作戦に必要な魔力は温存しておけよ。まあ、ここにいる神官なら心配ないと思うが」


 グレンが指示を出すと、隊員はそれぞれ横になり神官がヒールをかけて回る。


「ねぇ、マリなら一回の魔法で全員にヒールをかけられるんじゃない?」


 ソフィがたずねた。


「うん……でも今回は、わたしなしでどこまでやれるか確かめたい、ってグレンさんに言われてるの。なので手を貸さないようにしてる」


「それはわかるけど、大丈夫なの? 相手はダークヴァンパイアの魔王なのよ」


「それは大丈夫。ブーエルは弱っちいもの。戦えばわかるけど『どうしてこんなのが魔王なのよ!』って思うくらいの雑魚ざこだから」


 マリが声を立てて笑っていると、グレンが歩いて来た。彼の後には、ルリ、リン、シス、それにデリックとギルバートもいる。


「今の話は本当ですか? 聖女さま」


「本当です。そうでなかったら、グレンさんだけに任せません。わたしも討伐に加わります」


 それから、マリはブーエルの攻略法を自慢げに解説した。


「ブーエルは多彩な魔法が特徴で、特に魅了魔法は強烈です。ですが、身体能力はそれほど高くありません。シスさんが魔法を無効化すれば問題なく倒せます」


「聖女さま。俺がシナエル担当なんだが、アドバイスをもらえないか」


 そう言うのはデリックだ。


「そうですね……シナエルの特徴は回復力の凄まじさで、切り裂いた程度では一瞬で回復されるでしょう。ですが、体を切断すれば再生に時間がかかります。デリックさんの大剣で胴を真っ二つにしたあと、神官の神聖魔力で滅ぼすのがベストです」


 それから数時間、マリの講義はとどまることがなかった。『ダークヴァンパイアは火に弱く、魔術師ギルバートさんの出番です』とか、『神聖魔力が弱点なので、神官がヒールを撃ちやすいよう立ち回ってください』など、嬉しそうに話すのだ。


 そんな彼女を、グレン、ルリ、リン、シスは目を丸くして見ていた。


(もしかしたら、聖女さまは自分自身の手で討伐したかったんじゃないのか?)


(間違いないね。残念だって顔に書いてある)


(たぶん、旦那とあたいたちに手柄を譲ってくれたんだよ)


(ねぇ、討伐が成功したら聖女さまにプレゼントでも贈らない?)


 額に冷や汗を流しながら、四人はささやき合うのだった。




 全員で笑ってるうちに、朝日がアルーン城塞を照らし出した。突入の時刻が迫って来たのだ。


「よし! ここでステータス上昇魔法と気配断ち結界をかけ直す。魔法の効果は六時間続くが、正午までに決着を付けるからな。失敗した時は伝令が鐘を鳴らして回るので、それぞれ撤退するように。あとは計画とおりだ!」


 グレンの合図で、ルリ、リン、シスが部隊の全員に魔法をかける。マリたちも魔法をかけると、総勢四十九人が城塞に向かい走りだしたのだ。

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