92話 世界樹の女神、フレイア
セントエルヴス。西聖国の首都でありエルフ族の聖地だ。アルデシア大陸の北西に位置し、周囲には広大な森が広がっている。中央には巨大な世界樹がそびえ、人はいつしか世界樹の森といい習わすようになった。
そんな場所を、マリはコマリに乗って訪れていた。
「竜神さま、聖女さま、こちらへ」
二人は世界樹の巫女に案内され、セントエルヴスの中心部に向かう。着いた場所は巨大な世界樹のすぐそばで、限られた要人しか入れない神聖な場所だ。
「ここでしばらくお待ちください」
そう言って巫女が祈りを捧げはじめると、やがて、白い翼を広げた女神が舞い降りて来た。
彼女の名はフレイア、世界樹の化身だ。地面に足をつけると金髪をなびかせ、マリに抱かれたコマリに微笑みかけた。
「竜神さま。代替わりされてからお目にかかるのは初めてですね」
コマリは恥ずかしそうにうなずく。
「フレイア、この子はまだきちんとご挨拶できないの。許してあげてね」
「構いません。それで今日はどういうご用でいらしたのかしら」
「実は、世界樹の杖を作ってもらいたくて」
「世界樹の杖ならストックがあるわ。それを差し上げましょう」
「普通の世界樹の杖ならわたしも持っている。そうじゃなくて、欲しいのは特別仕様の杖なのよ」
それを聞いた途端、世界樹が
「マリアンヌ。特別仕様って簡単に言うけど、あれは枝でなく幹を削り出して作るのよ。とっても痛いのだから。ほら、この子も嫌がってる」
世界樹は枝を揺らしてフレイアに同意を示す。
「それは知ってるけどどうしても要るの。杖と同じ重さの神聖結晶をあげるから、お願いっ!」
マリは両手を合わせて頼み込んだ。
「う~ん、世界樹の傷はすぐに治るし神聖結晶は欲しいわね。でも、どうしてそこまで高性能な杖が必要なの?」
マリはフレイアに近寄り、魔の森で調査したことを小声で伝えた。
「なるほど、魔の森のことはわたしも気になっていたわ」
「フレイアも?」
「確かでないけど、ここから南東の方角で嫌な気配がして―――そうね、わかりました。特別仕様の杖を大急ぎで作りましょう」
彼女は、巫女の一人に杖の制作を命じた。
「半月ほど待ってちょうだいね」
「ありがとう、フレイア。あ、それと杖は二本必要だから」
フレイアはガックリと肩を落とした。そんな彼女の頭を、世界樹の枝が優しくなでたのだ。
◇*◇*◇
半月後、マリは再びセントエルヴスを訪問した。今回は、ソフィ、リン、シスが同行している。
「フレイア、紹介します。こちらがわたしの新しい騎士、ソフィよ」
「世界樹の女神フレイアさま、ソフィーア・スタンブールです」
ソフィは片膝をついて挨拶した。
「まぁ、お美しい聖騎士さまですこと。マリアンヌにはもったいないですわ」
マリの笑顔が少し引きつる。
「それに、わたしの友で臣下のリンとシス。二人のために杖をお願いしたの」
「特別仕様の杖、約束通りできているわ」
巫女が運んで来た二本の杖は、神聖結晶がはめ込まれていて白銀に輝いていた。
「リン、シス。これはあなたたちのために作った杖だから、試してみて」
二人は杖を構え神聖魔法を使ってみる。
「凄い! 自分の魔力が何倍にもなったように感じる」
「リン姐さんの言うとおりだね。マリ、本当にあたいたちがもらっていいの?」
「もちろんよ。それとね、この杖には面白い使い方があるの」
マリは、リンから杖を受け取り用意された的に向けた。すると、一筋の閃光が放たれ的が蒸発したのだ。
「これは、コマリが使う神聖ブレスを小さくしたものよ。威力は凄いど使えるのは一日に二~三回なの。使いどころを考えてね」
「ありがとう、マリ」
喜ぶ二人を見てマリも微笑む。
「フレイア、素晴らしい杖を作ってくれて本当にありがとう。これはお礼です」
ソフィが鞄を開けると、そこにはびっしりと神聖結晶が詰められていた。
「これは杖の代金だけど、それとは別に、痛い思いをしてくれた世界樹にもお礼しないとね」
次の瞬間、マリの体からまばゆい光があふれ出した。それは渦となって世界樹を包み込んでいく。そして樹全体が神々しく輝きだしたのだ。
「これで杖を削りだした傷は癒えたはずよ」
「相変わらず信じられない神聖魔力ね。全盛期より魔力量が増えたんじゃない?」
「ええ、おかげさまで」
マリが嬉しそうに笑った、その時だ。
世界樹の枝から何かが落ちてきた。それはソフィの頭にコツンと当たって跳ね返り、フレイアの手の中に収まったのだ。
「こ、これは!」
彼女が落ちてきた物を掲げると、巫女たちがいっせいに騒めきだした。
「フレイアさま、それは何なのですか? 頭に当たって痛かったです」
頭をさすりながらソフィがたずねる。
「これは世界樹の実です。百年に一度しか実らない貴重なものですよ。おめでとうございます、ソフィーアさま。あなたは世界樹に選ばれました」
「たまたまわたしの頭に当たっただけですが」
「いえ、これは世界樹の意志なのです! ぜひ祝福を受けてください」
「いいですけど……どうすれば?」
「簡単ですわ。この実を食べていただければ祝福が授けられます」
そう言いつつフレイアは世界樹の実を割り、果肉を自らの口へ入れた。
「えっ? わたしが食べるのでは」
「ソフィーアさま、女神さまから口移しでお食べになってください」
巫女の一人が説明する。
「フレイア! あ、あなたいったい何を?」
「聖女さま、これは神聖な儀式です」
注意されたマリは黙るしかない。
「さぁ、早く召し上がってくださいませ」
フレイアは目を閉じ口をわずかに開けている。ソフィは覚悟を決め、彼女の肩を抱き唇を重ね合わせた。
―――それから数分経ち、ソフィはフレイアの口から世界樹の実を舌でたぐり寄せると、ゴクリと飲み込んだのだ。
「まぁ、ソフィーアさまはお上手ですこと」
フレイアはほんのり頬を染め、それを見たマリは頭から湯気を出している。
「ソフィ! 用が済んだら帰ります!!」
プイっ、と後ろを向きズンズンと歩き出したマリを、ソフィとリン、シスは慌てて追うのだった。
マリたちの姿が見えなくなると巫女の一人がつぶやいた。
「フレイアさま、お
「ええ、さっきは話を合わせてくれてありがとう。おかげでマリアンヌの愉快な顔を見ることができたわ。痛い思いをして二本も杖を作ったのだから、これくらいのいたずらは許してね」
フレイアと巫女たちはクスクスと笑い合う。それに合わせて、世界樹も枝をワサワサ揺らして笑ったのだ。
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