91話 暗躍する闇の魔導士会

 闇の魔導士会というのは、アルデシア各国に巣くう秘密結社である。もともと闇魔力の研究のために集まった学者たちであるが、闇の力に魅入られ、権力の陰でうごめく謎の集団へ変質して行ったのだ。



 ◇*◇*◇



 東聖国。昔は『聖国』と呼ばれる一つの国家だった。しかし、エルフとダークエルフの間にトラブルが絶えず、今はエルフ族が治める『西聖国』とダークエルフ族が治める『東聖国』に分かれている。


 5月3日。東聖国の首都イースセントに闇の魔導士会の面々が集合した。


 巨大な会議卓の中央にいるのは、主催国、東聖国の王族デボラ・ビリジアーニ。女のダークエルフで闇魔力を操る神官だ。


 彼女の左隣が西聖国のエルフィナ・エトゥーリャ。エルフで世界樹の巫女だ。


 右に座っているのがイライアス・ワイズマン。グレゴ衆国の大賢者で、衆国内では絶大な権力を持っている。


 この三人が会議の中心人物だ。


 他の参加者に目を向ければ、ガルリッツァ連合国盟主ゼビウス・メイスン。ウェスタット公国の貴族ネヴィン・アルマニック。そして、アルセルナ連盟の大魔導士レスリー・エマニュエルの姿がある。




 会議が始まった。


「まずは、お集りの諸侯に感謝を申し上げます」


 議長のデボラがよく通る声で口火を切る。


「われら闇の魔導士会の悲願であった魔の森の攻略。それが、ついに実現しようとしています。すべての準備が整ったと言いたいところですが、南方作戦でトラブルがありました。まずはその経緯を聞くことにしましょう。

 ―――担当のメイスン卿、説明を」


 ゼビウスは苦々しい顔で話しだした。


「我々はイブルーシ共和国を占領し、魔の森を南から攻略する手はずであった。しかし、あと一歩というところで聖女に介入され計画が頓挫したのだ。皆に詫びなければならない」


 それを聞いて会場がざわめく。


「その件について言いたいことがあります」


 発言を求めたのはレスリーだ。


「エマニュエル卿、発言を許可しましょう」


「今回の計画は極秘に行われ、聖女に気づかれる恐れはありませんでした。そもそも彼女は行方知れずだったのです。寝ていた子を起こした愚か者がいます」


「ダークヴァンパイアが聖女を呼び込んだ、と言いたいのですか?」


 デボラが問う。


「はい。魔王ブーエルがルーンシア王宮を占拠し神国に手を出しました。それが原因となり聖女が現れたのです」


 レスリーはイライアスを見据える。


「ダークヴァンパイアと聖女には因縁があり、彼らを計画に参加させれば否応なく彼女が関わってきます。そして、我々の前に立ちはだかるでしょう」


「しかし、エマニュエル卿。我々には彼らの力が必要です」


 イライアスが額の汗を拭く。


「ワイズマン卿の言われるとおりです。魔の森を攻略する以上、魔王たちと戦わなくてはなりません。彼らの力がないとどうしようもない」


「ビリジアーニ卿。その件は、私が合成魔王を提供して解決したはずですが」


「確かに合成魔王は画期的でした。彼らは闇の魔導士会に忠実で役に立っている。ですが、その数はまだ七人にすぎません」


「そうです。ダークヴァンパイアは魔王級の精鋭を五十人、参戦させると約束しています。共和国側から侵攻できなくなったいま、この戦力は大きい」


「今回の計画は数ではない、質が重要なのです」


 ダークヴァンパイアを巡り会議は紛糾した。彼らの参戦を支持するイライアスと反対するレスリー。二人の意見が対立してしまったのだ。


「議論は出尽くしたようですね。そろそろ決を採りましょうか」


 デボラの声で会場が静まる。


「では、ダークヴァンパイアの参戦に賛成の方は挙手を願います」


 結果は賛成が四人で、反対はレスリーとゼビウスの二人だけだ。


「エマニュエル卿。あなたが聖女に特別な感情をお持ちなのは知っています。彼女に敵対するダークヴァンパイに反感を持つ気持ちも理解できます」


 エルフィナが優しい声でレスリーをなだめた。


「エトゥーリャ卿、お心遣い感謝します。短い期間ですが私は彼女の夫でした。冷静さを欠いたかもしれません。皆さまに謝罪しましょう」


 闇の魔導士会はダークヴァンパイと協力することを確認した。そして、魔の森攻略計画が本格的に動きだしたのである。



 ◇*◇*◇



「あの人は何を考えているのかしら?」


 竜神宮の自室でマリはため息をついた。


「レスリーのことが気になりますかー?」


 気がつくと横にローラが座っている。


「お母さま、いらしたのですか」


「わたしが部屋に入ったのにも気がつかないなんて、かなり重症ですよー」


「わたしが彼のことを考えていると、どうしてわかりました?」


「近ごろ闇の魔導士会の影がチラつきます。あなたが考えない訳がありません」


「そうですね、レスリーは彼らのメンバーでしたから―――でも、どうして? あんな組織に関わる人には思えません」


「人柄はともかく、男の人には野心がありますからねー」


「彼の抱いている野心がどんなものか、わたしはそれが知りたいのです」


「今でもレスリーのことが好きですかー?」


「いえ、それはありません。ただ、彼のしていることがアルデシアのためになるのだろうか?……そればかり考えてしまいます」


 それを聞いてローラが微笑む。


「可笑しいですか? お母さま」


「いえ、マリアンヌもすっかり聖女らしくなってきたな、と思っただけですよー」


 母の言葉にマリも微笑むのだった。

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