90話 大魔導士レスリー・エマニュエル

 ガルリッツァ連合国の盟主ゼビウス・メイスンは、自室で半ば夢の中にいた。灰色の魔道服を着た彼の前には、黒髪の女が妖しい笑みを浮かべている。


「そちも魔導を学ぶ者、神聖魔力の存在は知っておろう?」


「ああ、知っている。生命を活性化させる力だ。上手く利用すればケガや病気を治せるだろう」


「そうじゃ、そしてこの世にはそれと正反対の力が存在する」


「それは仮説にすぎない」


「魔の森のモンスターはその力を吸収し、大いなる能力を手にしておるのじゃ」


「証拠があるのか?」


 女は、彼の前に親指の先くらいの真っ黒い石をコロリと置いた。


「それは闇魔力が結晶化したもので、わしは闇結晶と呼んでおる。な~に、心配は要らん。これは不活性化しておるので触っても害はない」


 二人は庭に出て実験を始めた。闇結晶を削った粉を小さな瓶に入れ離れた場所に置いたのだ。


「そちは神聖魔力の魔法陣を張れるか?」


「いや、あれは高等魔導だ。張れる魔導士を知っているが俺にはできん」


「まあ、よいじゃろう。張り方も色々あるし今回は実験じゃ、わしが張ってみせるとしよう」


 女は片手を小瓶へ向ける。すると、その真上に輝く魔法陣が現れた。


「よく見ておれ。こうして神聖魔力を活性化させれば、それに応じて闇魔力も一気に活性化する」


 女が説明した次の瞬間だった。


 ドゴオオォ――――――ォォオン!!


 凄まじい爆発が起き、周囲にあった木々がなぎ倒されたのだ!


「こっ、これはっ!?」


「理解したか? 闇魔力というのはエネルギーなのじゃ。結晶化したのがこの闇結晶で大いなる力が秘められておる。それを削ったわずかな粉でさえ、あれだけの爆発を起こせるのよ」


「そ、その結晶を売ってはもらえないか!?」


「ふふふ、食いつきが良くて助かる。金に困っておってな、買ってくれそうな魔導士を探していたのじゃ。金貨十枚で譲ってやろう」


「か、か、買った―――っ!!」


(しもうた、金貨百枚でも売れたかもしれんな)


 嬉しそうに闇結晶を握りしめるゼビウスに、女は忠告した。


「この闇結晶は不活性化していて危険はないが、神聖魔力で再活性化する。いま渡した結晶をすべて活性化させれば街が一つ消滅しよう。これは神の力なのじゃ。

 ―――くれぐれも悪魔になどならぬようにな」




「閣下! 盟主閣下!!」


 部下の呼びかけで、ゼビウスは夢から現実に引き戻された。


「珍しいですな、閣下がうたた寝など」


「ああ、遥か昔の夢を見ておった。わしがまだ駆けだしの魔導士だったころ、かれこれ二千年以上も昔の夢であった」


「長い時を生きられておられるなど、迂闊うかつに口になさいますな」


「そうじゃな、夢があまりに懐かしくつい口が軽くなったようだ―――してヨルムンガンドよ、何用で参った?」


「はい。エマニュエル卿が来訪されました」


 それを聞いたメビウスは、立ち上がると大急ぎで部屋を出て行ったのだ。




「閣下、お久しぶりです」


 控えの間で待っていたのは二十代後半と思われる青年で、名はレスリー・エマニュエルという。聖女マリアンヌの元の夫で、コマリの父親でもある。栗色の髪に青い瞳を持ち、ゼビウスと同じく灰色の魔道服を着ている。そして、彼の左手には黄金に輝く魔導杖が携えられたいた。


「直接会うのは百年ぶりか」


 二人は握手する。


「エマニュエル卿、まずはわしの要請に応じてくれ感謝する」


「いえ、私も力のある合成魔王が必要だと考えていました。それで、リリンと釣り合う人材が見つかりましたか?」


「ああ、アリス・ショアという女で魔力量が突出しておる。リリンと会わせてみたが、二人の相性はよく合成術を受けることを承諾してくれた」


「それは何より。合成魔王は元になる二人の魔力が高く、また相性がいいほど強くなりますから」


 アリスは共和国に雇われた女魔術師で、黄金の三騎士と共に不老玉を探していた人物である。アスラン男爵のルーシー城反乱のときダークヴァンパイアに捕らえられ、ガルリッツァ連合国の捕虜になっていた。


 また、リリンは神秘の森のダンジョンを管理する魔王の一人で、ゼビウスが密かに引き抜いていたのだ。


「リリンは魔王級の魔族だし、アリスは伝説級の冒険者だ。かなりの力を持った合成魔王が誕生するだろう」


「ええ、実に楽しみです」


 そう言って、二人は子供のように笑い合うのだった。


 


 その日の夜、合成術式が行われた。

 城の地下室に二つのベッドが用意され、それぞれ女が横たわっている。


「初めまして。私が術式を行うエマニュエルです。すでに閣下から説明を受けていると思いますが、大切なことなのでもう一度確認させてください」


 レスリーは穏やかな声で話しだした。


「二人の体は魔力を介して共有されます。人間の体と魔族の体を自由自在に入れ替えることができる。しかし、肉体は入れ替え可能でも精神は違います。二人の心は混じり合い一つの魂になるでしょう」


「エマニュエル卿、説明はもうよい。わらわは今以上に強くなれるのであろう?」


 リリンが疑問を口にする。


「それは保証します。新しい魂は二人分の魔力を扱うことができる」


「次はわたしが聞いていいかしら」


 アリスがたずねる。


「魔王は不老だと聞いているわ。今の若さと美しさを何年くらい保てるの?」


「魔王サタンは一万年も若者の姿だそうです。断言できませんが、数千年は美しくいられるかと」


「もう不老玉など探さなくて済むのね」


「はい」


 そして、レスリーは改めて話しかける。


「魂が一つに溶け合っても自我がなくなることはありません。リリンにはアリスの記憶が、アリスにはリリンの記憶が流れ込みますが、自分が自分自身であることを見失うことはないのです」


 最後の説明に納得したのか、リリンとアリスは黙ってうなずいたのだ。



 ◇*◇*◇



 術式の翌朝。


「閣下、期待していた以上です。新しい合成魔王は三大魔王と同等の力を持っています。魔王アザゼルと互角の戦いができるでしょう」


「エマニュエル卿には感謝しきれない。バフォメットの左腕の治療までしてもらい本当に助かった。卿の技術には舌を巻くばかりだ」


「いえ、閣下。私の力ではありません。この魔導杖の力です」


 レスリーは黄金の杖をゼビウスに渡した。


「これがアルデシア三大神具の一つ『竜神の杖』なのか。凄まじい魔力を感じる」


「その杖があれば閣下でも合成術を使えます。何度もお見せしましたから、術式の内容は知っておられるでしょう」


「ああ、それほど難しくなさそうだ」


 ゼビウスは杖を返した。


「そういえば、闇の魔導士会が行う例の作戦だが、決行日が早まるようだ」


「ずいぶんと性急ですね」


「恥ずかしい話だが、わしが南方作戦に失敗してしまい、共和国側から魔の森へ入ることができなくなった。その件も含めて5月に東聖国で臨時総会が開かれる」


「わかりました、総会にはご一緒しましょう」


 こうしてメビウスとレスリーは、合成魔王のリリンとバフォメットを伴い東聖国へ向かったのである。

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