89話 復活! 魔王ピーちゃん!!
春になり、ソフィとルリ、それにファムとハリルが聖都へ帰って来た。ソフィはすぐさまハリルに試合を申し込み、十本連続で勝ったのだ。
「ソフィーアは大人げないの。前の試合で五本負けたから倍返しか」
ファムはため息をつく。
「まあよい。今度はわしが相手をしてやろう」
「ファムとは試合をしなくていいわよ」
「どうしてじゃ?」
「エリックに教わって力の差がわかるようになったの。いま試合したら、わたしが負けるに決まってる」
「なるほど。武者修行に行ったと聞いていたが、あやつに師事しておったのか」
「ええ。この剣を使うなら、彼以上の師匠はいないでしょう」
ソフィはエスタラルドを嬉しそうに見せた。
「聖剣は聖女の騎士が持つべきもの。収まるべきところに収まったということか。
―――そういえば、ルリも素晴らしい杖を持っておるようじゃな」
見学していたルリをファムは見やる。
「ああ、これかい。あたいは魔術師に転職してね、そのお祝いに師匠からいただいたものだよ」
彼女が差し出した杖をファムは受け取り、ハリルと一緒に鑑定する。
「ファム、これは凄いね。これほどの魔導杖は見たことないよ。埋めこまれた黒い玉は闇結晶をそのまま使ってるんじゃない?」
「そうじゃ、これは『暗黒樹の杖』と呼ばれるもので、アルデシアで現存するものはわずかに数本だと聞いておる」
「暗黒樹?」
「ハリルよ、世界樹は知っておろう」
「うん、エルフ族のご
「世界樹が闇魔力の影響で変異したのが暗黒樹なのじゃ。莫大な量の闇魔力を吸収しておって、その幹を使った杖は信じられない力を宿しておる」
「そんなに凄いものなのかい!」
杖の由来を知らなかったのか、ルリはやたら感心している。
「もしかして、おぬしの師匠はマリリンと名乗ってなかったか?」
「ああ、魔術師協会の会長さんだよ」
「やはりそうか」
「ファムの知り合いなの?」
ソフィがたずねる。
「マリリンはわしの魔術の師匠でもある。ちなみに彼女の本名はマリナカリーン、マリのお
意外な事実に全員が驚いたのだ。
◇*◇*◇
それからしばらくして、ガルとサンドラも聖都へ戻って来た。彼らが竜神宮の居間へ入ると、マリをはじめ、ローラ、メイ、サラが待っていた。
「お二人とも、ご苦労さまでした。それで、魔の森の様子はどうでした?」
「報告の前にお見せしたい物があります」
サンドラは小さな包みを取り出した。それは毛布にくるまれた大トカゲの赤ちゃんで、死んでいるのかピクリとも動かない。
「可哀想に……」マリは目を伏せた。
「マリアンヌ、この子は生きていますよー。魔力を吸収できず仮死状態になっているだけです」
「そうですね、ローラさま。でも危険な状態です。すぐに闇結晶を与えませんと」
しかし闇結晶の手持ちがない。
「わたしが神秘の森へ行きアマルモンに分けてもらいましょう。コマリならすぐに行けます」
「お姉さま、コマリはアルーン王宮へ遊びに行っています」とサラが言う。
みなで途方に暮れていると、ローラがニヤリと
「仕方ありませんねー、アレを試しましょう」
「ロ、ローラさま! またアレをおやりになるのですか。二度とするなと、マリナカリーンさまからきつく言われています!」
「あんな人は放っておけばいいのです! それに今は緊急事態ですよー。メイは、このいたいけな命を見捨てると言うのですかー?」
「そ、それは……」
メイが困惑していると、ローラは自室からあるものを持って来た。それは白銀にまばゆく光る神聖魔力の結晶だ。神聖結晶と呼ばれ闇結晶より貴重なものである。
「そうですねー、この役はサラが適任でしょう。神聖結晶を削った粉をお湯で溶いて、この子に飲ませてあげなさい」
サラは言われたように神聖結晶のスープを作り、それを大トカゲの赤ちゃんの口元に運ぶ。するとその子はピクピクと動きだし、機関銃のようにスプーンをつついたのだ。
「お母さま、魔族に神聖結晶が使えるとは知りませんでした」
「普通はダメですが、幼い場合は受けつけるのですよー。以前にも瀕死の重傷を負った魔族の子供に試したことがあります。この処置で一命を取りとめました」
「懐かしいですね、ローラさま。あのときのライオン丸ちゃん。マリナカリーンさまに叱られて手放しましたが、今ごろどうしているでしょう」
「元気でいるといいですねー」
(えっ、ライオン丸ちゃんって誰?)
マリはある人物を思い浮かべた。しかし怖くなり、それ以上考えるのを止めたのである。
大トカゲの赤ちゃんは元気を取り戻し、ピーピーと鳴き声を上げだした。それを見ているサラは瞳はウルウルだ。
「可愛いです!」
「この子はもう、サラのことをお母さんだと思っていますよー。これから世話をしてあげてくださいねー」
「はい、わたしが面倒をみます。名前は―――そうだ、ピーちゃんがいい!」
ピーは本当にサラのことを母親だと思っているのか、彼女の膝の上に乗り甘えだした。その姿は可愛く、マリもなでようと手を伸ばしてしまう。
――――――カプっ!
「痛い、痛い、いたぁーい!」
マリの悲鳴が竜神宮に響きわたった!
「ピーちゃん! ダメです。お姉さまの指を離しなさい!」
サラに叱られピーは咬むのを止める。マリは腫れあがった指に息を吹きかけながら、前に同じ目にあったことを思い出した。
そして、ピーを見つめこうたずねたのだ。
「サンドラさん、もしかしてこの子は?」
「ええ、話すのが遅れてごめんなさい。ピーは魔導都市スターニアの近く、エルフの隠れ里で預かりました」
「そうだ。こいつは名なき魔王なのだ」
それからマリたちは、ガルとサンドラから詳しい事情を聞いた。
「魔の森を調べていたんだが、おかしなことに闇結晶がどこにもない」
「そうなのです。モンスターたちはわずかな闇結晶を巡って争い、互いに食い合っていました。ピーも狙われたので、わたしたちに保護して欲しいとエルフたちに頼まれたのです」
話を聞き、マリとローラは首をひねる。
「変です。闇結晶は長い年月をかけて、わたしたち竜族が貯め続けました。魔の森には膨大な量が埋蔵されています」
「マリアンヌの言うとおりですねー。母の代から神秘の森を使うようになりましたが、魔の森には使いきれない闇結晶があるはずですよー」
「エルフたちの話では、少し前まで隠れ里にも闇結晶があったそうだ。しかし、
「闇結晶がなくなり、生まれ変わったばかりの名なき魔王は仮死状態になったということです」
サラの膝の上でくつろぐピーを見つめ、マリは考える。
「お母さま、魔の森から闇結晶がなくなった理由は不明ですが、もしかしたらあの者たちが関わっているかもしれません」
「闇の魔導士会ですかー。三百年前、彼らはコマリを誘拐してまで闇結晶を求めましたからねー。その可能性は高いでしょう」
「では、あの人も絡んでいるのでしょうか?」
マリはいつになく険しい表情をして、ある人物を思い浮かべた。その人の名はレスリー・エマニュエル。マリの元夫であり、コマリの父親である。
レスリーは魔導師でローラの助手をしていた。有能な人物で人柄もよく、マリと彼は親しくなり結婚した。そして二人の間にコマリが生まれ、竜体をマリから受ついだのだ。
しかし、まだ赤ん坊だったコマリを父親のレスリーが連れ去ってしまった。
マリは、懸命に探したが行方をつかむことができなかった。わかった事実は一つだけ。彼が闇の魔導士会と呼ばれる組織のメンバーだったことである。
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