88話 竜神母娘のほのぼの日記
戴冠式の喧騒も終わり、新しい年を迎えたある日のこと。マリとコマリは、竜神宮の庭で
竜になったコマリは静かに横たわり、気持ちよさそうに寝息を立てている。ときどき思い出したように大きな顔を持ち上げて寝ぼけまなこで辺りを見渡し、母のマリが自分の脇腹の上で寝ているのを確認すると安心するのか、再び顔を地面に戻し夢の続きを見はじめるのだ。
冬の空は透き通っていて雲一つない。穏やかな日の光が、二人を祝福するかのように降り注いでいた。
昼寝に飽きたのか、竜はマリを大きな顔で突いて起こそうとする。
「う~~ん。コマリ、もうお昼寝はいいの?」
竜がうなずくと、マリは起き上がり街へ向かって歩きだした。竜も彼女のあとをワシワシと歩き始める。
少し前まで、街の住民は竜神を見ただけで大騒ぎしていた。しかし、最近は落ち着いたもので軽く一礼するだけだ。
「コマリもすっかり馴染んだようね」
街を行進するわが子を見上げながら、マリは満足げにうなずいた。コマリにもその気持ちが伝わるのか「クオォォ」と嬉しげなうなり声を上げるのだ。
二人が城に差しかかると広場にぽっかり開いた大穴を見つけた。するとマリはサッと目を逸らし、コマリにいたっては「誰が掘ったの?」と言わんばかりの顔でそっぽを向いている。
竜体は定期的に闇魔力の結晶を排出する。その時期が近くなると穴を掘り排出に備える習性があるのだ。それは本能で穴を掘らずにはいられなくなる。言葉を飾らずに言えば、広場の穴はコマリが作ったトイレで、普段はあまり見たいものではない。
知らんぷりを決め込み、マリとコマリがその場を立ち去ろうとしたときだった。
「こらっ! 二人とも待ちなさいよ!!」
後ろを振り返ればフェリスがいて、顔を真っ赤にして怒っている。
「どうするのよ? あんなに大きな穴を開けちゃって。さっさと元に戻してよね!」
フェリスの剣幕はもの凄く、コマリは恐れをなしたのか、翼を生やしてバサバサと飛んで行ってしまった。
「あっ、コマリ、逃げるな―――っ!」
飛び去る黄金の竜に向かい、フェリスは力の限り叫けぶのだった。
それからしばらくして、コマリはアルデナ山の頂上にいた。これでも彼女は、穴を掘ったことを深く反省しているのだ。それに、穴を掘るという習性は竜族の恥部にかかわることであまり触れられたくない。そういうわけで、フェリスに叱られそうになると大慌てで逃げたのである。
一万メートルを超える山頂まで逃げ切って一安心したコマリだが、下界を見下ろししきりに首をひねっていた。どうやってここまで来たのか覚えていないのだ。
聖都を飛び立って一分後にここに着いたのは確かだが、どうしてそんな短時間でここへ来れたのかさっぱりわからない。いつもであれば、どんなに頑張っても十数分かかる距離だ。
竜の姿で腕を組み首をかしげていたコマリだったが、一万メートルの頂上はさすがに寒い。ブルっと体を震わせると温泉が恋しくなった。
―――すると次の瞬間、自分の体が温泉宿の前に移動していたのだ!
その事実に驚くコマリ―――ではなかった。宿を目にするとそんなことなどどうでもよくなり、子供の姿に戻ると浴槽にかけ込んだのである。
◇*◇*◇
「お母さま、信じられません。本当にコマリが瞬間移動したのですか? わたし、そんなことできませんでしたよ」
「わたしにもできなかったですねー。母のマリナカリーンはできたようですが」
「お姉さま、竜神さまは世代が変わると使える能力が違うのですか?」
サラがマリにたずねる。
「そうよ。コマリの飛行速度といい、レーザーブレスの射撃といい、あんな能力わたしにはなかったもの。それに今回の瞬間移動でしょう」
「マリアンヌは、本当に何もできませんでしたからねー。わたしは将来が心配でなりませんでした。それに比べてコマリは優秀です」
ローラの膝に抱かれたコマリは、話の内容がわかるのか鼻高々だ。
「お母さま、わたしが転生した世界ではこんなことわざがあります。『十で神竜、十五で才竜、二十すぎれば只の竜』って」
マリの意地悪そうな目を見て、コマリはプイっとそっぽを向いた。
「あら、あら、あら。もう
コマリは「あい」と返事をすると、マリに抱きつき頬ずりする。そんなわが子を、マリは苦笑いしながら抱きしめるのだった。
「そういえば、マリアンヌ。フェリシアさんから苦情が来ていますよー。広場に開けた穴をなんとかして欲しいって」
「そのことはわたしも悩んでいます。コマリがかなり深く掘ってしまいましたから、埋め戻すにしても大変ですし」
「お姉さま、何か別の用途に使えないか考えた方がよくありませんか?」
「サラの言うとおりね。何かいいアイデアがないかしら?」
それから三人で意見を出し合った。倉庫にしようとか、ダンジョンを再現して遊園地にしようとか、いろいろな案が出るが決定打がない。
「考えてみるとないものですねー。ダンジョンの再利用法なんて」
「そうですね、ここは素直に謝まるのがいちばんでしょう。わたしとコマリで頭を下げれば、フェリスだって許してくれると思いますし」
こうして竜神母子は、ますますルーンシア王家に頭が上がらなくなるのだった。
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