87話 追憶の千年紀(ミレニアム)
10月下旬、ルーンシア王国の首都アルーンは熱狂の渦に巻き込まれていた。
この時期は収穫祭があり、11月1日には建国祭がある。盛り上がるのはいつものことだが、それに加え、今年はアルベルト新国王の戴冠式が行われるのだ。アルデシア各国から多くの要人や観光客、商人たちが押し寄せていた。
そして、それに拍車をかけたのが竜神の降臨である。今年は最初の降臨から千年目に当たり、再び降臨した竜神の姿を一目見ようと、信じられない数の竜神教徒がアルーンに集まっていたのだ。
人々でごった返す街中を竜のコマリがパレードしていた。足の踏み場もないくらい混み合っているのだが、彼女は一人も傷つけることなく器用に行進して行く。
そんな様子を、マリとフェリスはコマリの頭の上に乗って眺めていた。
「凄い人ね、何人くらいいるんだろう?」
「報告では五十万人まで確認したそうよ。でも、それ以上は数えられなかったって」
フェリスは苦笑いしながら答えた。
「それで街の宿泊施設だけじゃ足りないから、郊外に臨時のテント村を作ったの」
マリが周囲を見渡すと、視界のすべてが白いテントでおおい尽くされている。
「マリもコマリもごめんなさいね。パレードまでさせちゃって。せっかく来てくれた人のために、竜神さまを一目だけでも見せてあげたいのよ」
「いいわよ、フェリス。コマリも喜んでるし」
クオオォ――――――ッ!
マリの言葉に応えるように黄金の竜が唸り声を上げた。すると群衆の中から歓声が湧き上がり、それは波紋のように伝播して行く。そして最後は、大地を揺るがすどよめきになったのだ。
そんな大歓声を聞きながら、アルーン城の一室で三人の人物が話し合っていた。アルベルト新国王、セリーヌ王太后、それにマリの母マリーローラだ。
「陛下の戴冠式に合わせて孫のお祝いをしてくださるそうですね。本当にありがとうございます」
ローラは丁寧に頭を下げる。
「わたしたち竜族がこの地へやって来てから千年経ちました。よい機会ですから、王国統一のことをお話しておきましょう」
「それは伺っておかなければなりません」
「ええ、わたしもぜひ聞きたいですわ」
アルベルトとセリーヌは、彼女の言葉に耳を傾けた。
竜神がルーンシアの地に降臨したのは、今から千年前のことだ。当時の竜神はローラで、彼女の夫になったのがルーンシア王国始祖王、アーセナル・ルーンロード・エルラルである。
二人の間に子供が産まれ竜体をローラから受け継いだ。王国を統一したのはアーセナル王と娘のマリアンヌである。ルーンシア王国建国記には、二人の輝かしい活躍が
「建国記が嘘とは言いませんが、かなり誇張されていますねー。実際に王国を統一されたのはアーセナル陛下ご自身で、娘はあまり活躍していないのです」
「始祖王さまが窮地に陥り、それを竜神さまが何度も助けたと建国記にあります。それは間違いなのでしょうか?」
「それは本当です。マリアンヌは、父に仇なす者は決して許しませんでした。陛下が追い詰められたとき、敵を蹴散らしたこともあります。
ただー、あの子さえしっかりしてれば、そもそもピンチになることはなかったのですよー」
「どういうことでしょう?」
セリーヌが首をかしげた。
「マリアンヌはお昼寝が大好きでー、戦争中でも平気で寝るのです。そのせいで何度も負けそうになりました。困った子だと、陛下もわたしも悩んでいたのです。まぁ、今のコマリよりずっと幼かったですから、仕方ないのですがー」
意外な真実を知らされ、アルベルトとセリーヌは苦笑する。
「あの子があまり役に立たなかったもので、統一するのに三十年もかかってしまったのですよー」
「そう言われればそうですね。今の竜神さまのお力であれば、数年もあれば統一できるでしょう」
「コマリは竜神の中でも特別ですからねー。ですが、マリアンヌにだっていい所があります。親の欲目だと思いますがー、あの子の周りには、人であれ、神族であれ、魔族であれ、多くの者たちが集まるのです」
「建国記にも同じようなことが
「そうなのです。陛下も国民も本当にあの子を可愛がってくれました。実際に王国が統一されたのは春でしたが、マリアンヌの誕生日である11月1日を建国の日にしてくださったのですよー」
「なるほど。建国祭がなぜ11月1日なのか、記録が焼失してしまい、王家の者ですらわからなかったのです。そういう理由があったのですか」
「そうすると今年は、聖女さまの生誕千年に当たるのですね」
「はい。式典の片隅でいいですから、娘の誕生日も祝ってあげてください」
ローラは再び頭を下げるのだった。
◇*◇*◇
11月1日、戴冠式当日。
式典は野外で行われ大いに盛り上がった。ファンファーレが鳴り響き、紙吹雪が舞い散る中を無数の鳩が飛び立って行く。
舞台の上では、マリが王冠と
午後は竜神降臨ミレニアム式典が行われた。
そこでコマリは神聖ブレスを披露したのだが、調子に乗りすぎてしまった。
バリバリバリッ!!
ゴゴゴゴオオォォォ―――ォオオッ!!!!
強烈な閃光と共に大気が破壊され、アルーン全体が轟音に呑み込まれる。標的になった小山は蒸発し、あとには瓦礫すら残っていない。
あまりに凄まじい破壊力に群衆はドン引きし、完全に沈黙してしまったのだ。
「コマリ、やりすぎだってば!」
マリの額に冷や汗が流れる。
「いえ、これでいいのです。竜神さまは王国の象徴。これくらい迫力がなければいけません!」
「バートの言うとおりです。コマリが人懐っこく威厳に欠けるのでは、と心配していました」
怯える国民とは対照的に、アルベルトとセリーヌだけはご機嫌だったのだ。
すべての式典が無事に終了し、時刻はすでに深夜になっている。
コマリは疲れたのか、子供の姿に戻るとローラに抱かれ寝室に向かう。マリも一緒に行こうとしたのだが、フェリスに引き留められた。
「マリは、もう少しつき合ってね」
彼女に手を引かれ、着いた場所はパーティー会場だった。そこには巨大なケーキが置かれ、千本のろうそくに火が灯されているのだ。
「聖女さま! 千歳のお誕生日、おめでとうございます!」
会場に万雷の拍手が湧き起こる!
「千歳! 千歳! 千歳! 聖女さま生誕のミレニアムを祝福し、乾杯~~っ!」
マリは笑顔で応えるが、心の中ではガックリとうなだれていた。
(子供の頃ならいざ知らず、女性に向かって年齢の話をするのはどうなのよ? しかも千歳の誕生日なんて、嬉しいはずないって!)
そんな彼女の気持ちなどつゆ知らず、誕生パーティーは大いに盛り上がり、朝まで千歳コールが鳴り止まなかったのだ。
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