86話 リザードル襲来!(後編)

 リザードルの族長を目指して走るエリックとウェグだが、激しい抵抗に合いほとんど進めていなかった。


「ウェグ、俺のことはいい、先に進め!」


「そう言われてもなぁ、この数のリザードルを突破するのは無理ってもんだ」


「俺たちが族長を倒せなかったら城塞は全滅だ、急げ―――っ!」


(仕方ねぇ! すまん、マリ。俺はウェアウルフの族長ウェングに戻る。悪く思わんでくれよ)


 ウェグが神体に戻ろうとしたときだ。


「エリックー! ウェグー!」


 ソフィの声が彼の耳に届いた。そして、彼女が持っている剣がオリジナルの聖剣エスタラルドだとすぐにわかったのだ。エリックも気がついたようで、二人は血路を切り開きソフィと合流する。


「エリック」


 ソフィは肩で息をしながら言葉を続ける。


「聖剣エスタラルドよ、あなたなら使いこなせるはず……」


 言葉が終わらないうちにソフィの体が地面に叩きつけられた!

 エリックが彼女を殴ったのだ。


「この、大バカ野郎! その剣を何だと思ってやがる。その剣はな、聖女が自身を犠牲にして作り出した神聖結晶を宿してるんだ」


「マリの自身の?」


「ああ、そうだ。その剣に使われている神聖結晶を取り出すため、聖女は自らの体を切り裂いた! 文字通り聖女の半身だ。それをお前は他人に任せるという。そんな根性なしならその剣を今すぐここで捨てろっ! 俺が拾ってリザードルの族長を叩き切ってやる!」


 その言葉に一瞬、唖然としたソフィだが、すぐに前を向いた。


「いや、族長はわたしが狩る! すまないエリック。ちょっと自信をなくしてただけよ。この剣はマリがわたしに届けてくれたんだ。マリの顔を思い出したら自信が湧いてきた」


「ようやく目が覚めたか、手のかかる後輩だぜ。ソフィ、ここは俺が何とかする」


 リザードルとの戦闘を再開し、エリックは何とか進路を確保したのだ。


「行け、ソフィ! いい結果を待ってるぜ」


「任せておいて!」


 ソフィはウェグと一緒に、わずかな進路を押し広げるように突進した。エスタラルドの扱い方も何となくだがわかってきている。


 しかし、それでも敵の防御は厚く容易に突破できそうもない。


「ソフィ!」


「なに? ウェグ」


「今から起こることを見ても決して驚くんじゃないぞ! 俺がリザードルの族長のところまで必ず連れていく。そのあとは頑張れよ」


 ソフィがウェグを見た瞬間、彼の周囲の空間が入れ替わった!

 そこには三メートルに達する巨大なウェアウルフが現れたのだ。


 ウォオオォォォ―――ォォォオオッ!!


 ウェグは遠吠えをすると、ソフィを抱え風のように走りだした。リザードルが立ち塞がっても、そんな障害などないかのように突破していく。


「いいか、族長の手前で放り投げる。着地は自分でやれよ! 周囲にいる雑魚ざこは任せろ。お前は族長にのみ集中するんだ」


「わかった!!」


 そして、放物線を描くようにソフィの体は宙を舞った。彼女が猫のように音も立てずに着地すると、そいつは目の前に立ちはだかっていたのだ! 五メートルを超える巨躯きょくを誇るリザードルの族長が!


 ソフィがにらみつけると、そいつも背中のトゲを逆立てて威嚇する。


 プシュシュルルル―――ウゥゥ!


 二人の戦いが始まった!


 族長の激しい攻撃をソフィは紙一重でかわしていく。尻尾の一撃を避けたとき、ソフィは暴竜と戦ったことを思い出していた。


「あれってコマリだったのよね。知らなかったとはいえ、大きなケガを負わせなくてよかったわ」


 激しい戦いだというのに、彼女の脳裏にはそんなことばかりが映し出される。


 初めてマリと出会った倉庫街の悪党たち。

 ナルカ村で戦ったミスロザウル。


「その戦いでハリルはいちど死んだのよね。そうそう、痴話喧嘩もしたわ」


 激しく体を動かしながらも、ソフィの表情は穏やかになっていく。それに反比例するように、聖剣エスタラルドの輝きは増していくのだ。


「この剣の輝きは暖かい。マリそのものだわ。絶対に折ったりしない。剣を折るのは下手な証拠よ。わたしは折ったことなんか一度だってない。

 ―――そうか、簡単だったんだ。剣がどう振られたいのか、わたしは知っていたはずなのに」


 ソフィは、そのとき初めてリザードル族長の姿を捉えた。そして、それは止まって見えたのだ。隙がある、そこを目がけて彼女は剣を滑らせた。


 ――――――ピシュ!


 空間の亀裂が静かに走っていくのを彼女は見た。それはリザードルの族長の右肩から左わき腹に到達し、そして音もなく消える。


 そして次の瞬間! そこにあったものは空間ごと切り裂かれていた!!


「秘技スラッシュ」


 リザードル族長は両断され、血しぶきが辺り一面を朱に染めたのだ。




 勝負は決した!


 族長を失ったリザードルたちは森へ逃げ帰って行く。それを見ながらエスタラルドを鞘に収めると、ウェグが近づいて来た。もう、いつもの人の姿に戻っている。


「ウェグ、ありがとう」


「ソフィ、さっきのことは内緒だぞ。マリに知られると大目玉を食らうんだ」


「わかってるわよ」


 ソフィは笑いながらウェグと共に歩きだした。やがてエリックが加わり。気がつけば後ろをナラフが歩いている。


 そして城壁を見上げれば、そこにはルリとマリリンが笑いながら手を振っているのだった。



 ◇*◇*◇



 ―――それから数日後。


「俺はマレル島へ帰る。よかったらお前も来ないか。つもる話もあるし聖女に会いたいだろう」


 ナラフがエリックに言う。


「申し出はありがたいが、俺にはこの城塞の住民を守る義務がある。ここで、もうしばらく静かに暮らすさ」


「大丈夫か? また、リザードルが攻めて来るかもしれないぞ」


「それは大丈夫じゃ。ここには魔術師協会の精鋭を数十名常駐させることにした。リザードルは族長を失い当分は再起不能じゃろう。それに、あれだけ強力なモンスターなどこの近辺には元々おらんからな」


「ああ、マリリンが仕切ってるなら大丈夫か。

 ―――しかし、あんたとはどこかで会っているような気がする」


「なんじゃ、わしを口説いておるのか。わしはナラフと初対面じゃぞ」


「そうか、気のせいかもな」


 ナラフはソフィに向き直った。


「俺は先に帰る。これでも島の王で仕事も多い」


「ありがとう、ナラフ。わたしたちにつき合ってくれて。獅子王と一緒に旅ができたなんて、いま思うと光栄だわ」


「俺も楽しかった。ルリもウェグも達者で」


「ああ、ナラフも達者で」


「達者で、って言っても、共和国へ戻れば顔をつき合わせることになるがな」


 彼は翼を生やし共和国へ空路帰還した。


「そういえば、ルリ。ここへ来るときも魔の森を歩かず、ナラフに運んでもらえば楽だったんじゃない?」


「あ~、そうだね。なんでそうしなかったんだろう?」


「獅子王は退屈だったのさ。人間が嫌いじゃないし、お前たちと道中を楽しみたかったんだろう」


 その言葉に納得したのか、ソフィは大きくうなずいた。


「そういえば、ウェグ。あなた、ガルガンティスって知らない?」


「さぁ、知らんな。そいつがどうした?」


「聖剣エスタラルドをわたしに届けてくれたの。どうしてあいつがここに来たのだろう、って思ってさ」


「そいつも獅子王と同じように退屈していて、人間に構いたくなったんだろう」


「ふ~ん……そうね、そういうことにしておくわ」


 ソフィ、ルリ、ウェグの三人は春までエトナ城塞に滞在した。エリックに剣の修業を、マリリンに魔術師の修業をつけてもらい、春の日差しがこぼれるころ聖都に帰還したのである。

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