49話 政変(クーデター)
翌朝、マリは王国の首都アルーンを訪れた。
「お姉さま、わたしたちは神国政府のお尋ね者です。ルーンシア王家の方は面会してくださるのでしょうか?」
「大丈夫。念のため、ガルさんとサンドラさんを使いに出したの。そうしたら会ってくれるって。二人はもうアルーン城にいるわ」
マリはコマリを抱きかかえ、サラと一緒に城塞に入る審査の列に並んでいる。
そしてお昼を回ったころ、数頭の騎馬がパカラパカラと走って来た。その中の一頭に跨った金髪の女が、マリを見つけるなり馬を寄せて来たのだ。それはフェリスで、馬上で不審な顔をしている。
「マリ、どうしてこんなところにいるの? 午前中に到着するって使者の方から連絡があったから、昼食会の準備をしてたのよ」
「ごめんね、フェリス。10時に着いたけど、こんなに長い行列ができてるなんて知らなかったのよ。もうちょっと待ってくれる」
マリの言葉の意味がわからなかったらしく、フェリスはしばらく考え込んだ。そして、理解すると大声で笑いだしたのだ。
「並ぶ必要なんてないのに!」
「そうなの?」
「聖女さまなら無審査に決まってるじゃない。国賓が列に並んで城塞へ入ろうとしたなんて、王国の歴史でもマリが初めてよ」
「あの、お姉さま。わたしもどうして並ぶのか不思議でした」
サラにまで指摘され、マリは真っ赤になる。
フェリスに案内され城へ到着すると、すぐに謁見の間に通された。部屋にいたのはアルベルト新国王とセリーヌ王太后で、二人は片膝をついてマリを出迎える。彼女も聖女らしく
しかし、その聖女モードも三分後には
(笑いのツボが母子で同じなんだわ)
マリはそう思うことにする。
「聖女さま、申しわけありません。たいへん失礼なことを。
セリーヌはコロコロと笑い、それを見たマリも思わず笑ってしまう。そして、謁見は和やかな雰囲気の中行われたのである。
「マリ、神国の様子がおかしいのです。何があったのですか?」
「セリーヌさま、ミスリーでクーデターが起きました。わたしも反逆罪で指名手配されています」
「その噂は本当だったのですか」
「情報があればと思い王宮を訪れたのですが、何かご存じないでしょうか?」
「わたしたちも混乱しています。ただ、これまでの経緯は話しましょう」
セリーヌの説明によれば、5月27日にヴィネス侯が王国に亡命して来た。その数日後、神国政府から身柄引き渡しの要請があり、今は交渉中らしい。
「それで、王国は要求に応じるのですか?」
「安心してください、マリ。そのような真似は絶対にしません」
そう言うのはアルベルト陛下だ。
「ヴィネス侯にはお世話になりましたからね」
「ありがとうございます、バートさま。それで閣下はどちらに?」
「セイルーンに滞在しています。マリのお友達も一緒ですよ」
セイルーンは王国の北にある主要都市で、神国との国境に接している。
「マリ、これからどうするのです?」
陛下が心配そうにたずねる。
「どうしたらいいのかわかりません。神国には帰れませんし、とりあえずセイルーンへ行って仲間と合流します」
「帰る場所のない辛さは痛いほどわかります。私と妹もそうでしたから」
「亡命者は千人を超えたとか。その方たちの行く末を思うと胸が痛みます」
セリーヌが沈痛な表情で話す。
「そんなに多いのですか? 亡命した人は」
「ええ。一族で逃げませんと残った者は粛清されますからね」
「マリも大変ね。聖女さまとして、そんな人たちを養わなくてはいけないなんて」
(えっ、わたしが面倒をみるの? 千人を養うお金なんて持ってないけど)
フェリスの言葉にうなだれていると、陛下からある提案があった。
「じつは、セイルーンをマリに割譲しては、という話があるのです」
「セイルーンをわたしに、ですか?」
「ブーエル討伐の謝礼として献上品を贈りたいと思い、何がいいか臣下と相談していたのです。そうして領地割譲案が出てきました」
「マリがセイルーンを受け取れば、亡命した人も助かります。王族が受けた恩、ここでわずかでも返させてください」
「兄もわたしも亡命の辛さが身に染みているわ。恩人がそんな目に合うのは見てられない! ぜひ受け取ってちょうだい」
陛下もセリーヌもフェリスも、セイルーン割譲をやたら勧めてくる。
「あの~、わたしがセイルーン領主になるということは、バートさまの臣下になるのですか?」
「とんでもありません。聖女さまを臣下扱いすれば竜神教徒が暴動を起こします。あくまで領地は差し上げるのです」
「ただ、セイルーンにいるのは王国民です。それでこうしてはどうでしょう。あの地を『王国領聖女自治区』にするのです」
「お兄さま、お母さま、素晴らしいアイデアだと思います!」
それから話が勝手に進んでいき、気がついたときは領地割譲の締結書が目の前に置かれていた。もちろんペンとインクも一緒だ。
マリは、ジト~っとした目で三人を見る。しかし他に選択肢はない。彼女はため息をついて書類に署名した。
こうして王国領聖女自治区が誕生し、マリが領主になったのである。
謁見が終わりマリが退室したあと、残った三人は顔を寄せ合った。
「これで聖女さまが王国のものになりました」
陛下が口の端を持ち上げて笑う。
「クーデターを起こした神国の貴族たちに感謝しなくてはいけません」
「本当ですね、母上。彼らはまったく愚かなことをしたものです」
「お兄さま、この機会に神国へ攻め込んではどうでしょう。聖女さまが侮辱されたのですから大義名分はわたしたちにあります。それに、もともとあの地は王国領です。再統合してもいいんじゃありません」
「フェリス、それは愚策だ。そんなことをせずともあの国は近いうちに崩壊する。そして聖女さまが実権を握るだろう。そうなれば労せずして王国領になる」
「まぁ、バートもだいぶ政治がわかるようになりましたね」
三人は
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