50話 王国領聖女自治区

 マリはセイルーンへ行きソフィと合流した。二人は抱き合って再会を祝う。


「ソフィ、ごめんね。こんな大事おおごとになってるなんて知らなかったから」


「いいわよ。それより領地割譲の話を聞いたわ。マリがセイルーンの領主になるのでしょう」


「ええ、そのことも含めてヴィネス侯爵閣下に会わないといけないの」


 二人で肩を並べてセイルーン城へ行くと、ヴィネス侯、クリス、グレンが会議室で待っていた。王国特使としてフェリスも同席している。




「閣下。わたしが留守のあいだ、何があったのか教えてもらえますか?」


「聖女さま。パウエル侯が反逆し、ミスリー城を反乱軍に制圧されました」


「詳しくは私から」グレンが後を続ける。


「クーデター首謀者は貴族序列二位のパウエル侯ですが、三位のルーンゲート侯、四位のエスタミルト侯も加わっています」


「それで、どれくらい被害が出ました?」


 マリが心配そうにたずねた。


「反乱軍に城塞を囲まれた時点で降伏し、閣下を含め私たちは気配断ち結界を使って脱出しました。なので犠牲者は出ていないと思います」


「王国で聞いた話だと千人以上の亡命者がいるそうですが、その方たちは?」


「彼らも全員無事です」


「マリの騎士団が助けてくれたのよ」


「わたしの騎士団?」


 クリスの言葉にマリは首をかしげた。


「聖女さま。魔王ブーエル討伐のあと『自分の騎士団が欲しい』と、言われたことを覚えておられますか?」


「ええ」


「その騎士団が編成された直後、今回の事件が起きたのです。亡命者は団員たちに助けられ、無事に王国に逃れることができました」


 ヴィネス侯が説明した。


「ああ、なるほど。グレンさんが指揮する騎士団であれば、彼らを脱出させることができるでしょうね。ルリさん、リンさん、シスさんの魔法もありますし」


 マリは納得してうなずいた。


「ちなみに、わたしも新騎士団の一員よ」


 ソフィが笑いながら言う


「でも神国から追い出されちゃったし、これからどうなるのかしら。この話はなかったことに、なんてならなければいいけど」


「安心して。わたしの希望で作られた騎士団だし、セイルーンでも維持するから。

 ―――ねぇ、フェリス。それくらいなら大丈夫でしょう?」


「もちろんよ。マリが領主なんだし、騎士団の予算くらい余裕で組めるわ。それで団の名前を教えてちょうだい。予算を申請するに正式名称が必要になるから」


 フェリスの質問に、マリは輝くような笑顔になる。そして、


「聖竜騎士団です!」


 と、胸を張って宣言したのだ。


「いい名前じゃない。聖女さまの騎士団に相応ふさわしいわ。城の財務に伝えておくから、三日後には運営費を受け取れるはずよ」


 こうして、マリの親衛隊『聖竜騎士団』が正式に発足したのである。


「よかったー、失業しなくて」


 ソフィのため息交じりの本音に、その場にいる全員が笑うのだった。



 ◇*◇*◇



 聖女自治区は順調にスタートを切った。ヴィネス侯が摂政に任命され、新政府が発足したのだ。


 マリは城のテラスに立ち、ぼーっとセイルーン市街を眺めていた。


(ここがわたしの領地か。実感が湧かないけど)


 実感が湧こうが湧くまいが、この地の平和は彼女に委ねられた。それを思うと胃の辺りがズンと重くなる。


(領地割譲なんて断ればよかった……でも、そんな状況じゃなかったし)


 彼女は、ふ~っと息を吐きだした。


「マリ、ここにいたんだ」


 声がしたので振り返るとフェリスがいる。


「上手く行ってるじゃない、聖女自治区。まぁ、マリの手柄じゃなく摂政閣下の手腕だけど」


「それとフェリスのおかげね。王国が全面的に支援してくれるから、セイルーン貴族や市民もわたしたちに協力的だわ。

 ―――それで、何か用? わたしを探してたのでしょう」


「ああ、そうだった。じつは新しい情報が入ったの。パウエル候は神国の支配に失敗するかもしれない」


「どういうこと?」


「マリは神国政府から指名手配されてる、って話してたでしょう」


「うん」


「そのことで竜神教徒が怒ってるの。聖女さまを侮辱したって。神国の貴族も本当にバカよね。彼らを敵に回して統治できると思ったのかしら」


 その話を聞いてもマリはピンと来なかった。


「よくわからないわ。わたしのことでどうして竜神教徒が怒るの?」


「マリの世間知らずも相当なものね」


 フェリスは苦笑する。


「いい、よく聞いて。アルデシアで竜神さまは絶対的な権威なの。そして、竜神さまの御使いとしてご降臨されるのが聖女さま、つまりマリよ」


「わたしはそんな大層なものじゃないけど」


「この際、マリの自己評価は関係ないわ。竜神教徒がそう信じてるの」


 マリは改めて考える。


(そういえば、国王陛下でさえわたしにひざまずくものね。聖女って思ってる以上に偉いのかも。

 ―――うん? 聖女でそうなら、竜神のコマリはもっと偉いのかしら?)


 頭の中で『?』マークがいくつも浮かんだ。


「マリ、どうしたの? ボーっとして」


「ああ、ごめんなさい。ちょっと考えごとをしてただけ。気にしないで」


「ならいいけど―――とにかく神国情勢は注意しておくわ。何かあればすぐ知らせるから」


 そう言い残してフェリスは下がって行く。彼女の後ろ姿を見送りながら、マリは首をかしげた。


「ええっと……フェリスは何が言いたかったのかしら。竜神教徒が怒ってるのは理解できたけど、それでどうなるのだろう」


 ミスリー城の周りをデモ行進するのかな? 呑気にそんな想像をする。


 このときマリは甘く考えていた。事態は彼女の想像を超え、とんでもない事件に発展して行ったのだ!



 ◇*◇*◇



 最初の一報が入ったのは6月12日だった。


『ミスリー城塞で竜神教徒と近衛騎士団が衝突。信者に数名のけが人が出た模様』


 翌日、続報が届く。


『近衛騎士団が神殿本部を捜索。十名の神殿幹部を拘束した』


 数時間後。


『幹部の解放を叫び、千人を超える信者がミスリー城を包囲している』


 そして、翌々日には洪水のように情報が押し寄せてきた!


「聖女さま、緊急事態です! 神国政府に不満を持つ信者が数万人ほど、ルーンに集結しつつあります」


 ルーンというのは竜神教発祥の地で、竜神教徒にとって聖地だ。


「パウエル侯が司祭長さまを逮捕するから……本当にどうかしています!」


 摂政もクリスも顔が真っ青だ。


「ね、マリ。言ったとおりでしょう。竜神教徒を敵に回すなんて絶対にやってはいけないの。そんなことをすれば王国でさえ一瞬で滅びるわ」


 フェリスは今回の騒動が予想できていた。そしてこれからどうなるのかも。


「聖女さま、事態は私共の手に余ります。あなたさまのお力におすがりするしかありません」


「このままだと大規模な暴動が起き、大勢の民が犠牲になるわ。マリ、お願いだから彼らを救ってあげて!」


 うなだれる摂政と涙を流すクリスを見て、マリは途方に暮れた。


(はぁ~~っ。やっぱり最後はこうなっちゃうのよねぇ。みんなが聖女にひざまずくのは、それ相応の責任を取れということなんだわ)


 彼女は深呼吸して、挫けそうになる気持ちを何とか立て直す。


「わかりました。わたしが現地へ行き、神国政府と竜神教徒を説得しましょう」


 こうしてマリはルーンへ向かったのである。

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