51話 ルーンに吹く風

 ルーンは古く小さな街で、人はほとんど住んでない。わずかな数の神官が、神殿を維持するために滞在しているだけだ。実際に街を管理しているのは、数キロほど南にあるルーンシスタである。




 マリは、聖竜騎士団の団員と一緒にルーンシスタ城塞に向かっていた。


「マリ、今回は任せておいて。あたいの親父おやじが領主だからさ、話はもう通してあるんだ。受け入れ準備ができてるはずだよ」


 道中、リンが彼女に向かって話す。ちなみに、聖竜騎士団の団員は互いに呼び捨てになった。マリが領主命令だと言い張って強引に決めたのだ。


「へぇ、リンはルーンシスタ伯爵令嬢なんだ」


「とてもそうは見えないでしょう。言葉遣いは悪いし、喧嘩っ早いし」


 笑いながらリンをからかうのはグレンだ。


「対アンデッド神官なんてやってたらそうなるって。あたいだって、この部署に来てから柄が悪くなったもん」


 シスはそう言い、意地悪そうにルリを見た。


「なんだい、あたいが原因みたいな目をして。そりゃ、実家は貧乏だし育ちはよくないけどさ」


「あたいもシスも、ルリを尊敬してるから言葉が移っちゃうんだよ」


「本当かい? とてもそうは見えないけどね」


「本当だってば。あたいたちは、ルリ姐さんを目標にして頑張ってるんだ」


 ニヤニヤ笑うリンとシスを見て、ソフィが絶妙のフォローを入れる。


「冗談なんかじゃなくルリは尊敬できるわよ。わたしも、ルリみたいなお姉さんがいたらいいなって思うもの」


「うん、うん。ソフィだけだよ、あたいの味方をしてくれるのは」


 みんなで軽口を言い合いながら歩いていると、ルーンシスタ城塞が見えてきた。


「凄い! 城塞の周りはテントだらけじゃない」


 マリが言うように、集まった竜神教徒が城塞からあふれ出し、辺り一面に数えきれないテントが広がっている。


「七万人の信者が集まってると報告を受けたが、その程度では済みそうにないな」


 グレンの言葉に、彼女はゴクリと唾を飲み込んだ。実際に、竜神教徒の数は二十万人を超えていたのである。




 城塞に到着すると、ルーンシスタ伯爵が門まで迎えに来ていた。それ見て、リンがかけ寄り挨拶する。


「お父さま、お久しゅうございます」


 ローブの裾を持ち上げ優雅に挨拶する姿は、まさしく伯爵令嬢だ。彼女のあまりの豹変ぶりに、マリは笑顔のまま冷や汗を流した。


「おお、リンか。神官の修行を頑張っているようだな。ヴィネス侯爵閣下からもお褒めの言葉をいただいておる」


「ルーンシスタ家の長女として、神殿にお仕えするのは当然のことですわ。

 ―――それはそうと、お父さま。聖女さまがお見えになられています」


 伯爵はマリの前まで来るとひざまずいた。

 アレックス・アルケット・ド・ルーンシスタ。リンと同じ金髪と青い瞳を持つ精悍せいかんな貴族だ。


「聖女さま。ご尊顔を拝見でき、これに勝る名誉はございません」


「伯爵閣下、立ち上がられてください。頭を下げなくてはならないのはわたしです。竜神教徒を支援してくださり感謝の言葉がありません。これだけの人数に、寝る場所と食料を行き渡らせるのは大変でしたでしょう」


「感謝には及びません。これがルーンを預かる者の責務ですから」


 マリたちは伯爵に案内され入城した。そして詳しい状況を知らされたのだ。




「聖女さま、事態はひっ迫しています。パウエル候が率いる五万の神国軍が、ここに向かっていると報告がありました。二日後には到着するでしょう」


 それを聞き、マリはしばらく考える。


「わかりました、閣下。神国軍はわたしにお任せください。パウエル侯に、ミスリーに引き返すようお願いしてみます」


「マリ、それは危険すぎるわ!」


「そうです。パウエル侯は聖女さまを捕らえ処刑するつもりです。説得など不可能でしょう」


 ソフィとグレンが猛反対する。


「私もお二人の意見に賛成です。交渉は難しいと思います。それにルーンシスタにも軍備があります。また、竜神教徒の中にも戦える者が多い。明後日までに二万の軍を揃えて見せましょう」


「それだけの兵力があれば何とかなります。我々にはステータス上昇魔法もある!

 ―――ソフィ、これから作戦を立てるぞ」


「了解」


 二人は部屋を飛び出して行き、それをマリは苦笑いしながら見送った。


「聖女さまはよい部下をお持ちですな」


「いえ、いえ。戦闘ばかり好きで困っています。そんなつもりでここを訪れたわけではないのですが」


「ですが戦闘は避けられません。二十万人の竜神教徒が蹂躙じゅうりんされる光景など、私は見たくない」


「わたしも見たくありません。本当に戦わなくてはならない状況になれば、そのときは覚悟を決めます。でも、今回はそうならないと思いますわ」



 ◇*◇*◇



 翌朝、ルーンシスタ城塞では神国軍を迎え撃つ準備が始まった。ソフィとグレンはやる気満々で、軍の幹部たちと打ち合わせしている。


「俺とソフィで主だった指揮官を刈り取る。そうしたら合図を送るから、全軍で突入してくれ」


「たった二人でですか! さすがに無謀ではありませんか?」


「詳しいことは軍事機密で言えないけど、ちゃんと勝算があるの。必ずパウエル侯を討ち取ってみせるわ」


「ソフィの言うとおりだ。指揮官を失い混乱してる軍など簡単に制圧できる」


 漏れ聞こえる話を聞いて、マリは頭を抱えた。


「二人とも本当に戦闘狂だわ! グレンは冷静沈着かと思ってたけど、本質はソフィとまったく変わらないんだもの」


「ハハハ、頼もしいではありませんか」


 彼女の横で伯爵が快活に笑う。


「噂は私の耳にも入っています。彼らが魔王ブーエルを討伐したのですね」


「ええ、彼らはわたしの大切な剣です。ですが、人間相手に抜きたくありません」


「あくまで交渉で解決したいと?」


「はい。それが失敗すれば彼らの出番ですが、そうならないよう頑張ります」


 二人で軍の視察をしていると、ルリ、リン、シスがやって来た。


「三人ともご苦労さま。それで上手く行った?」


「大丈夫さ、マリ。この辺りの住民はみんな避難させた。戦闘が広がっても被害を受けることはないよ」


 ルリが報告する。


「わたしの指定した場所は?」


「念入りに人払いした。でも、マリ。あんな山が戦場になるの?」


 シスが首をかしげる。


「明日、あそこは危険な場所になるわ。住民が巻き込まれたら大変だからね」


「聖女さまは、土地の者に被害が出ないよう避難誘導されていたのですか?」


 マリがうなずくと伯爵は大いに感心する。


「リン、聖女さまは立派なお方だ。これからもしっかりお仕えするのだぞ」


「はい、お父さま。心得ております」


 父親の前で猫を被るリンを見て、マリの笑顔に再び冷や汗が流れたのだった。




 こうして決戦前日は暮れていった。明日になればルーンシスタに神国軍が押し寄せるだろう。


「パウエル侯を説得できれば戦闘せずに済むのだけど……」


 マリは、寝室のベッドの上で明日の作戦を何度も考えてみる。


「たぶん、これで上手く行くはずだわ」


 そうつぶやくと安心したのか、彼女はスヤスヤと寝息を立てはじめたのだ。

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