84話 ソフィ、スランプになる

 ソフィ、ルリ、ウェグ、ナラフは、マリリンの館に案内された。


「色々と説明をしたいところじゃが、その前に言っておかねばならぬことがある! 現在、この城塞は緊急事態なのじゃ。リザードルの群れがいつ襲って来るかわからぬ。わしらと共に戦う意思がないなら帰ってくれ」


 マリリンは城塞へ来た八人を見渡すが、彼らはみなゆっくりとうなずいたのだ。


「感謝する。ここには一万人のヴァンパイア族が暮らしておって、我々が敗北すれば全員がリザードルに食われてしまう。彼らは闇落ちしていてモンスターの格好の餌になるのじゃ」


「闇落ち? ダークヴァンパイアなの」


 ソフィが戸惑いつつたずねた。


「そうじゃ。聖魔戦争の生き残りで、ゆえあってわしが保護しておる。そして、そこにおるエリックが用心棒として働いておるのじゃ」


「あたいたちはダークヴァンパイアと因縁があって、かなりの数を滅ぼしてる。そんな連中が手伝っても、ここの住民は納得してくれるのかい?」


「その点なら保証する。俺も彼らの同胞を滅ぼしているが、それでも拒まれることはなかった。あんたたちも歓迎されるだろう」


 ルリの問いにエリックが答えた。


「それじゃ決まりね。わたしはエリックに剣を教わりに来たんだし、手伝わない理由がない」


「旧友を助けずに帰れば獅子王の名がすたる」


「俺も残るぜ」


 ソフィ、ナラフ、ウェグは同意した。


「あたいも手伝うけど一つお願いがあるんだ。会長さん、戦いが終わったらあんたの弟子にして欲しい」


 ルリがそう言うと、マリリンは彼女をジロ~っと見た。


「断る! おぬしの格好を見るに神殿の最高位神官じゃろう。わしはあいつらが好かん。なにが哀しくて、そんなのを弟子にせねばならんのじゃ」


「そう言わずにさ。あたいは貧しさゆえに神官の道を志したけど、ヒールの才能に恵まれず同僚に引け目を感じる毎日だった。

 そんなとき、魔術師協会の素晴らしい制服を見て悟ったんだ。あたいの目指す道はここにある! 心が洗われる思いだったよ。転職が難しいのは知っているけど、頑張るから弟子に欲しい!」


「う、うむ……おぬしは神官の道に迷い新しい道を歩んでみたいと。わかる、その気持ち痛いほどわかるぞ! 

 わしも元神官じゃが、子を産み神聖魔力を半減させてしもうてな。そうやって己の能力に悩みながらたどり着いたのが魔術師よ。

 今では魔術師の始祖として、また協会会長という地位に収まっておるが、それは長く辛い道のりじゃった。

 ルリとやら、その険しき道をわしと共に歩む覚悟があるか?」


「はいっ!!」


「気に入った! おぬしは今日このときよりわが弟子である」


「ありがとうございます、師匠!」


 ルリの頬に一筋の涙が流れた。


「ルリルリのために衣装を用意せよ!」


 アローラは席を立ち別室にある魔術師衣装を取りに行く。


「あの、師匠。『ルリルリ』と言うのは?」


「おぬしの魔術師としての真名まなじゃ。これからはその名で生活するように。そして、わしのことはマリリンと呼ぶのじゃぞ。それがわしの真名である」


「わ、わかりました……マリリンさま」


 ルリの頬にもう一筋、別の涙が流れたのだ。



 ◇*◇*◇



 翌朝、マリリンの館の庭では激しい剣戟けんげきの音が鳴り響いていた。エリックがソフィを指導しているのだ。


 ひとしきり稽古が終わると、ソフィがエリックにたずねる。


「わたしが使っているこの剣が聖剣エスタラルドなの? 話に聞いていたけどいい剣ね」


「いや、それはエスタラルドの模造品レプリカだ。並みの剣より高性能だが本物のエスタラルドはこんなものじゃない」


「そうなの。それで師匠、前任の聖女の騎士から見てわたしの腕はどう?」


「師匠はよせ、同じ騎士だろう。お前も聖女の騎士ならその心構えで人に接しろ。傲慢な態度を取れとは言わんが、聖女の名を辱めないようにな」


「うん、わかった。それでわたしの評価は」


「正直に言って、まだ聖女の騎士は務まらん」


「厳しい評価ね。仕方ないけど」


「それでも大急ぎでエスタラルド・レプリカの使い方を覚えてくれ。リザードルたちと戦ってもらわないといけない」


「この剣をわたしが使ったら、エリックはどうするの?」


「レプリカは本物と違って予備が二本ある。俺とウェグはそれを使う。ナラフに剣は必要ないだろう」


「ああ、雑魚ざこならともかく強敵とやるなら剣はまだるっこしい。タックルをかました方が破壊力がある」


「それじゃ、ソフィとウェグには嫌でもこいつの使い方を覚えてもらうぞ。な~に難しくない、神聖魔力の流れをつかむコツさえ覚えればすぐに使える」


 エリックは剣を構え下段から中段に向けて空を切った。すると周囲の空間が巻き上がり、かまいたちのように辺り一面のものを切り裂いたのだ!


「これが秘技スラッシュ、魔術師の使う衝撃波に近い。これが基礎で、まずはこの技をマスターしてもらう」


 ソフィとウェグは、エリックの指導のもと剣の修業に励むのだった。




 一方、城壁の上ではルリがマリリンの指導を受けていた。


 ドゴゴォォ―――ォォンン!

 炸裂魔法の轟音が城塞に響き渡る。


「う~む、思っていた通りじゃ。おぬしは常人より神聖魔力の量が多いが、闇魔力の量もそうとう多い。その影響でヒールの効果が落ちていたのじゃろう」


「師匠、闇魔力が多いと神官として不味いのですか?」


「ルリルリ、敬語はよせ。おぬしも最高位神官として道を究めた者。ただの弟子ではない。ため口で十分じゃ」


「それはありがたいよ。白状すると敬語は性に合わない。それで質問の答えは?」


「神聖魔力、これは闇魔力も同じじゃが互いに相殺そうさいし合う。なので余分な闇魔力があるとヒールの効果が落ちてしまうのじゃ。おぬし、ヒール以外は得意じゃったろう。それらは闇魔力も使うからな」


「ああ、なるほど。マリリンの言う通りだ」


「おぬしは魔術師に最適かもしれん。基礎は十分できておるから闇結晶の使い方から教えるとしようかの。ルリルリ、どういうイメージで魔導杖を使っておる?」


「魔力を溜めるイメージ、かな」


「普通の杖は魔力が少ないからそんな感じじゃ。だが、闇結晶をそのまま埋めこんだこの杖は違う。まず、結晶から闇魔力を開放するイメージを持つのじゃ」


 ルリは言われたように、杖の先の闇結晶が収められた漆黒の玉を見つめる。


「そう、そしてそのイメージを抱きながら標的のイメージを重ねる」


 ゆっくりと平原へ目線を移していく。


「そこで一気に活性化させるのじゃ!」


 ドゴゴゴォォォォ―――ォォォォン!!


 先ほどとはまったく違う、凄まじい爆音が響き渡ったのだ!


「よし! 威力は申し分ない。これを短時間でできるよう繰り返し練習するのじゃ。この杖は闇魔力が高いぶんタメが不要。ルリルリなら、連続炸裂魔法もじきに使えるようになる」


「ありがとうよ、あとは一人で練習できる」


「リザードルがいつ襲って来るかわからん。気張るのじゃぞ」




 場面は元に戻り、エスタラルド・レプリカで練習しているソフィとウェグだ。


 五時間ほど練習しているが、ソフィは思ったような成果が出ていない。ウェグはスラッシュを自在に放てるようになっていて、あとは練習しだいという段階だ。


「ウェグにできて、わたしにできないなんて」


「ソフィ、気負うな! お前は力まかせに空間全体を切り裂こうとする。そうじゃない、切り裂くのは空間の一部だ。そこを切れば空間全部が巻き込まれ、大きな刃ができる。その感覚を身につけろ!」


「こちらは何やら苦労してるようじゃの」


 マリリンがエリックに声をかける。


「お前の弟子はどんな様子だ?」


「お前ではない、マリリンじゃ!

 ―――わしの弟子は優秀じゃぞ。というか、あれは神官でもエリートじゃな。そんな人材が魔術師を目指すのは稀じゃからの。これからが楽しみじゃ」


 そのとき城塞の外で、

 ドゴドゴドゴォォォ―――ォォン!

 という爆音が響き渡った。


「ほぉ、もう連続技をものにしおった。これは本当に、わしの跡を継げる人材になるやもしれん」


 その言葉にソフィは焦った。自分だけが取り残される感覚。今まで経験したことがなく、ルリやウェグに嫉妬さえ覚えた。


「よ~し、神聖魔力を活性化する技術は覚えたようだな。切り裂く感覚をマスターするのは明日以降だ」


「嫌よ、わたしはできるまで続けるから!」


 ソフィは懸命に剣を振り回す。しかし、思うような威力は得られないのだった。



 ◇*◇*◇



 その夜、マリリン、エリック、ナラフ、ウェグは部屋に集まり、リザードル対策会議を行った。ルリは魔力切れで昏倒し、ソフィはまだ練習している。


「ソフィはまだ頑張っておるのか。意欲は買うがリザードル戦には間に合わんじゃろう」


「ルリルリはどうなんだ?」


「あやつなら万全じゃ。炸裂魔法に限ってだが、わしのどの弟子より上におる。立派な戦力になるじゃろう」


「ナラフとウェグも行けるし、お前の弟子も精鋭が五人いる」


「エリック、ダークヴァンパイアの中にも戦力になりそうな奴がいるだろう」


 発言したのはナラフだ。


「いや、ここの連中の能力はそんなに高くない。闇落ちしているが元が民間人で、冒険者ランクでいえばせいぜいAからSといったところだ。リザードル相手では足手まといにしかならない」


「そうか」


「しかし大丈夫だ。この戦力なら増援が来るまで持ち堪えられる」


「ああ、連絡は伝書鳩がその日のうちについておるじゃろう。すぐに支度をしてこちらに向かっているはず。あと三日の辛抱じゃ」




 安堵した彼らだったが、明け方、見張りの報告で希望は打ち砕かれた!

 城塞の周辺には、千匹近いリザードルが群れをなして押し寄せていたのだ!

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