83話 聖騎士エリック・シュナイゼル
魔の森を巨大なトカゲの群れが疾走していた。三百匹以上のリザードルだ。地響きを立てながら走る先には小さな城塞がある。今風のものではなく、太古の遺跡を再利用したものだ。
ドガッ! ドガ、ドガァアア―――ァン!!
城壁の上から、リザードルに向けて炸裂魔法が連続で撃ち放たれた!
一回の爆発で数匹が吹き飛ぶが、彼らはあきらめず城塞に突進してくる!
「ちっ! しつこいのぉ。アロルン、おぬしもガンガン撃ちこむのじゃ!」
「でも、お師匠さまー。わたしは連続炸裂魔法なんて使えません」
「おぬしは一発づつでよい、魔力が続く限り撃ち続けろ!」
ドガアアァァ―――ァァン!
ドガガガアアアァァァ―――ァァンン!
黒髪をショートカットにしたその女は、漆黒の杖を持ち服も漆黒のボディコンワンピースだ。それに漆黒のつば広帽子をかぶった姿は、女魔術師向けファッション雑誌の表紙を飾れそうな出で立ちである。
それもそのはず、彼女は魔術師協会の会長だ。正しく美しい魔術師ルックを会員に示す義務がある。アロルンと呼ばれた弟子も、師匠よろしく正統派魔術師衣装に身をつつんでいた。
二人は炸裂魔法を撃ち続け、リザードルの群れはようやくあきらめたのか、森の奥へ引き上げたのだ。
ここは魔の森のいちばん南、アルセルナ連盟の近くあるエトナ城塞。森の中の小さな平原に残された
「ようやく森へ帰ってくれましたねー」
アロルンがため息をもらす。
「なんとかな。しかし、最近はどんどん数が増えておる。ここにある闇結晶に気がついたのじゃろう。たいした量があるわけでもないのに、そんなわずか量でも欲しいのじゃろうな」
「闇結晶は、魔王たちが独占していて森でも
弟子の言葉に師匠もうなずく。
「そうじゃな。魔の森に眠る闇結晶は膨大。ケチケチせずとも良いはずじゃが。
―――ところで、アロルン。おぬし語尾を延ばすクセがあるな」
「ええー、そうですかー? 自分では気がつきませんでした」
「聞いておると無性に腹が立ってくる。以後、注意するように」
「はーい。わかりましたー」
そんな二人の会話を聞きながら、一人の男がクスクスと笑っている。それは冒険者風の剣士で、濃いグレーの髪と瞳を持っていた。
「エリック、何がそんなに可笑しい?」
「いや、すまない。お前たちといると堅苦しい顔をするのがアホらしくなる」
「エリックさまー、それはいいことですよ。前は怖い顔ばかりされてましたもの。笑う
「ああ、本当にそうだな。ここへ来て俺もようやく気がついた」
彼がそう言いながら城塞内を見やれば、危機を脱したのを理解したのか、住民たちが三人に向かい
「エリックよ、笑うのはいいが少しは仕事をしたらどうじゃ。働いておるのはわしらばかりじゃろう」
「俺の仕事は撃ち漏らしたモンスターを始末することだ。お前とアローラが優秀で失敗がないからな」
「うむ、褒めてくれるのは嬉しいが『お前』は止めんか。わしはマリリン、こやつはアローラでなくアロルンじゃと何度も言っておろう。アロルンもお師匠さまではなく、マリリンさまと呼ぶのじゃ!」
注意されたアロルンことアローラは、苦笑いしながらエリックと顔を見合わせるのだった。
◇*◇*◇
ソフィ、ルリ、ウェグ、ナラフの一行は、セルナーの街を歩いていた。
『アルデシア史上最強の剣士、エリック・シュナイゼル。住所〇〇〇・〇〇〇〇・セルナー・アルセルナ連盟。詳しくは魔術師協会でおたずねください』
このメモに書かれた住所を探していたのだ。近い場所はあったが、そこは目的地でなかった。住民に聞いても要領を得ないし、仕方ないので魔術師協会へ出向くことにしたのである。
セルナーにある魔術師協会は本部らしく、かなり立派な建物だ。四人が建物に入れば、そこは異様な雰囲気に包まれていた。すべての女職員が漆黒のボディコンワンピースに身を包み、ファッションモデルのように仕事をしている。
「ソフィ! あたいは決めたよ」
「決めたって、なにを?」
「神官を辞めて魔術師に転職する!」
「ルリが気に入ったのなら止めないけど……
それより先に用事を済ませましょう」
ソフィは、受付に行き例のメモ用紙を見せ事情を説明する。受付嬢はそのメモを見るなり奥の上司と相談をはじめ、しばらくすると白いシャツに漆黒のズボン(これは男魔術師の正装らしい)に身を包んだ年配の男がやって来た。
「お客さま、このメモをどちらで?」
「いや、どちらと問われても……友人に借りたアルデシア剣豪列伝って本に挟まれていただけで」
「そうですか。どういう経緯であれ、このメモを持参すれば会長の元へご案内する規則になっております。ですが、会長はあいにく出張中でして。
―――少し遠いですが、その場所まで案内させましょうか?」
ソフィはその申し出を受けることにした。精鋭らしい魔術師四人に連れられ、魔術師協会会長のいるところへ向かったのだ。
◇*◇*◇
エトナ城塞では、マリリン、アローラ、エリックが顔を突き合わせ、今後の対策を話し合っていた。机の上にはこぶし大の闇結晶が三つ置かれている。
「ここにあるのはこれだけじゃがな」
「いえ、お師匠さま。これだけあればモンスターの群れが百年は暮らせます。魔王でも数体がそれくらいのあいだ暮らせますよー」
「それでどうする? この結晶をモンスターにくれてやって難を逃れるのか」
エリックが言う。
「いや、渡すわけにはいかん。我々にとっても必要な物じゃからな。それにこれを奴らに渡しても住民は無事では済むまい。彼らは大量の闇魔力を吸収したヴァンパイア族じゃ。彼らを食らえばモンスターも闇魔力を補給できる」
「戦うしかないのですかー。お師匠さまぁ」
「アロルン! おぬしはそれでも誇り高い正統派魔術師か! それと語尾を延ばすでない! そして、わしのことはマリリンさまと呼ぶのじゃ!」
テーブルにうつぶせ情けない声をもらしたアローラを、マリリンが叱りつけた。
「しかし、戦うとしても数が多いぞ。先ほどは何とか追い返したが、あの倍の数が来ると持ち堪えられん」
「魔術師協会に救援要請を出した。四日経てば精鋭たちがここへ駆けつけよう。もうしばらくの辛抱じゃ」
「それまで奴らが攻めて来なければいいが」
そのとき部屋のドアがバタンと開かれ、一人の兵士がかけ込んで来た!
「た、大変です。空から魔族が!」
「くそっ! 魔族までこの闇結晶を嗅ぎつけおったかっ!!」
マリリンとアローラは杖を、エリックは剣を取り大慌てで城塞の中央広場へ向かった。彼らが到着したとき、すでに住民の自警団が武器を構え臨戦態勢だ。
エリックは空から近づく影を見るなり、抜いた剣を
「どうした、なぜ戦闘態勢を解く?」
「いや、あれは俺の古い知り合いだ」
空を見上げれば、大きな影が持ったロープに七人がぶら下がるようにつかまっている。そして彼らは広場に降り立ったのだ。
「会長~~っ!」
四人の魔術師がマリリンの元へかけ寄った。
「おお、イブリン、アナピョン、ドリエモンにゴンザブローではないか! 救援要請に応じてさっそく駆けつけてくれたのじゃな」
「えっ、救援要請って何ですか? わたしたちは副会長に頼まれ、お客人を案内しただけです」
イブリンはそう答え、後ろから歩いて来る四人を見た。それは、ナラフ、ソフィ、ルリにウェグだ。
ソフィは、マリリンに歩み寄り例のメモを手渡した。彼女はそれを一目見ると、おおよそを理解したのか笑みを浮かべたのである。
「客人よ、事情はわかった。わざわざ遠いところをご苦労じゃったな」
「ええっと……あなたは
「よい、よい。わしが理解しておれば問題ない。なるほど、おぬしが新しい聖女の騎士か?」
ソフィはコクリとうなずく。
「ならば紹介しよう。こににおる色男が前に聖女の騎士を務めておったエリック・シュナイゼル。
―――エリック、こちらは新しい聖女の騎士だそうじゃ」
マリリンの言葉を聞いて二人は驚いていたが、エリックはナラフを見て納得したのか、ソフィに右手を差し出した。
「よろしくな、聖女の騎士さん。俺が前任の聖騎士エリックだ」
「ソフィーア・スタンブールよ。伝説にまでなった聖騎士に会えて光栄ね。それとこちらはわたしの友、聖女自治区の神官ルリ、共和国の剣士ウェグ、マレル島の獅子王ナラフ」
ソフィの紹介が終わると、エリックはナラフの前に行った。
「久しぶりだな、ナラフ!」
「ああ、こんな場所で旧友に出会えるとは思ってなかった。嬉しいぞ!」
二人は抱き合って喜ぶ。
「なんじゃ、おぬしらは知り合いか。そういうことならわしの館でもてなそう。詳しい話はそこでそこですればよい」
そして、全員でマリリンの館に向かったのだ。
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