82話 魔王たちの宴(うたげ)

 マリがダンジョンを訪れていたころ、ソフィたちは魔の森を抜けアルセルナ連盟の首都セルナーに到着していた。


 そして、市街のレストランで食事をすることになったのだが、ナラフに連れられて行った店はとびっきりの高級店だったのだ。彼はその店のなじみらしく、四人で入店すると最上級の客として迎えられたのである。


「ここにはたまに来るのだ。連盟の盟主とは懇意でな。この店は彼の紹介で来るようになった」


 料理が運ばれて来ると、ナラフは当然のようにフォークとナイフを使い高級料理を口に運ぶ。


「獅子王さま。こちらは32年物の赤ワインで、豊かな口あたりとビロードのような舌触りの一品でございます」


「うむ、もらおうか」


 給仕が注いだワインを一口飲むと、彼は目を細めて賞賛した。


「食後のワインにしては甘みを抑えてある。デザートに配慮したのだな」


「ご明察です。最上級の蜂蜜漬け菓子をご用意しました。ご堪能ください」


 そんな光景を、ソフィ、ルリ、ウェグは目を丸くして眺めていた。特にウェグとルリの二人は、高級店など入らないだけに驚き方もひとしおだ。


「獅子王と呼ばれているのは伊達だてじゃないな。まるで本物の王様だ」


「マナーで負けてるのが悔しいよ。これでも猛特訓してるのにさ」


 二人はそれぞれ感想をもらす。


「そういえば、ルリは貴族になったばかりだと話していたな。な~に、百年もすればマナーが板についてくるさ」


「しかし、魔王でも人間の食事をするんだね。あたいは獣肉を丸かじりしてるのかと思ってた。

 あ、許しておくれ。別に侮辱しているわけじゃないんだ」


「かまわんよ、遥か昔はそうだったからな。しかし、それは人間も同じだろう。文明の味を知ればそれに染まっていくものだ」


 そう言いながら、ナラフはデザートをつまみ口に運んでいる。


「ねぇ、ナラフ。他の魔王もそんな感じなの?」


「ソフィは魔王に興味があるのか?」


「うん。いちおう聖女の騎士だし、マリのそばにいれば魔王と接する機会が増えるでしょう」


「俺以外で何人の魔王と会った?」


「一人だけよ。ブーエルを討伐をしたけど、わたしは直接見てないわ。実際に戦ったのは、スターニア近くの魔の森にいた名無き魔王ね」


「ああ、あいつか。あれは魔王というより知性のあるモンスターと言った方が近い。それに、魔の森はあのような場所ばかりでないのだ。農耕地はあるし、街や村だってある。城塞都市もあって支配者までいるぞ」


「わたしたちと変わらないじゃない!」


 ソフィが呆れて言う。


「違う面もある。闇魔力の中に住まう者は強いぶん数が少ない。人間が数千万いるとしたらせいぜいが数十万だ。魔王ともなると百人ほどしかおらん」


「ナラフと一緒にいると勉強になるわ」


 それから数時間、ソフィとルリは魔王についての講義を拝聴したのだった。



 ◇*◇*◇



 場面はハリルに切り替わる。


 高級レストランで食事をしているソフィたちと違い、彼はダンジョンの奥底で魔王たちのうたげにつき合わされていた。七人の魔王と彼らの部下が集まり、アマルモン宮殿で飲めや歌えの大宴会を開いていたのだ。


 ハリルはイフリータと呼ばれる女魔王に飲み物をつがれていて、その横ではファムが酔いつぶれている。


「未成年なのでお酒はちょっと」


「あら、これはお酒ではありません。葡萄ぶどうジュースですわ」


 しゃくをするイフリータはぞくっとするほど美しく、何ともいえない色香がある。


「あの、イフリータさん。ちょっとお聞きしたいのですが」


「何でしょう、ハリルさま」


「失礼だったらごめんなさい。イフリータさんは魔王なのに人間そっくりでとても綺麗でしょう。どうしてかなと思って?」


「あら、綺麗だなんて嬉しいですわ」


 イフリータは顔を赤らめる。


「う~ん、何て説明すればいいでしょう―――そうだ、ハリルさまは魔法陣を作れます?」


 とっぴな質問に小首をかしげながらも、彼は魔法陣を空中に張って見せた。それは白銀に輝く神聖魔力の魔法陣だ。


「まぁ、きれい! では今度はわたしが」


 イフリータが魔法陣を出現させると、それは光を吸収する漆黒の円盤だった。


「ご覧のように、わたしたちは闇魔力と共に生きています。でも違っているのはそれだけで、他の部分は同じですよ」


「でも、アマルモンさまやセーレさまは人と違っていておっかないです」


 ハリルが顔をしかめると、それを見たイフリータが楽しそうに笑う。


「恐ろしさは強さの象徴なの。強くありたいと願う心に闇魔力が反応し、長い年月を経てそういう姿に変わっていったのよ。女の魔王は美しくありたいと願い、妖艶な姿になることが多いのです」


「それでは、姿形が違っているだけで中身は人間と変わらないのですか?」


「変わらないかどうかお見せしましょうか。上の階に手ごろな個室がありますし」


 イフリータの誘いに胸がときめいたハリルだが、次の瞬間、彼の首はきつく絞められていた。


「ハリルよ。わしは自分の浮気には寛容じゃが、連れの浮気には不寛容じゃぞ!」


 ファムの目はすわっていて狂気の世界をさまよっている。


「わかった、わかったから首を絞めないで! 浮気なんてしない、僕が好きなのはファムだけだから!」


「そうか、ならば良い」


 彼女は再び横になり、スヤスヤと寝息を立てはじめたのだ。


「はっはっはっ。ファムに惚れられるなど、とんだ災難だな」


 アマルモンが彼を見て笑っている。


「そういえば、ハリルよ。魔の森に入ったことがあるか?」


「ええ、ちょっとだけですけど」


「あそこはわしらの故郷でな。ここにいる全員が、七百年前まであの森で暮らしていたのだ」


「そうですね、アマルモンさま。いま、森はどうなっているのでしょう。魔王サタンが全権を掌握したでしょうか?」


 二人の会話にセーレが加わった。


「いや、サタン以外にも強い魔王がいるからな。奴がやすやすと森全体を支配できるとは思えん。聖魔戦争に敗れはしたが、ダークヴァンパイアも隠然たる力を持っているし」


「あのときは族長のラキトルが大魔王になり、魔王サタンを滅ぼすかと思われたのですが」


「アマルモンさま、セーレさま。魔王の世界にも権力闘争があるのですか?」


 ハリルがたずねた。


「あるのですよ。魔の森にはダンジョンがたくさんあって、こことは比べものにならないくらいの闇結晶が埋蔵されています。その上には城塞都市が築かれ、その都市をいくつ支配するかで魔王たちは覇を競っているのです」


「我らが住んでいた城塞は魔王サタンとの戦いに敗れ、俺とセーレはここに落ちのびて来た。そこを聖女に救われたのだ」


「聖女には恩があります。彼女がダンジョンと闇結晶を提供してくれなかったら、私たちは散り散りになって力を失い、人間に滅ぼされていたでしょう」


 アマルモンとセーレの話に、ハリルは深くうなずいた。


「闇結晶って大事なものなのですね」


「ああ、魔王の力の根源であり生きていくかてだ。お前たちが追っているバフォメットも、闇結晶欲しさに人間に使われている」


「そうじゃぞ、ハリル。闇の魔導士会はかなりの量の闇結晶を蓄えておる。奴らはそれを使って魔王を使役し、さらに多くの闇結晶を求めておるのじゃ」


 そう言うのはファムだ。


「起きていたんだ?」


「当たり前じゃ。おぬしがイフリータと浮気せぬか気が気でないわ」


 あはは……と、ハリルは力なく笑う。


「でも、ファム。闇の魔導士会が闇結晶を狙っているとしたら、ここも危ないんじゃない?」


「安全とは言えんが本格的には攻めて来ぬ。このダンジョンを荒らしたら、コマリが激怒するからの。現役の竜神を怒らせる勇気は奴らにもあるまい。コソ泥のような真似をするのが精一杯じゃろう」


 ファムの説明に、アマルモンとセーレも同意するようにうなずいた。


「そういえば、ファムよ。コソ泥で思い出したが、バフォメットは見つからないないままか?」


「うむ、まだ出会うことができぬ。この分だと長期戦になりそうじゃ。もうしばらく厄介になるが……良いかの?」


「構わない。好きなだけ滞在してくれ」


 こうして翌年の4月まで、ファムとハリルはダンジョンの奥底で宴会漬けの日々を過ごすことになったのである。

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