81話 竜神と闇結晶

 それから二日経ち、マリはダンジョンの最下層に戻って来た。今回は、サラとコマリ、マリーローラにメイも一緒だ。


 アマルモン宮殿がある空洞に到着するとコマリは竜体になった。その顔は嬉しさ一杯で、ハッハッと息をする姿は巨大な子犬のようだ。


「今日は思う存分穴を掘っていいからね!」


 マリの言葉が終わらないうちに黄金の竜は地面をワシャワシャと掻きはじめ、大きな穴がどんどん深くなっていく。


「コマリー、あとで人が入れるよう工夫して掘るのですよー!」


「な~に、構わんさ。俺やセーレなら、どんなに手荒に掘ってあっても取りに行けるからな」


 コマリが穴を掘る様子を、アマルモンとセーレが嬉しそうに眺めている。


「そういえば、アマルモン。ファムとハリルくんが見当たりませんが?」


「あの二人なら、ダンジョンの連合国側で警備しているぞ。人手が足りないから本当に助かる。最近はセーレばかり働かせていたからな」


「闇結晶は我々の大切なかてです。命懸けで守らなくてはなりません」


 その言葉を聞いてローラがたずねた。


「セーレ、そんなに闇結晶が減っているのですかー?」


「ええ、かなり減っています。多少の備蓄はありますが、あなた方が少しもお見えにならないので長老が心配していたのですよ」


「ごめんなさいねー。コマリが三百年も眠っていたので、ここへ来ることができなかったのです」


 彼女は二人に向かい頭を下げる。


「そうか、三百年前に聖魔戦争があったのだな。俺たちも中立などせず、お前たちに加勢してやればよかった」


「中立をお願いしたはわたしたちですしー、気にすることはないですよー」


 ローラ、アマルモン、セーレの話を聞いていたサラが、首をかしげながらマリにたずねた。


「お姉さま、聖魔戦争って何なのですか?」


「そうか……サラには話してなかったわね」


 そう言ってマリはうつむく。

 そんな彼女にローラが助け船を出した。


「それはー、わたしから話しましょう。マリアンヌには辛い記憶ですから」




 宮殿に入り、ローラが語りはじめた―――


 コマリが産まれ竜体をマリから引き継いだ。そしてその一年後、まだ赤ん坊だった彼女が誘拐されてしまったのだ。それを計画、実行したのが、闇の魔導士会とヴァンパイア族である。


「彼らは、コマリが排出する闇結晶が欲しかったのですよー」


 竜体は、体内で神聖魔力と闇魔力を生成する。神聖魔力は自分で使うが、余った闇魔力は結晶化され定期的に排出されるのだ。


 闇結晶は危険で排出するときは薬を使う。ロートスの葉は闇魔力を中和させる効果があり、マリたち竜族はこれを使っている。しかし、そういった知識のない闇の魔導士会が強引に排出させたため、コマリが闇魔力中毒になってしまった。


「中毒を起こしても死ぬことはありませんし、しばらくすれば元気になります。ですがー、力が弱まったのにつけ込まれ、大魔王ラキトルにアンデッド化の術をかけられてしまいました。それで、コマリは暴竜になってしまったのですよー」


 ―――これが戦争の発端で、そのあとの経緯はナラフがマリに話したとおりだ。




「メイお母さま! ヴァンパイア族は、お姉さまの敵だったのですか?」


「サラ、聞きなさい。哀しい歴史ですが、同胞の多くが闇結晶の誘惑に負け闇落ちを選びました。そして、竜神さまに敵対してしまったのです」


 サラは泣き出した。そんな娘をメイは部屋の外へ連れ出そうとする。


「メイ、サラにはわたしがつき添いましょう。あなたはロートス茶の準備をしてくださいねー。そろそろ、コマリが穴を掘り終え満足しているでしょうから」


「わかりました、すぐに支度をします。セーレさま、手伝ってくださいますか」


「ああ、力仕事は任せてくれ」


 そして、ローラ、サラ、メイ、セーレの四人が部屋を出て行ったのだ。


 二人だけになった玉の間で、マリはアマルモンに話しかけた。


「そういえば、他の魔王たちは元気にしていますか?」


 神秘の森のダンジョンに住んでいる魔王は全部で八人、広大なダンジョンをそれぞれ支配していて、長老のアマルモンが彼らのまとめ役をしている。


「みな元気だと言いたいところだが、リリンがここを出て行った。懸命に引き留めたのだが、どうしても外の世界で力を試したいと言うのだ」


「リリンが? ここを出ても、闇結晶がなければ生きていけないでしょう」


「それは自分で何とかするそうだ。わしと違ってあいつは若い。ここの生活に耐えられなかったのだろう」


 それを聞いてマリはため息をついた。


「ごめんなさい。人間とのトラブルを避けるように、わたしが頼んだせいですね。そのせいでダンジョンの外へ出られません。あなたたちなら、神秘の森から人間を追い出して魔族の王国を作れるのに」


「地上に出られないのは不便だが、それも契約だ。ダンジョン内では好き勝手にしてるし、慣れれば楽しいものだぞ」


 アマルモンは笑うが、マリにはそれが寂しそうに見えた。


「聖女よ、そんな顔をするな。お前たち竜族には心から感謝しているのだ。

 そうだ。次にアンデッドと争いが起きるようなら、俺たち神秘の森の魔王が加勢してやろう」


「ありがとう、アマルモン。でも、そうならないよう頑張ってみます」




 それから一時間経ち、セーレが部屋へかけ込んで来た。


「長老、出ました! 大量です!!」


「そうか、出たか!」


 アマルモンは喜び勇んでセーレと部屋を出て行く。それと入れ違いで、コマリがローラと一緒に部屋に戻って来た。


 彼女がかけ寄って来ると、マリは抱き上げ優しく髪をなでてやる。


「コマリ、いっぱい出たんだって?」


 コマリは恥ずかしそうに「あい」と答えた。


「ろーとすちゃはにがかったー」


「あれはお薬ですよー。ちゃんと飲めて偉かったねー」


 褒められたコマリは大喜びだ。




 再び全員が王の間へ集まり、アマルモンはマリたちに頭を下げた。


「感謝する。あれだけの量があれば、千年は闇結晶に困らんだろう」


「三百年分の闇結晶ですからねー。コマリもスッキリしたでしょう」


「そうですね、お母さま。溜まっていた分は出しましたから、これからは十年ごとに来れば大丈夫です。アマルモン、これからもダンジョンの管理をよろしくね」


「ああ、任せておけ」


 マリたちは魔王アマルモンに別れを告げ、コマリに乗って聖都へ帰還した。


 ファムとハリルは、バフォメットと対決するべくダンジョンに残ったのだ。

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