73話 魔導刀とファムの過去

 ルーシー城を開放した、ナラフ、ファム、ハリルは、マレル島に帰還した。


「みんな、お疲れさま」


 ナラフ宮殿にはマリがいて、笑顔で出迎えてくれたのだ。そして、ファムから詳しい報告を聞いた。


「わかった。人質は全員無事なのね」


「首謀者のアスラン男爵は殺されたがな―――しかし、シルバーがバフォメットだったとは思いもしなかったわ」


「俺はバフォメットを知らん。どんな奴だ」


「共和国にいるナラフは知らんじゃろう。スローン帝国で暗躍していた伝説的な魔王で、わしでも一対一で勝てるかどうかわからぬ」


「それで、ファム。本当にシルバーがバフォメットになったの?」


 マリが難しい顔でたずねた。


「ああ、この目でしっかりと見た。ガルやウェグと同じじゃ。空間ごと入れ替わりおった」


「魔族で空間変異ですか? あれは神族だけの特徴かと思っていました」


 神族は神聖魔力を使い人間に変身する。魔族も闇魔力を使い変身するが、人間になれる者はいない。人体は闇魔力と相性が悪いのだ。


「でもマリさま、ダークヴァンパイアは人に変身できますよね」


「ハリルくん、ちょっと違うわ。彼らはもともと人間の姿で、闇魔力を開放することで魔獣になるの。まあ人間の姿になるのは同じだし、人の中に紛れ込まれると厄介だけどね。

 ―――そう言えば、ファム」


「なんじゃ?」


「今回の企みに加わったダークヴァンパイアはどうなった?」


「そうそう、アスラン男爵の部下はすべてダークヴァンパイアじゃった。そやつらを全員滅ぼしたが、よかったのじゃな?」


「ええ。人間社会に危害をもたらす闇の者は処分します。それが聖女の務めだし、聖魔戦争とは関係ありません。償いは別に考えるわ」


「うむ。聖女として一回り成長したようじゃ」


 揺らぎのないマリの瞳を見て、ファムは満足そうに笑う。


「ナラフ、ウェグ、今回は本当にありがとう。わたしはこれで帰ります。アルーンで母が待っているから」


 すべての問題を解決したマリは、コマリに乗って王国へ向かったのだ。



 ◇*◇*◇



 ファムとハリルも、マリと一緒にアルーン城塞に向かった。そして、城に着くなり剣の修行を始めたのだ。


 カキン! カン、カン、キシューン!

 鋭い金属音が庭に鳴り響く。


「バフォメットは強敵じゃ! いつ再戦してもいいよう腕を上げておけ」


「うん!」


 稽古は激しさを増していく。

 やがて疲れたのか、ハリルは芝生に横たわった。


「はぁ、はぁ、はぁ―――」


「この程度で音を上げるとは情けないの」


「無茶言わないでよ。魔術師から剣士に転職したばかりなんだから」


 ファムは笑いながら彼の横に座った。


「剣の腕はまだまだじゃが、バフォメットを退しりぞけたのは見事じゃった。褒美として魔導刀サンスイをおぬしに譲ろう」


「えっ、いいの? 凄く嬉しいよ! 雷撃の魔剣も悪くなかったけど、魔導刀は魔力の反応速度が速くて使いやすいんだ」


 ハリルは受け取ったサンスイを抜き、うっとりした目で刀身を見つめる。


「でもファムは大丈夫? 愛刀がなくなって」


「大丈夫も何も、魔刀メイスイのおかげで戦闘力が格段に上昇したわ」


 ファムも自慢げにメイスイを抜いて見せた。


「そんなに凄いんだ。メイスイって」


「魔導刀の完成形じゃからな。失われた技術で作られた魔剣の最高傑作よ」


「失われた?」


「スローン帝国に伝わる技術じゃが、継承する刀工が亡くなり途絶えてしまった」


 メイスイの刀身を、ファムは遠い過去を思い出すかのように見つめる。



 ◇*◇*◇



 今から千年以上昔―――魔術師として限界を感じたファムは転職を決意した。


「師匠、わしは魔術師を辞める!」


 彼女が相談しているのは黒髪の美しい女で、魔術師協会の会長だ。


「気持ちはわからんでもないが、魔力はこれから伸びるやもしれんぞ」


「多少は伸びよう。じゃが、それでは一流になれん。少ない魔力でいかに効率よく敵を倒すか、その道を探してみようと思う」


「わかった。せめてもの餞別せんべつじゃ、この者を訪ねてみよ」


 そう言って、師匠は一通の紹介状を持たせてくれたのだ。


「この者は?」


「この国の著名な刀工じゃ。おぬしの道しるべになるじゃろう」




 ファムはさっそく刀工に会いに行った。


「話はわかった。師匠の頼みじゃ断れん」


「師匠? おぬしはわしの兄弟子か」


「そうだ。俺も魔力不足に悩み別の道を志した。もっとも、戦うのはあきらめ刀鍛冶になってしまったがな」


 苦笑いする刀工に彼女は聞いた。


「それであるのか? 魔力不足で戦える方法が」


「ある! 俺はある技術を継承した。それを使えば新しい戦闘法が可能になる」


「具体的にはどういう方法じゃ」


「お前は衝撃波を使えるか?」


「バカにしておるのか?」


「話は最後まで聞け。衝撃波は術者によって威力に差が出るだろう。最初はそれが魔力の差だと考えていた」


「違うのか」


「違うな。明らかに魔力の小さな者が優位に立つことがある。そして、それが鋭さの差だと気がついたのだ」


 そこでファムは相槌を打った。


「なるほど、話が見えたわ。鋭さを追求すれば、刀を使って魔法を放つ方が有利なのじゃな」


「そうだ。刀から繰り出される衝撃波の殺傷力は、ただの衝撃波の何倍にもなる。

 ―――しかしここで問題が起きた。それでは魔力効率が悪い」


 刀工は一振りの刀を見せた。


「その欠点を可能な限り排除したのが、この魔導刀サンスイ。魔力効率が最大になるように設計されている。これをお前にやろう」


「よいのか?」


「いいさ、それは試作刀だからな。本命は、使い手の魔力消費を極限まで抑えた『魔刀』の制作よ」


「それはいつ完成するのじゃ」


「さぁて、五年後か十年後か。だが道筋は見えている。そう遠くないだろう。それまでサンスイで腕を磨いておくといい」


「感謝する!」


 それから五年後、ファムは再び刀工を訪れた。しかし彼は殺害され、魔刀の情報もそこで途切れてしまったのだ。



 ◇*◇*◇



「だが、一つだけ手掛かりがあった」


 ファムはメイスイを見つめ話を続ける。


「刀工は完成した魔刀の写しを残しておってな、その図には『メイスイ』と記されておったのじゃ」


「それが、その刀なんだね」


「最初に見たときは信じられなかったが、間違いない。この刀の性能は、刀工が話していた特徴に寸分たがわず一致する」


「でもそんな刀を、どうしてバフォメットが持っていたんだろう?」


「それは、わしにもわからん―――それより、奴との再戦は確実じゃろう。それまでに奥義を伝授しておく。気張って励むのじゃぞ」


「うん」


 二人は立ち上がると、練習用の刀に持ち替え修行を再開するのだった。

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