72話 ハリル vs 魔王バフォメット!

 ルナン城塞で連合国軍が敗退した報せは、ルーシー城を占拠しているアスラン男爵にもすぐに届いた。


「話が違うではないか!」


 男爵が罵声を浴びせたのは、連合国軍師シルバー・フォックスだ。彼の横にはダークヴァンパイアのラスカーもいる。


「そういきり立つな、男爵。ルナン城塞さえ落とせば、共和国は講和に応じるはずだったのだ」


「だが失敗しただろう! 何がダークヴァンパイアだ。少しも役に立たなかったではないか」


「それは詫びよう。聖女は俺が考えていた以上に強敵だった」


「聖女の対抗策として、マリーローラという女を人質にしたんじゃないのか?」


「そのつもりだったがあっさり奪い返された。フフ、ここまで鮮やかにやられると脱帽だな」


 シルバーは自嘲じちょうするように笑う。


「だから言ったんだ。聖女がマレル島を離れるまで計画を開始するべきでなかった。母親を押さえていることが、返って油断に繋がってしまったのだ」


「ああ、ラスカーの言うとおりだ」


 シルバーはアスラン男爵に向き直る。


「男爵、計画は失敗だが悪いようにはしない。卿の身柄と一族は連合国で引き受けよう。地位も保証するし生活に困ることはない」


「間違いないのだな」


「約束する」


 男爵は安心してワインを飲み干した。


「シルバーよ。そうと決まればこんな城、さっさと撤退―――ぐっ!」


 ラスカーがいきなり苦しみだし、それを見たシルバーがかけ寄る。


「どうした!?」


「神聖魔力だ、もの凄い濃度の神聖魔力が……ぐわわああぁぁっつ!!」


 叫び声を上げラスカーは息絶えた。そして、彼の体は灰になったのだ。


「聖女の神聖魔力は相変わらず凄まじいの」


「誰だ!?」


 突然の声にシルバーが振り返れば、部屋のドアが開けられ、そこには一人の少女が立っていた。


「ファムか。どうやってラスカーを殺した?」


 ファムは魔法玉を一個つまんで見せる。


「これは聖女が作ったヒール玉じゃ。それを五千個ほど城内で潰した。他のダークヴァンパイアも、今ごろラスカーと同じ運命じゃろう」


 そして、口の端を持ち上げ獰猛に笑ったのだ。


「わしが切り捨ててもよかったのじゃが、人質を取られておるからの。このやり方なら奴らのみを排除できる。階下では、ナラフが人質を救出しておる最中じゃ」


 ファムはゆっくりと歩き出した。


「アスラン男爵! 連合国軍師シルバー! おぬしらを逮捕する!」


 そして捕縛しようと近寄った瞬間、彼女は後ろに飛び退いた!


「ハハハ、さすがに勘が鋭いな」


 ファムは抜刀してシルバーをにらみつける。すると彼の周囲の空間が入れ替わり、二メートルを超える山羊の魔族が現れたのだ!


「魔王バフォメット!」


「ほぉ、俺のことを知っていたか。お前も帝国にゆかりのある者だな」


「そういうことになるかの」


 ファムの額に冷や汗が流れる。


(わしが全盛のころならともかく、子供の体でこやつの相手は厳しい!)


 そしてジリジリ後退する。


「フフフ、俺の実力を知っているようだ」


 二人の間に緊張が走る。そしてバフォメットが突進しようとしたとき、一つの人影が部屋へ飛び込んで来た。


「ファム、人質は無事に解放したよ。獅子王さまが城の外へ連れ出してる」


 それはハリルだ。


「ハリル、ナラフを呼んで来るのじゃ!!」


 山羊の魔族を見て彼は状況を理解した。そして、急いで部屋を出ようとする。


「そうはさせるか! さすがに俺でもファムとナラフが同時では厳しい」


 バフォメットの角がハリルに襲いかかった!


 ズガッ!!

 鈍い音と共に部屋の壁に血しぶきが飛び散る!


 だが、それはハリルの血ではない。ファムが彼をかばい、バフォメットの角を自分の背中で受けたのだ。


 吹き飛び床に転がるファム!


 それを見たハリルの瞳に、激しい怒りの炎が揺らめいた。雷撃の魔剣を抜きバフォメットと対峙たいじしたのだ。


「ほぉ、小僧。俺とやり合う気か」


 彼は、笑いながら腰の刀をスラリと抜き放つ。


「その勇気に対して武人として応じよう!

 ―――だが、その前に」


 彼は振り返りアスラン男爵に切りつけた。


「ぐふっ……し、シルバー……やはり俺を殺すつもりだったのか?」


「すまんな、事情が変わったのだ。ここまで追い詰められた以上、お前を生かしておくのはリスクが大きい。悪く思わんでくれよ」


「くそっ、こんな奴を信じたばかりに……」


 男爵は倒れて動かなくなった。

 それを確認したバフォメットはハリルに向き直る。


「邪魔者は始末した。決闘を始めるとしようか」


 ハリルは、大きく息を吸うと思いきりよく踏み込んだ! そして、ファム仕込みの連撃を展開する。


 カン、カン、カキン、キシューン。

 高速の太刀が辺り一面を切り裂く!


「いいぞ、思っていたより楽しめる」


「くそっ!」


 彼は上段から切りつける。バフォメットは紙一重でかわすが、次の瞬間、剣先が信じられないスピードで切り上がった。ソフィ直伝の超高速切り返しだ。しかもそれは凄まじい雷撃をまとっている!


 ガシッツ!!


「ククク、惜しかったな小僧!」


 なんと、バフォメットは雷撃を発する刀身を右手でつかんで止めたのだ!


「種明かしをしてやろう。その魔剣は俺が作ったのだ。雷撃も俺の魔法よ。その剣で俺を倒すことはできない」


 彼は高笑いをはじめ、右手にグッと力を入れると魔剣は砕け散った。

 剣を失い後ずさりするハリル!


「ハリル! これを使うのじゃ」


 ファムは傷ついた体で魔導刀を投げ、彼は受け取り構え直した。


「刀を変えても同じだ。お前は俺の敵ではない」


 突進してくるバフォメットを見つめ、ハリルは勝利を確信した。そして、避けられないタイミングで魔導刀に全魔力を注ぎ込んだのだ!


 閃光を発してサンスイが空間を切り裂く!


 ブシュ―――ッ!!

 バフォメットの左腕が剣を握ったまま床に転がり落ちた!


「ば、バカな! 俺の体を切り裂いただと! こいつのどこにそんな魔力が?」


 よろめくバフォメット!


「くそっ、甘く見すぎた! いいか、小僧。次に会うときは油断せん。覚悟しておくことだな」


 山羊の魔族は、失った左腕を庇いながら飛び去ろうとする。


「逃がすか!」


「追うな! 追えば返り討ちに合う」


 その声でハリルは冷静さを取り戻した。

 そして、ファムにかけ寄り抱き起こす。


「すぐにヒール玉を使うからね」


「無駄じゃ……おぬしも知っておろう。わしは不老玉を使いすぎた。肉体は限界を超え、ヒール玉も蘇生玉も効かないのじゃよ」


「そ、そんな!」


「よいか、これは最後の教え……おぬしの強大な魔力は切り札じゃ。最後まで……げふっ」


「もういいよ、これ以上しゃべらないで」


「ハリル、今生の別れに口づけを」


 ハリルは涙を流しながら顔を近づけた。すると、彼女の体が目の前からふっと消えてしまったのだ。気がつけば、横にナラフがいて足を蹴り上げていた。ファムは数メートル離れた床に転がっている。


「こいつに騙されるな! この程度で死ぬ奴なら俺も苦労しない」


 ファムはムクリと起き上がった。


「ナラフ、たとえおぬしでも今のは許せん! ハリルとキスする最高の場面を台無しにしおって」


「許せんのはこっちだ。いたいけな少年をたぶらかしおって。お前にはお仕置きが必要だな!」


「いいじゃろう、何だかんだでおぬしとも決着がついておらんでな!」


 立ち上がったファムの手には、いつの間にか刀が握られていた。それはバフォメットが落としていったものだ。


「ん? こ、これはっ!」


「どうしたの、ファム?」


「どうしたもこうしたもない。この刀は魔刀メイスイじゃ! こんなところで手に入るとは思わなんだ」


「魔刀メイスイ?」


「前に話したじゃろう、魔導刀は魔刀を作るための試作刀じゃと。サンスイを元に改良されたのが、このメイスイじゃ」


 小躍りして喜ぶファムを、ハリルとナラフはあきれた顔で見ていたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る