74話 母娘(おやこ)の再会
マリは、サラやサンドラと一緒にアルーン城に来ていた。そしてコマリを抱きかかえ、ある部屋の前でウロウロと歩き回っている。
「お姉さま、勇気を出してください」
「そ、そうね」
そう言って扉の取っ手を握るが、押し開けることがどうしてもできない。実は、その部屋の中で彼女の母が待っているのだ。
「もう、マリったら!」
見かねたサンドラが扉を開ければ、そこには長い黒髪の女が立っていた。緑の瞳に透き通るような白い肌。マリそっくりだが、落ち着いた雰囲気で年上だとわかる。
そう、この人こそ先代の聖女であり、マリの母マリーローラだ。
「あの……お母さま、ですか?」
「まぁ、まぁ。ウェグから聞きましたが、本当に記憶をなくしているのですねー」
「申しわけありません」
「いいですよー。マリアンヌはそうなるのを承知で転生したのですから」
彼女はおっとりした口調で言う。
「でもー、記憶がなかったのに、よくコマリを元の姿に戻せましたねー」
「運がよかったです。一歩間違えれば、暴竜だったこの子に聖女の恵みを使ったかもしれません」
「マリアンヌはコマリに酷いことなんてしませんよー。それは、運命でなく必然だったのでしょう」
そう言ってローラはコマリを抱き受けた。
「コマリ、わたしが誰だかわかりますかー?」
「あい!」
そして、嬉しさ一杯でこう叫んだ。
「ぐらんマー!!」
その声を聞いた途端、マリはフラフラとその場で倒れてしまったのだ。
そこは清らかな森の中だった―――
「マリアンヌ。気をつけて行くのですよー」
「はい、お母さま。竜王さまの説明では、転生することで魂の重複化が起き、わたしの神聖魔力は何倍にもなるそうです。そうすれば、暴竜になったコマリを元の姿に戻せるでしょう」
「でもー、魂の重複化は記憶に影響を与えます。本当にいいのですかー?」
「それは覚悟の上です。それよりアンデッドがお母さまを狙っています」
「それは大丈夫ですよー。スローンの隠れ家に行きますから。帝国は、神聖魔力が濃い土地ですからアンデッドはほとんどいません」
「それでも、わたしがアルデシアに戻るまで十分に気をつけてくださいね」
二人は互いに見つめ合う。
「聖女、名残惜しいでしょうが急いでください。そろそろ次元の門が開きます」
「はい、竜王さま―――では、行って参ります」
(ああ、思い出しました。わたしは神聖魔力を取り戻すため、竜王さまの力をお借りしたのです。そうして日本に転生し、マリとして別の人生を経験しました)
(そうです。竜神さまをお救いするため、わたしが次元の門を開けました)
(竜王さま。わたしは御堂マリとして十七年暮らしましたが、アルデシアではもっと長い時間が経過していたのですね)
(ごめんなさい。次元の門は莫大な魔力を消費します。わたしの力では、アルデシアと日本の時間を同期できません。聖女の魂が転生して呼び戻すまで、二百七十年の刻が流れてしまったのです)
(いえ。竜王さまのお力がなければ、コマリは竜神に戻れなかったでしょう。心から感謝しています)
竜王の姿が消え去って行く―――
三十秒後、マリはゆっくりと起き上がった。そして母をきつく抱きしめる。
「お母さま、ただいま戻りました!」
「おかえりなさい、マリアンヌ」
大粒の涙を流すマリを、ローラは優しく抱きしめたのである。
◇*◇*◇
「王国に竜神が降臨したと聞いてー、すぐにマリアンヌが帰って来たとわかりました。大急ぎでアルーンに向かったのですが、連合国で捕まったのです」
「連合国は、ローラさまが王国へ行くと予想して網を張っていました。わたしがついていたのに申しわけありません」
ローラの隣で一人の女が頭を下げた。彼女の髪はショートカットで、サラやサンドラと同じで燃えるように赤い。
「メイさん!」
「マリアンヌさま、わたしのことも思い出されたのですね」
「はい。小さなころ、メイさんに遊んでもらいました。昔はこのお城で、お父さまとお母さま、そしてメイさんと一緒に暮らしてましたよね」
「よかったですねー、マリアンヌ。だいぶ記憶が戻っているようです」
そのとき、マリは何かに気がついたのか、メイの顔をじっと見つめた。
「あの……マリアンヌさま、わたしの顔に何か付いています?」
「いえ。そうではなく、メイさんのフルネームはメイ・ハートですよね?」
「そうですが、それが何か?」
その言葉に反応したのは、サンドラとサラだ。
「メイさま、サンドラです」
「サンドラ、久しぶり。あなたともずいぶん会ってなかったわね」
「失礼ですが、メイさまにお子様はいらっしゃいますか?」
「ええ。サラという十一歳の娘がいます。今は一緒に暮らしていませんが」
それを聞いたサラは、両手で顔をおおい肩を震わせた。そんな彼女の肩を、マリは優しく抱き寄せた。
「マリアンヌ、どういうことですかー?」
「お母さま。この娘は私の弟子で、サラ・ハートといいます。ミスリーで知り合いました」
マリの言葉にローラとメイは驚いたのだ。
聖魔戦争が終わり、マリは日本へ転生した。残されたローラには弟子のメイがつき添い、スローン帝国の隠れ家に身をひそめたのだ。
このとき彼女たちを世話したのがサナスという若い騎士で、彼はメイと結婚して子供ができた。それがサラである。
メイは、まだ赤ん坊だったサラを神殿本部に預けることにした。スローンが安全とはいえ、アンデッドが襲ってくる可能性を否定できない。神殿には対アンデッド神官がいるし、いちばん安全な場所だったのだ。
「ごめんなさい、サラ。あなたをミスリー神殿に預けるとき身分を隠しました。あなたが聖女さまの関係者だとわかれば、アンデッドに狙われかねないからです。さぞ辛い思いをしたでしょう」
サラは母に抱きつき泣きじゃくる。
「お母さま、お母さま―――」
涙を流しながら抱き合う赤い髪の母娘を見つめ、マリの胸には言いようのない切なさが込み上げてきた。
(わたしが始めた聖魔戦争は、たくさんの悲劇を生んでしまったのね。どう償えばいいのだろう)
彼女にはその答えがわからない。
「マリアンヌ。また、あのことを考えているのですかー?」
「……はい」
「聖魔戦争は、わたしたち竜族の問題ですよー。これから一族で償って行けばいいのです。コマリも助けてくれるでしょう」
「コマリもおてつだいする~!」
ローラに抱かれたコマリが元気に言う。
「そうですね。お母さまとコマリがいれば、何だってできるような気がします」
そう言ってマリも笑い、改めて母と抱き合うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます