75話 共和国騒乱の顛末
マリが母と再会していたころ、ガルリッツァ連合国の首都ガルリアでは、シルバー・フォックスが盟主ゼビウス・メイスンの喚問を受けていた。
灰色の魔道服を着たゼビウスは、長いあご髭をなでながら問い
「フォックス、お前に命じた内容を覚えているであろうな?」
「はっ!」
ひざまずき
「マレル島と共和国を戦わせること。ルーシー城を占拠すること。それに、ルナン城塞を陥落させることの三つです」
「そうだ。首都ルーシーが騒乱状態になり、副首都であるルナンが落ちれば、共和国は動揺する。さすれば、我々の要求を呑ませることができた」
「難しい任務ですが、バフォメットである卿にならできたはず」
発言したのは、メビウス腹心の部下ヨルムンガンドだ。白髪の騎士で白い甲冑をまとっている。
「期待を裏切り申しわけありません。ですが、聖女に邪魔されたのです。私一人ではどうしようもありませんでした」
「聖女は強大な力を持っておるが、他国の紛争には介入せぬ。それがどうして、今回に限り共和国に力を貸したのだ?」
メビウスの声は厳しさを増す。
「そ、それは……」
声を詰まらせるシルバー。
「言い難いのであれば、私が説明しましょう。聖女が介入した理由は、今回の作戦にダークヴァンパイアを使ったからです」
「あやつらは聖女の宿敵だ。連合国軍の中にいれば黙っているはずがなかろう」
「フォックス。閣下の許しを得ず、勝手に彼らを参戦させたのは越権行為。処罰を覚悟しなさい」
「待ってください!」
ヨルムンガンドの言葉をシルバーがさえぎった。
「私の一存ではありません! ダークヴァンパイアを使ったのは、闇の魔導士会の指示でした」
闇の魔導士会―――それは
「そうであれば仕方ないが……なぜ、わしに報告しなかった?」
「閣下は闇の魔導士会のメンバーです。すでにご存知かと思っておりました」
シルバーの言葉を難しい顔で聞いていたゼビウスだが、やがて裁定をくだした。
「わかった、今回は不問にする。下がってよい」
一礼をして退室するシルバーを見ながら、ヨルムンガンドがつぶやく。
「フォックスは勝手がすぎましょう。許してよいのですか?」
「闇の魔導士会の意向なら仕方あるまい。それにあれは役に立つ」
「確かに、彼は人間の知略と魔王の戦闘力を兼ね備えた得難い人材です。ですが、それをいいことに増長している」
「フォックスをけん制する意味でも、できればもう一人、合成魔王が欲しいな」
合成魔王とは、シルバーとバフォメットのように人間と魔族、両方の体を持つ魔王のことだ。
「閣下、二人目の準備がすでにできています」
「魔王リリンに適合しそうな人材が見つかったのか?」
「はい。今回の共和国侵攻で魔術師の女を一人、捕虜にしました。たぐいまれなる魔力の持ち主で、ダークヴァンパイアと互角に戦ったとか」
「名は何という?」
「アリス・ショア。伝説級の冒険者です」
それを聞いたゼビウスは、満足そうにうなずいたのだ。
◇*◇*◇
こうして、イブルーシ共和国を揺るがした騒乱は幕を下ろした。少しだけだが後日談を語っておこう。
今回の騒動で最高権力者のエイベル侯は失脚した。マレル島との関係を損ね、連合国軍侵攻の機会を作ったこと。また、側近の反乱でルーシー城を占拠されたことの責任を問われたのだ。
代わりに宰相職に就いたのが、連合国軍を撃破したルナン侯だ。侯爵はルーシー城に入ると、すぐにナラフと会談した。
「獅子王に礼を言おう。遺恨を忘れ共和国を助けてくれたことに、多くの国民が感謝している」
「構わない。一部の貴族はともかく、共和国民は魔族の俺によくしてくれた。その恩を返したまでのことだ」
「貴卿を排除しようとしていた貴族は、エイベル侯と共に力を失った」
そう言いつつ侯爵はため息をつく。
「彼らは本当に愚かだった。獅子王がマレル島を統一してくれたおかげで共和国が豊かになったのに、そのことを理解しようともしない」
「仕方なかろう。俺の宮殿には莫大な金銀財宝がある。俺を滅ぼせばそれが手に入るからな」
「その富は貴卿一人が独占しているのではない。広く国民に還流しているのだ。マレル島と取引をして儲けている商人は数えきれない」
「フフフ……ルナン侯爵家も、俺との取引で巨万の富を築いたのだったな」
「知っていたか。獅子王には
二人はワインを飲みながら、これからの共和国経済について楽しそうに語り合うのだった。
◇*◇*◇
9月20日―――マリは聖都の城壁に登り、昇る朝日を眺めていた。
「わたしがアルデシアに転生して来て、ちょうど一年になるのか」
思い起こせば
「本当に慌ただしかったけど、わたしもサラも、お母さまに再会することができた。そのことだけでも感謝しないとね」
そうは言うものの、ダークヴァンパイアのことが心に重くのしかかる。
「彼らはどうして連合国軍にいたのだろう?」
考えてみるが、さっぱり理由がわからない。
「バフォメットのことも気になるし、調べてみる必要がありそうね」
難しい顔で考えていたマリだが、朝の空気を吸い込み思いきり伸びをした。その瞳には、白銀に輝くアルデシア山脈が映っている。
「ん~っ、とりあえず家族で温泉へ行きましょうか。疲れが取れれば、きっといいアイデアが浮かんでくるわ」
そう言いながら城壁の階段を降りて行く。その足取りは、一年前と同じようにとても軽やかだった。
二章 転生聖女と降臨した竜神
―――完。
◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇
これで二章が終わりです。いかがでしたでしょうか?
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