三章 転生聖女と闇結晶の秘密

76話 妖精王の森

 ミスリーから東西に延びるのが北アルデシア街道で、東へ進めばスローン帝国領に入る。オベルランド地方と呼ばれていて、そこに広がるのがオベルの森だ。


 マリはコマリを抱きかかえ、サラと一緒に森の中を歩いていた。


「サラ、わたしから離れないでね。ここには結界が張ってあって、迷子になると大変だから」


「はい、お姉さま」


 サラは小走りでマリとの間隔を詰めた。


「これから会うのは用心深いお方なのですね。結界の中で暮らしているなんて、どのようなお方でしょう?」


「妖精王さまよ」


「もしかして、オベロンさまのことですか?」


「そうよ。コマリのことでお世話になったから、そのお礼に行くの」


 コマリが暴竜になったとき、マリは彼女を竜神に戻すことができなかった。子を産み神聖魔力が半減していたためだ。そこで、神聖魔力を取り戻すまでコマリに眠ってもらうことにした。その手助けしたのがオベロンである。何百年も眠れる術を使えるのは妖精王しかいなかったのだ。




 しばらく歩くと目的地が見えてきた。大木に囲まれた広場で、日光は差し込んでいないが柔らかな光に包まれほんのり明るい。その中を、キラキラと光の鱗粉りんぷんを撒きながら小さな妖精が飛び回っている。


 妖精の一人が、マリを見つけ近寄って来た。


「こんにちは、妖精王さまに会いに来ました。竜神と聖女とその弟子です。取り次いでください」


 妖精はうなずき、広場の中央にある小さな館に飛んで行く。


「お姉さま、妖精ですよ! わたし、見るのは初めてです」


「ママー、よーせー、よーせー」


 サラもコマリも喜んでいる。


 やがて館から二つの人影が現れた。一人はサラと同じくらいの少年、びっくりするような美少年である。もう一人はエルフに似た女の妖精だ。


 二人はコマリの前でひざまずいた。


「竜神さま、元気になられたご様子。喜ばしい限りです」


 少年は笑顔で挨拶するが、コマリは彼を見ようとしない。


「ごめんなさい、妖精王さまに眠らされたのが悪い印象になってるのです」


 マリはコマリに向かって優しくさとす。


「このお方の力があったからこそ、わたしたちは幸せに暮らせているのです。お礼を言いなさい」


 それでもコマリはマリの胸にしがみつき、オベロンから顔を逸らしたままだ。


「オベロンさま、竜神さまにすっかり嫌われてしまいましたね」


「シルフィよ、予が嫌われたら嬉しいのか?」


「はい。嫌われ者が嫌われるのは、正しいことかと存じます」


 シルフィと呼ばれた妖精は、悪びれもせず言い放つ。


「ははは……妖精王さまとシルフィさんは相変わらずですね」




 マリたちは案内され館に入った。むずかるコマリをサラに預け、彼女は二人と話し合ったのだ。


「妖精王さま。以前はお力添えをいただき、ありがとうございました。すべて順調に進み、コマリもすっかり元気になりました。すぐにお礼に来なければいけませんでしたが、生憎あいにくと記憶を失くしてしまい挨拶が遅れた次第です。申しわけございません」


「まあ、堅苦しいのはなしだ。それより聖女よ、約束は忘れておらんだろうな?」


 オベロンは口の両端を吊り上げ、口元からはよだれが垂れている。


「忘れてないですが、あれは冗談ですよね」


「冗談ではない! 予はそれが楽しみで、この三百年そのことばかり考えておった。さあ、その乳を思う存分揉ませてもらうとしよう」


 パシッ!!

 シルフィが妖精王の頭をはたいた!


「オベロンさま! ご自身が嫌われる理由がわかりますか? せっかく美少年なのに台無しです」


「美少年でも触りたいものは触りたいのだ! それに、これは神聖な契約だぞ」


「わかりました。妖精王さまが望まれるなら存分に触ってください。約束ですから受け入れます」


「おお、そうか。予は遠慮などせぬからな。ではさっそく」


 指をワキワキしながら妖精王が近づいて来る。


「ただし! わたしの胸に触るとコマリがどうするか、よ~く考えてくださいね。あの子は眠らされたことを恨んでいます。何をしでかすか、母親のわたしですらわかりません」


「ひ、卑怯だぞ、聖女! 竜神さまが暴れたらこの森など消し飛んでしまう」


「卑怯ではありません。約束は守ります」


 マリは妖精王に寄り添い、彼の頭を抱きかかえ胸にそっと押し当てる。そして、三分ほど優しく包み込んだのだ。


「さぁ、これで約束は果たしました」


「これではエッチな気分を味わえぬではないか。予はこの手で揉みたいのだ」


「オベロンさま、触ったことに違いありません。聖女の言い分が正しいですわ」


 シルフィににらまれ、オベロンはマリの胸を揉みしだくという野望をしぶしぶあきらめたのである。


「まったく損な役回りを引き受けたものだ。竜神さまに嫌われるなど、聖女の胸に抱かれたくらいでは引き合わん!」


「妖精王さまには心から感謝していますし、コマリも大きくなれば必ず感謝すると思います。あの子は数百年もすれば美しい娘になるでしょう。そのときは胸を揉ませてもらってくださいね」


「おお、それは楽しみだな」


「オベロンさま、神聖ブレスで滅ぼされる覚悟があれば、の話ですよ」


 シルフィは付け加えるのを忘れなかった。




「それはそうと、聖女よ。預かり物はどうする? たくさんのアイテムが置かれたままだ」


「ああ、やっぱりここにあったのですね!」


 マリは顔をほころばせた。アイテムの隠し場所を思い出せず、悩んでいた時期があるのだ。


 案内されて宝物庫へ行けば、そこには数えきれない武器や防具がある。そしてその中に、ひときわ輝く一振りの剣があった。


 マリは、駆け寄りその剣を抱きかかえる。


「聖剣エスタラルドだな」


 オベロンの言葉に彼女はうなずいた。


「その剣の主は行方不明のままだぞ。予も探してみたが見つからなかった」


「妖精王さま。わたしはエリックを失ってしまいましたが、こんなわたしにもかしずいてくれる新しい騎士がいます」


「そうか、それはよかった。次は、その騎士と一緒に訪ねて来てくれ」


 マリはジト目でオベロンを見る。


「嫌です! ソフィは、それは美しい女騎士なのですよ。妖精王さまに会わせたらセクハラするに決まっています」


 その言葉にオベロンは顔をしかめ、シルフィは笑い転げたのだ。




 コマリは広場で竜体に戻った。そして、アイテムを詰めた箱を抱える。


「では、これでおいとまします」


 別れを告げ、マリとサラは竜の背中に登ろうとした。


「そうだ、聖女!」


「妖精王さま、何か?」


「エリックが見つからないという話をしたが、竜王も行方不明になっている」


「えっ、そうなのですか? これから伺おうと思っていましたのに」


「竜王さまがお隠れになると誰にも見つけることができません。用があれば、必ず先方から連絡があると思います」


「そうですね、シルフィさん。それまで待つことにします」


 二人がバックパックの中に入ると黄金の竜は大空に舞い上がった。そして、聖都に向かい飛び去ったのである。

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