77話 ソフィ、武者修行の旅に出る

 マリが妖精王オベロンに会っていたころ、聖都の聖竜騎士団本部では大勢の団員が剣の練習に励んでいた。その様子を二人の人物が興味深げに眺めている。ファムとハリルだ。


「マリの騎士団は優秀じゃな。全員が強化術をマスターしておる」


「不老玉を取りにスターニアに行ったとき、ガルさんに教えてもらったって。それに強化術だけじゃないよ。ルリさん、リンさん、シスさんはステータス上昇魔法まで使えるんだ」


「ほぉ、それはなかなかのものじゃ」


 そう言って、ファムは訓練場をぐるっと見渡した。


「それで、ハリルよ。騎士団の中で誰がいちばん強いのじゃ?」


「グレンさんじゃないかな。ソフィーアさまも強いけど、実力ならグレンさんが少し上だと思う」


「グレンの姿が見えないようじゃが」


「団長だからね。忙しいんじゃない?」


 二人が話をしているとソフィが近づいて来た。そしてファムに話しかける。


「ファムは聖女の五英雄の一人でしょう?」


「まあ、そうじゃな」


「だったら強いのよね」


 ソフィの口元は吊り上がり、それは獰猛な笑みになった。


「なるほど。マリが言っておったが、かなりの戦闘狂じゃな。話が早くて助かる」


「どういうこと?」


「わしもおぬしと一手交えたいと思っておったのよ。どう話を切り出そうか悩んでおった」


「それは好都合ね。じゃあ、手合わせをお願いしようかしら」


 三人は訓練場へ向かう。


「試合の前に一つ頼みがあるのじゃが」


「なに?」


「わしはハリルに剣を教えておってな。こやつがどこまで成長したか確かめたい。少し揉んでやって欲しいのじゃ」


 ソフィはハリルをしばらく見つめ、その申し出を承諾したのだ。




 闘技場の中央で、ソフィとハリルは真正面から向き合った。


「ルールは寸止めじゃ」


 二人はうなずき合う。


「では、はじめっ!」


 合図と同時にハリルはサンスイを抜刀し、下段からソフィの胴を目がけて切り払おうとする。剣速はお世辞にも速いとはいえない。


 ソフィは笑い、彼の剣を受け流そうとした。しかし下段からの剣は突然消え去り、気がつくと彼女の首筋でピタリと止まっていたのだ。


「一本っ! それまでじゃ」


 ソフィは茫然としつつ、ハリルに聞いた。


「ステータス上昇魔法を使ってる?」


「いえ、使っていません」


「うそ! そんなことってないわ!!」


 信じられないという顔で、彼女は叫んだ。


「ソフィーアよ、ハリルは嘘など言っておらぬ。今のは魔法を応用した奥義で、名を『かげろう』という。衝撃を利用して太刀筋を瞬時に変えたのじゃ」


 ファムが解説する。


「まあ、今のはハリル相手で油断したのじゃろう。気が済むまで何本でも立ち会ってみるがよい」


 ソフィは剣を構え直し再びハリルに対峙たいじした。その目はかつての可愛い彼を見るものではなく、敵をにらみつける本気の目だ。


 このあと四本の試合をしたのだが、すべてソフィの完敗だった。彼女は、足をふらつかせながら訓練場を出て行ったのである。




 この試合の翌日、マリはオベルの森から帰って来た。そして、聖剣エスタラルドをソフィに渡そうと聖竜騎士団を訪れたのだ。


「えっ! ソフィがいない?」


 彼女は驚いてリンに問い返した。


「うん。あたいは見てないけど、ソフィがハリルくんに試合で負けたって。それから騎士団に顔を出してない」


「マリ、いないのはソフィだけじゃないの。ルリ姐さんまでいなくなってる」


 そう言うのはシスだ。


「どこへ行ったか心当たりはない?」


「昨夜のことだけど、姐さんがあたいの館を訪ねて来たんだ。アルデシアの剣豪について聞かれたから、館にあったそれらしい本を貸してあげた。もしかしたらソフィは武者修行に行って、姐さんはそれにつき合っているのかもしれない」


「おそらくそうでしょうね。あの二人って妙に仲がいいから」


 三人はため息をつくのだった。



 ◇*◇*◇



 ソフィとルリは、ルーン街道を道沿いに南下していた。走って走って走り続け、二日目の夜には共和国に到着したのだ。


 二人は宿屋に入りこれからの予定を話し合う。


「ルリ、つき合わせてごめんね。あなたのステータス上昇魔法のおかげで、共和国まで楽に来れたわ」


「いいって―――それはそうと、ソフィ。本当にハリルに負けたのかい? あたいはどうしても信じられない」


「事実よ。全力で戦って完敗した」


「だって、あの子は魔術師だよ」


「もう普通の魔術師じゃない。現代魔術を進化させたような剣技を使うの。ファムが教えてるみたい」


「現代魔術ならあたいも使えるけど、あれの応用技なら剣士と対等に戦えるかもしれないねぇ」


「負けたままじゃ引き下がれないわ! わたしも達人を見つけて教えを乞う」


「それで共和国へ来たのかい」


「ここには伝説級の冒険者がいるそうだし、師匠を探すならうってつけよ」


 そうさね、とうなずきながら、ルリは一冊の本を取り出した。


「なに? その本は」


「ああ、これかい。参考になるかと思ってシスから借りてきたんだ」


「アルデシア剣豪列伝? あの子、こんな本を読むんだ」


「まさか。それは、シスの館の前の持ち主の蔵書さね。ほら、ソフィも館をもらうとき家財道具を一切を受け継いだだろう」


「ああ、そうだった。わたしの館にも書庫があるわ。一冊も読んでないけど」


 ソフィは、本を受け取りパラパラとめくる。すると、一枚の紙がページの隙間から滑り落ちた。


「これってメモ?」


 それにはこうしるされていた。


『アルデシア史上最強の剣士、エリック・シュナイゼル。住所〇〇〇〇・〇〇〇・セルナー・アルセルナ連盟。詳しくは魔術師協会でおたずねください』


「伝記っていうより紹介名簿ね。普通は住所まで書かないでしょう」


「露骨に胡散臭うさんくさいけど、どうする?」


 二人は顔を見合わせる。


「まず、共和国で伝説級の冒険者を探してみる。もしダメだったら、ここに書かれている住所を訪ねてみましょう」


「それが一番だね。それじゃ、明日から街で聞き込みでもするとしようか」


 こうして二人はベッドにもぐり込み、ランタンの明かりを落としたのだ。

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