78話 ソフィ、獅子王とパーティーを組む

 師匠を探すべくルーシー市街で聞き込みをはじめたソフィとルリだが、思ったような成果が上がらない。疲れた二人は冒険者ギルドで休憩を取ることにした。


「全然、ダメね」


 併設された酒場のテーブルに着き、ソフィが愚痴をこぼす。


「そもそも、伝説級の冒険者の情報が極秘扱いなんて知らなかったよ」


「戦争になったら強力な兵器になる連中だもの。わたしでも隠すと思う」


「そう言われればそうさねー」


 二人は深いため息をもらした。


「それでルリ、どうする? メモに書かれてあったアルセルナ連盟へ行く?」


「でも、あたいたちだけで魔の森に挑むのは厳しくないかい」


 イブルーシ共和国とアルセルナ連盟の国境には魔の森が広がっていて、そこを越えないと行くことができない。森に棲む凶暴なモンスターの群れを思い出し、二人の顔色が曇った。


「そういうときは冒険者を雇うといいんだぜ」


 いきなり会話に参加され驚いて振り返れば、そこには見知った顔があった。


「ああ、ウェグじゃないか! スターニアでは世話になったね」


 立っていたのはウェグ・ウルフマンだ。


「俺は共和国の冒険者で、たまたまギルドに顔を出したらあんたらを見かけたのさ。近寄ろうとしたら話が聞こえたものでね。魔の森を抜けたいのか?」


「そうなんだけど、戦力不足でどうしたものかと思案してたのさ」


「俺は魔の森の安全な抜け道を知ってるぜ。ファムに教えてもらったんだ。信用してくれるなら案内してもいい」


「信用してるわよ。マリは、あなたのことを呼び捨てにしてたものね。臣下なんでしょう、ウェグも?」


「ソフィ、俺はマリの手下じゃない。そんなのは真っ平御免だが、借りがあって逆らえないのさ」


 三人で話していると酒場が急にざわめきだした。幾人かの冒険者は武器に手をかけ臨戦体勢だ。ソフィとルリも騒ぎのする方を向き、驚きのあまり絶句してしまう。そこには黄金の獅子王がいたのだ!


「「ナラフっ!!」」


 二人は同時に叫び武器を構えた!


「おい、おい、待ってくれ! 獅子王は共和国政府の招待客だ。切りかかれば大罪だぞ。二人とも武器を収めてくれ! 酒場のみんなもだ!!」


 冒険者たちはしばらく騒然としていたが、やがて話を理解したのか、武器から手を放しそれぞれの席へ戻って行った。


「獅子王よ、共和国と和解したとはいえこれは大胆すぎるだろう」


「ウェグ、俺が街中を歩き回るのは協定で認められているぞ。それに、俺は正式に獅子王と認められた国賓だ」


 ナラフは顔を歪め楽しそうに笑う。ソフィとルリも、ナラフをにらみながら席に着いた。


「俺もこの席に着いていいか?」


 ナラフがたずねると、ウェグは申しわけなさそうな目で二人を見やった。


「構わないわ、国賓に失礼はできない」


「ククク、さすが聖女の騎士だ。ものわかりがよくて結構―――そういえば、お前たちは面白そうな話をしていたな。魔の森を三人で抜けるとか」


「小声で話していたつもりだが、あの距離で聞こえるのか?」


「ああ、お前の鼻には及ばんが耳には自信がある。で、どうだ。俺も一緒に行ってやろうか?」


 思わぬ展開に、ウェグは頭を抱えテーブルにうつぶしてしまった。


「お前たちは嫌か?」


 ナラフはソフィとルリを見た。


「構わないけど条件が一つあるわ」


「何だ? 言ってみろ」


「わたしは剣の修業をしている。練習相手になってくれるなら同行しましょう」


「そんなことでいいのか。お安い御用だ」


 ナラフは機嫌よく承諾したのだ。




 ―――翌日。


 ソフィ、ルリ、ウェグにナラフという奇妙なパーティーは、魔の森の奥深くに踏み込んでいた。ウェグはファムが使う安全なルートを知っていて、楽に進むことができたのだ。


「いいか、ここからしばらく難所だ。出現するモンスターが、段違いで強いから注意しろよ」


 そこはいにしえの都の廃墟で、石で作られた建物がツタやコケでびっしりとおおわれている。かなり大きな建造物で、それらが建ち並ぶ光景が何キロも続いていた。


「ここは高い文明の街だったのね。使ってる石は大理石が多いし、水晶や見たこともない美しい石がいたるところにあるわ」


「太古の文明ってやつだね。素晴らしい文化遺産だよ」


 ソフィとルリが感心していると、ナラフがフンと鼻を鳴らした。


「くだらんな。朽ちた場所に何の価値がある。多くの生命いのちで賑わってこその街ではないか」


「まぁ、そりゃそうだけどさ」


 そんな話をしているとモンスターが現れた。背丈が三メートルある二足歩行の巨大トカゲで『リザードル』と呼ばれる凶暴なモンスターだ。


 フシュルル―――ルルッ!


「やり応えがありそうね!」


 ソフィは突進しようとするが、ウェグが慌てて制止した。


「一匹だけじゃない、あと三匹隠れている」


「何匹いようと同じことよ」


 彼女はリザードルと戦端を開いた。それに合わせるように、残りの三匹も現れ戦闘に加わったのだ。


「くそっ! マリが言っていたが、こいつはマジで狂犬だな。戦いを始める前に役割分担くらい決めておけよ」


「ウェグ、いいではないか。俺はああいう女が好きだ」


「好き嫌いの問題じゃないだろう!」


「話はあとだよ! ソフィと連携しないと」


 三人もリザードル相手に戦闘を開始した。

 しかし、ソフィとルリは明らかに劣勢だ。


「トカゲってこんなに素早いのかい! 防御するだけで手一杯だよ」


 ルリがそうつぶやいたとき、リザードルの尻尾の一撃が魔法シールドを破り、彼女は数メートル吹き飛ばされたのだ。


「ルリ――――――っ!!」


 ソフィが叫んだ瞬間、


 グオォッ! グオォォ―――ォオッ!!


 獅子王の咆哮が廃墟に響き渡った!


 ピシュユユ―――ッ! ブシュルルッ!!


 四匹のリザードルは興奮し、いっせいにナラフをにらみつける。そして、彼を目がけてあらん限りの力で攻撃しだした。ナラフは盾で防御するが、すべてを避けることはできず、何度も何度も攻撃を食らっている。それでも平然と耐えているのだ。


「これでも食らいな!!」


 一匹のリザードルが内部から破裂した!

 ルリが、至近距離から炸裂魔法を体内に打ち込んだのだ。


「ウェグ! わたしたちも行くわよ。腕を切り落とす。あんたは左、わたしは右」


「わかった、ソフィ!」


 二人は飛び上がり、リザードルの両腕を同時に切断した。そいつは悲鳴を上げながら廃墟の中へ逃げて行く。


「これであと二匹!」


「ソフィ! もう一度魔力を上げる、十秒でいい時間を稼いでおくれっ」


「それは俺に任せろ!」


 グウオォ――――――ォォオオッ!!


 再び咆哮が響き渡ると、二匹のリザードルはさらに興奮した。その細められた瞳孔はナラフだけしか見ていない!


「ありがとうよ、ナラフ!」


 ルリは、リザードルの背中から炸裂魔法を体内に撃ち込んだ。そして、その巨体を木っ端みじんに粉砕したのだ。


「残り一匹!」


 ナラフは、最後の一匹を目がけて強烈なタックルをぶちかます!

 リザードルは体液を吐きながら地べたを転げまわり、ソフィとウェグはそいつに飛び乗ると首と心臓に刃を突き立てたのだ。


「はぁ、はぁ、何とか勝ったわね」


 ソフィは肩で激しく息をし、その場に座り込んでしまった。


「勝てたのはいいが、ソフィ、お前は考えもなしに突っ込みすぎだ!」


 ウェグが文句を言っていると、ナラフがそれを止めた。


「違うぞ、ウェグ。ああやって敵の注目を一身に集め、そのあいだに剣士は安全に攻撃し、魔術師は魔力を溜める。狩りのセオリーだ」


「そのわりに苦戦したじゃねーか!」


「あれは相手が強すぎたんだ。ソフィには荷が勝ちすぎ、敵を十分に引きつけることができなかった」


 ソフィは、ナラフの説明にうなずき申し訳なさそうにウェグを見た。


「すまない。行けると思ったんだけどモンスターの強さを見誤った。ナラフがいなかったら危なかったわ」


「敵が一体なら、ソフィでも盾役が務まるだろう。だが、あのレベルの敵が複数いたら無理だ。そのときは俺に任せろ。守るのは得意だからな」


「わかった。そうさせてもらう」


「素直で結構」


 座ったままのソフィに向かい、ナラフは右手を差し出した。彼女は何のためらいもなくその手を握ったのだ。

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