79話 コマリ、大穴を掘る

 場面が変わり、これからしばらくマリの話になる。


 ◇*◇*◇


「ソフィとルリはどうしているかしら?」


 マリは竜神宮の居間で寝そべり、まどろみながら天井を見上げた。


「ウェグに手助けするよう伝えておいたし、大丈夫だと思うけど」


 そうつぶやきながら欠伸あくびをしたとき、


「お姉さま、大変です!!」


 サラが部屋に飛び込んで来たのだ。


「どうしたの?」


 サラの慌てぶりに驚いてたずねると、彼女はマリの手を引いてセイルーン城まで走りだした。


 城へ着くと黒山の人だかりだ。人ごみをかき分けながら広場へ入れば、そこには直径十数メートルの穴がぽっかり開いている。それを見て、マリは何が起きたのかすぐに理解した。両手で頭を抱えていると、マリーローラとメイもやって来たのだ。


「これは見事な穴ですねー」


「そうですね、ローラさま」


「お母さま、メイさん、笑っている場合ではありません!」


 マリは穴の中をのぞき込む。


「出ていらっしゃ―――い!!」


 そう叫ぶと巨大な竜の首がぬっと現れたのだ。竜は彼女の剣幕に驚き、申しわけなさそうに首をすくめたのである。




「コマリはちっとも悪くないですよー」


「そうですよ。マリアンヌさまだって、小さなころは穴を掘っていたものです」


 ローラとメイは、叱られてしょげたコマリをあやしている。その横ではマリが額に手をあて、それをサラが支えていた。


「メイお母さま、わたしには事情がさっぱり飲み込めないのですが」


「サラも覚えておきなさい。あの穴は竜神さまの習性の一つで、とても大切な意味があるのです」


「どんな意味が?」


 サラが興味津々しんしんでたずねると、それをマリがさえぎった。


「メイさん、それは言わないでください。お願いですから」


 彼女の真剣な目を見てメイは口をつぐむ。


「サラ、知らなくていいこともあります。わかりましたか?」


「はい……お姉さま」


 そう答えるものの、サラは残念そうだ。


「まぁ、掘ってしまったものは仕方ありません。それより問題はコマリですねー。きちんと処理しないと大変なことになります」


「お母さま、処理するにしても決められた場所でしませんと」


「では、スローンへ行くのですかー?」


「はい。あの場所がどうなっているか、わたしが確認して来ます」


 こうしてマリは、急遽、スローン帝国を訪れることになったのだ。



 ◇*◇*◇



 スローン帝国。

 アルデシア大陸の東に位置する大国で、広さは王国の三倍にも及ぶ。神聖魔力の濃い豊かな土地だが、政変が絶えず、超大国になりきれないのが唯一の欠点だ。


「ファムはスローン出身なんだ。そういえば、魔刀メイスイはここで作られたって話してたよね」


 ハリルは白いご飯を頬張りながら話している。


「正確に言うとじゃ。わしが生まれたのはジャパリ朝スローンで、今のスローンとは違うのじゃがな」


 そう言いつつ、ファムは味噌汁を飲んでいた。


「スローンは頻繁に政権が変わるの。わたしも住んでたことがあるけど、そのころは皇帝じゃなく天子さまって呼ばれてたわ」


 マリは刺身を箸でつまむ。


 三人がいるのは、スローン南部にある都市サースロンだ。そこにある日本風レストランで夕食を取っている。


「ハリルくん。スローンの食事はちょっと変わってるけど美味しいでしょう」


「はい、マリさま。とても美味しいです」


「そういえば、マリよ。こんな場所でのんびりしていてよいのか? 仕事をしに来たのじゃろう」


「わたしたちは遊んでいるわけじゃないわ。国情視察をしているのよ」


「レストランで……ですか?」


 ハリルが首をかしげる。


「民の暮らしを観察すれば、政治がどうなっているのかわかるわ。そして民の暮らしぶりは、彼らが食事をしているところを見れば一目瞭然なの」


「さすがマリさま! 考えが深いです」


「ハリルよ、おぬしは本当のチョロいの。マリが嬉しそうに食事をする姿を見れば、本音かどうかくらいわかるじゃろう」


 マリは苦笑いした。


「視察は大げさだけど、スローンの現状を知りたいのは本当よ。聖女として各国の情勢を把握しておかないとね」


「それはわかるが、ここに来た目的も忘れぬようにな」


 マリたちが向かっているのは、サースロンの南西にある地方都市サスタリアだ。そこは迷宮都市とも呼ばれ、近くに巨大なダンジョンがある。


「そこのダンジョンを調査するんでしょう?」


「そうよ、ハリルくん。三日後に大規模な攻略作戦があって、わたしたちも同行させてもらう。なので、あまり早く行っても仕方ないのよ」


「早めに着いても問題なかろう。サスタリアでも食事はできる」


「嫌よ、あそこは美味しいお店がないもの。サースロンはルーシーと並ぶ海鮮グルメの本場よ。それに、刺身料理はここにしかないからね」


「刺身食べたさにここに立ち寄ったのか。マリは昔から変わらんの」


 堂々と緑茶をすするマリを見て、ファムは特大のため息を漏らしたのだ。



 ◇*◇*◇



 それから二日後、マリたちは大勢の冒険者で賑わうサスタリアの街に到着した。宿屋へ行き部屋を借りようとしたのだが、すでに満室で空いた部屋などどこにもなかったのだ。


「ほれ、マリがグズグズしておったからじゃぞ。野宿などご免じゃからな!」


 文句を言うファムを後ろに従え、マリは宿屋の主人と交渉をはじめた。


「あの~、お金なら大目に払いますから本当に空いてる部屋はないんですか? もう納屋でもいいですから」


「申しわけありません。明日、ダンジョン攻略が行われるのです。予約のお客様ですでに塞がっておりまして」


 そんなやり取りをしていると、下男がやって来て主人に耳打ちをした。


「……それは本当か?」


「ええ、間違いありません。先ほど発見されたそうです」


 それを聞いた主人は急に態度を変えたのだ。


「あの、お客さま。たった今キャンセルが入りました。倍の料金をお支払いいただけるならその部屋をご提供しましょう」


「では、それでお願いします」


 マリたちが部屋へ案内されると、そこにはまだたくさんの荷物が置いてあった。それを下男たちが慌ただしく持ち出して行く。


 それを見たマリとファムは、合掌がっしょうして深々と頭を下げた。


「マリさま、どうして頭を下げるんですか?」


「ハリルくんはダンジョンが初めてか。ならわからないよね。いま荷物が置いてあったでしょう。その持ち主だったパーティーが全滅したの。だから急にこの部屋が空きになったってわけ」


 それを聞いたハリルは顔を引きつらせ、慌てて合掌したのだった。

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