26話 暴竜復活!(前編)

 ミスリーから百キロほど北に『ルーン』と呼ばれる小さな街がある。『竜神教』発祥の地でアルデシア最北の集落だ。整備された街道はそこで終わる。それから先に道はなく、ただ荒涼とした大地が続いていた。


 ルーンからさらに六十キロ北上するとアルデナ山のふもとに到着する。そこは高い崖が続く険しい地形で、人の力ではそれ以上先に進むことはできない。


 そんな場所の一角に『聖女神殿』はある。




 マリたちは昼前に目的地に到着した。そこは聖女神殿から十キロほど離れており、ベースキャンプを張るのに最適な場所だ。


 キャンプの設営が終わると、彼女は神殿の偵察に出かけることにした。


「サラ、自分の役目をわかってる?」


「はい。お姉さまたちは午後2時まで偵察する予定です。その時間をすぎて戻らない場合は、騎士の方々に捜索をお願いします」


「万が一があっても、あなたが無事ならわたしを蘇生することができるわ。そうならないように頑張るけど、そのときはお願いね」


「わかりました。お姉さまに教わり、蘇生魔法もステータス上昇魔法も使えるようになりました。もしもの時は、わたしが頑張りますから安心してください」


 しっかり答えるサラの目にもう涙はない。


「騎士の方々、サラをお願いします」


 マリが頭を下げると、五人の騎士は全員がその場で片膝をつく。


「ソフィ、準備はいい?」


「もちろん」


「ハリルくんは?」


「大丈夫です」


 彼女は最後にもう一度サラを見た。赤いツインテールを風に揺らす姿ははかなげで、思わず引き寄せきつく抱きしめたのだ。


「サラ!」


「……お姉さま……」


 そんな二人の前で、ソフィが「こほん!」と咳をした。


「マリ、今日は偵察なのよ。ここで盛り上がりすぎたら、明日やることがなくなってしまうって」


 彼女の言葉にみなが笑う。

 マリとサラだけは真っ赤だったが、程よく緊張は解けたようだ。


「では、行ってきます!」


 そうして、マリ、ソフィ、ハリルは、偵察に向かったのである。



 ◇*◇*◇



 聖女神殿にはすぐに到着した。切り立った崖に囲まれた狭い平地に建っていて、周りには大きな岩がゴロゴロしている。神殿は古く、今にも朽ち果てそうな感じだ。


 そこを見渡せる高台に立った三人は、一様に安堵の表情を浮かべた。暴竜が厄介なのは、強力な火炎ブレスと魔法がまったく効かない点だ。しかし、岩場であればブレスから身を隠せる場所が多いし、炸裂魔法の衝撃波で石を跳ねあげダメージを与えることができる。


「これなら戦いやすいわ」


「はい、石が多く衝撃波の威力が倍増します」


「運はわたしたちに味方したようね。いちどキャンプに戻りましょう。明日が本番だから」


 その時だった!


 ゴンッ!! ゴゴゴゴゴゴゴ―――!


 いきなり地面が突き上がり、それに続いて激しい地震が起きた。崖から岩がゴロゴロ落ち、神殿はガラガラと轟音を立て崩れていく。


「ま、まさか……予定は明日でしょう!」


 ソフィが叫ぶ!


 マリも慌てたが納得はできた。ガルガンティスは、マリの気配を察してサイラスに出向いたと言っていた。時間になったから出て来たのではない。今回も同じで、マリが近くにいることに気がつき暴竜は現れたのだろう。


「暴竜はわたしを待ってたんだ!」




 ゴゴゴオオォォ――――――!!


 地震は激しさを増し神殿はすでに跡形もない。そして、割れた地面の下から黒く巨大な影がマリたちの眼下に現れたのだ!


 暴竜!!


 それは、禍々まがまがしいオーラをまとった身の毛もよだつ真っ黒い巨竜だ。その姿は見ただけで圧倒されてしまう!


「甘く見すぎていた! 予想してたけど、それを遥かに超えているわ」


 撤退しようか?


「マリ、わたしたちがあきらめたらアルデシアはお終いよ」


「マリさまの力なら何とかなります!」


 迷うマリだが、ここで引いたら何もかもが狂ってしまう。それに失敗してもサラがいる。彼女は戦う覚悟を決めたのだ。


「やりましょう、ソフィ、ハリルくん!」


 二人は力強くうなずく。


「ソフィが失敗したら全力で逃げる。そして再戦に備える―――わかった?」


「わかりました」


「了解、と言っても、わたしが失敗したらマリに蘇生してもらうんだけどね」


 笑うソフィとハリルを見て、これなら大丈夫、マリはそう確信した。


「それじゃ打ち合わせとおりに行くよ!」


 マリの合図で三人は行動を開始する。


 ソフィは、高台から飛び降りると暴竜に向かって走りだした。ハリルも同じように降り、暴竜に近い場所で身を隠す。マリはその場で状況を確認し、メッセンジャーを使って二人に指示を出すのだ。


「さぁ、準備が整ったわ!」


 そうつぶやいてソフィを見れば、彼女は暴竜に急接近しつつある。そして全力疾走しながら剣を抜き、あらん限りの力で竜の足に切りつけた!


 グウォォオオオオ――――――ッ!

 暴竜は咆哮を上げソフィをにらみつける。


「よし、足を止めた! そのまま時間を稼いで」


 暴竜が暴れだし、ソフィは回避に専念する。大きな尻尾を振り回して攻撃してきたとき、さすがに彼女も冷や汗が出た。その様子を見ながらマリはハリルに目を配る。そして、彼の魔力が上昇するのをアナライズで確認した。


「あと少しで炸裂魔法を撃てる!」




 その時だった、暴竜の喉が灼熱の温度で白色化したのだ。ソフィはそれに気がつくと身構える。


「ブレスが来るわね! 避ける訓練は十分にやった。仮に食らっても、そのためのサラマンダーマントなのよ」


 しかし、マリには悪寒おかんが走ったのだ!


「白色? 火炎ブレスなら赤くなるはず……」


 唐突に学校で習った理科の授業を思い出す。

 温度が高いと炎の色は赤ではない!


「逃げて、ソフィ――――――っ!!」


 マリは大声で叫んだ!


 だがすでに遅く、暴竜のブレスは放たれ白く輝く閃光がソフィを襲ったのだ!

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