29話 その子の名は、コマリ

 暴竜討伐の褒賞として、マリは館をもらえることになった。貴族邸が立ち並ぶ一角にある二階建ての洒落しゃれた建物で、聞けば旧王族が建てた別荘を迎賓館として使っていたものらしい。小ぶりな建物だが、メイドがいないと維持できない広さである。


「当分のあいだ、メイドさんはお城から派遣してくれるそうです」


 サラが宰相のメッセージをマリに伝えた。彼女の膝の上には黄金の竜が化身している小さな女の子がいて、楽しそうに笑っている。


「あの……お姉さま」


「なぁに?」


「この子をどうなさるおつもりですか?」


「養女にする。一緒に暮らすつもりよ」


 それを聞いたサラは輝くような笑顔だ。


「うん、うん。喜んでくれると思ったわ。懐いてるものね、サラに」


「でも、やっぱりお姉さまがいちばんいいみたいです。お姉さまが外出すると寂しがりますし、帰って来られると大喜びしますから」


 そんな風に言われると、マリも胸のあたりが暖かくなる。


「ほら~、ママのところへおいで~」


 嬉しそうにかけ寄って来るその子を、彼女は満面の笑みで抱き上げた。


「ねぇ、サラ。ファフとリム、どっちが可愛いと思う?」


「何のお話ですか? ファフとリムって」


「やだ、この子の名前よ。役場に届けるとき必要でしょう」


 ファフはファフニール。リムはリムドブルム。元いた世界の竜の名前から考えたもので、マリらしい安直さがうかがえる。


「名前……ですか」


 サラはどことなく言いよどむ。


 ちょうどそのときメイドが来客を告げた。ソフィとクリスなので出迎える必要はない。勝手に出入りする仲なのだ。


「マリ、来たわよ」


「おじゃまします」


 ドアが開き二人が入って来ると、子供はマリの腕を離れ、そちらへパタパタと走っていく。


 ソフィは彼女を抱き上げ「コマリ、いい子にしてた?」と楽しそうに笑った。


「コマリねぇ、いいこにしてたー!」と、その子も嬉しそうに答える。


 ん? なに? コマリって??


「ねぇ、ソフィ。コマリってなに?」


「子供版マリだからコマリ。だって、マリそっくりでしょう」


 それを聞いてマリが固まる……しばらくして解凍すると猛烈に怒りだした。


「止めてよ! コマリなんてセンスがないにも程があるわ。そんなのわたしが許さないから。この子の名前はファフ、もしくはリムにするの」


 マリは猫なで声でたずねる。


「ねぇ、ママに教えてくれるかな~。ファフとリム、どっちが好き?」


「それって、おなまえのおはなし?」


「そうそう、どっちが気に入った?」


「コマリはコマリだよー。ふぁふとかりむなんていや!」


 そっぽを向いたその子を見て、マリはがっくりと肩を落とした。そしてソフィをにらみつける。それはいつもの冗談でなく、怨念のこもった恨みがましい目だ。


「ちょ、ちょっと待ってよ! わたしがコマリって名付けたんじゃないって」


 ソフィは慌てて弁明する。


「わたしでもないわよ」


 クリスも即座に否定した。


「もしかしたら宰相閣下でしょうか。コマリさまと様付けで呼んでいましたし。それに、わたしもコマリかと思ってました」


 竜の化身の子供の名前が『コマリ』に決定した瞬間であった。



 ◇*◇*◇



 コマリを養女にするのに問題はなかった。この世界は戦争が多く戦災孤児が大勢いる。身分の高い引き取り手が現れると、役場は喜んで養子縁組してくれるのだ。


「ようやく面倒な手続きが終わったねー」


「おわったねぇー」


 コマリは笑顔で答えるが、たぶん意味はわかってないだろう。


「ねぇ、コマリ。ママとお出かけしよっかー」


「いく、いくっ!!」


 お出かけの意味はわかるらしく、すごく興奮しているのだ。




 サラに留守を頼み二人は出かけた。到着したのは荒野で、そこでマリはコマリを降ろす。


「コマリ、竜に戻れる?」


「ママ、りゅうってなに?」


「そっかー、竜って言葉を知らないのか。えっとね、コマリ。ガォオオオ―、ガォオオオ―」


 マリが竜の演技をして見せると、コマリも喜んでそれをまねる。そして次の瞬間、空間が入れ替わった!


 グウォォオオオオ――――――ッ!

 黄金の竜が現れ咆哮を上げたのだ!!


 それは日の光りを浴びてさんぜんと輝き、その威容は見る者すべてを圧倒してしまう。体高は四十メートル、全長は八十メートルありそうなティラノサウルスに似た竜で、体の表面は金色のうろこでおおわれていた。体内に格納していて見えないが、飛ぶときはうろこの隙間から巨大な翼が生えてくる。翼長は百メートルを軽く超えるだろう。


 その竜が、嬉しそうに何度も何度も咆哮を上げるのだ。彼女はビビるが、これくらいでくじけていては母親は務まらない。


 マリは竜に向かって叫ぶ! 


「コマリ、お手っ!」


 竜は右前足を彼女の手に乗せた。


 さらに両手を広げて「おいでー」と呼んだ。竜が大きな顔をマリに擦りつけると、彼女は全身でそれをなでる。喜ぶ竜は尻尾をブンブンと振り、辺り一面に砂ぼこりが立ち込めるのだ。


「竜になっても言葉は分かるし、力のセーブもできるようね」


 マリは安心した。これならミスリーでも何とかやっていけるだろう。


 彼女はコマリを子供の姿に戻し、竜になったときの気持ちを聞いた。興奮して我を忘れることはなく、むしろ落ち着つくそうだ。ただ、コマリは竜になるのが好きでないらしい。ママが小さくなると抱っこしてもらえなくなり、それが嫌なのだと言う。


 マリは注意する。ママの許しがない限りガォオオーになってはいけないこと。なっても人を傷つけたり建物を壊さないこと。


「コマリ、できる?」


 その問いに「あい!」と、元気のいい答えが返って来たのだ。




 まだ時間があるので、コマリを再び竜に戻して二人で遊び回る。


 彼女の背中にまたがって空を飛んだとき、それは爽快そうかいで素晴らしかった。アルデシア山脈へ向かい、山々を見降ろしたときの感動は言葉ではいい表せない。マリの心がコマリにはわかるらしく、彼女が嬉しいとコマリも嬉しがり、そんなときは尻尾をブンブンと振るのだ。


 ブレスの試し撃ちもしてみた。使う時に備えて力のコントロールを覚えさせなくてはいけない。


 マリは山脈の奥で降り、できるだけ小さくと言って撃たせてみた。それは、小さいというより極小に絞られたレーザーのような光の筋で、的になった山肌には直径一センチの穴が開いている。


「これなら誤って人を撃っても蘇生魔法で生き返らせることができるわ。力を絞ってるぶん連射できるし、コマリが身を守るならこっちの方が使い勝手がいいでしょう」


 前に見たブレスは何もかも蒸発させてしまい、人をあやめると蘇生できなくなってしまうのだ。


 それから、マリは最大出力のブレスを見たい誘惑にかられた。自然破壊になるのは火を見るより明らかだが、使うときのために威力は知っておきたい。


 散々迷ったあげく撃たせてみる―――そして激しく後悔した。もしやと思っていたが、八千メートル級の山が一つ半壊したのだ。


「この力は絶対に触れてはいけない……これは神の力だわ」


 火炎ブレスは小さく使うよう言い聞かせ、試し撃ちは終わったのである。




 平野に引き返すとコマリは疲れていたのか、子供の姿に戻りマリの腕の中で寝息を立てだした。気持ち良さそうな彼女を起こさないよう、マリはミスリーへ帰って行くのだった。

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